第69話 「光矢園編⑦」
8月お盆明け、月曜日。
光矢園大会もいよいよベスト8、準々決勝戦までスケジュールは進む。
涼城椎菜の藍安大名電と、浅利南の浦山実業。
この二校はそれぞれにピンチや強敵と出会いながらも、椎菜の投球、南の打撃による活躍で順調に勝利し、準々決勝までお互いにコマを進める。
そして、ついには両校の直接対決の日がやって来たのだった。
「来ましたね……学駆さん」
椎菜が試合の時にしては珍しく、固い表情で呟く。学駆と呼んだということは、戦闘モードの緊張感にあるのかもしれない。学駆は椎菜の肩に手を置くと、「おいおい」と苦笑しながら、
「大泉先生、と呼べ。あんま固くなるなよ椎菜。お前は平常心でいれば最強なんだからさ」
ここまで来れば顧問、監督に出来る事はそうない。練習と、心の準備はした。後は全力を出すのみだ。
「ドラマチックだよねー。一緒に頑張った仲間と、こうして光矢園でライバルとして戦うなんて」
事情は概ね説明しているが、この中で唯一異世界事情も含めて浅利南のことを知っている法奈が、楽しそうに言った。
「椎菜ちゃん、どうだった?自分の気持ち、なんかわかった?」
「うーん……、ごめんなさい、法奈さん。まだよくわかんないかも」
しかし、椎菜の反応はあまり芳しくない。
異世界事情も知るということは、椎菜と南の間にある程度の強い絆があるということも把握済みだ。
異性とのどうこうといった話題には一切触れた事がない椎菜が、どことなく意識している男子と言うのには法奈も興味津々である。
マネージャーとして調べられる限りは調べたが、なるほど椎菜とはいい意味で対照的な、良い刺激を与えてくれそうな人だと法奈は感じていた。
これを機に、二人の間に仲間以上の感情が芽生えてくれたら。法奈はそう思っている。
いや、本当は既に芽生えていたのだ。お互いに、特に椎菜は自分の気持ちの整理が出来ていないから、とっくに芽生えていたそれに気付けていないだけなのだ。今日、戦いを通して思いを共有し合った二人はそのまま想いも共有するに至り、幸せになるのだ。大阪ラバーズになるのだ。二人は優しいキスをして終了だ。きゃー。きゃー。
以上、法奈の妄想。
野々香のお目付け役としてしっかり者の法奈だが、当然年頃の女子である。身近にこんなドラマが生まれてしまっては想像も捗ると言うものだ。
絶対ラブラブにしたる、決戦は月曜日。
法奈は試合の勝利に加え、もう一つ別の目標を見据えて準備完了だった。
ちなみにたまに勘違いされるが、光矢園があるのは大阪じゃなくて兵庫だ。
逆に、これに関して面白くないのは男子陣である。
「なぁ、急にぽっと出の奴に椎菜が攫われるのはちょっと許せなくねぇか?」
キャプテン・三瀬龍二は特に早々に椎菜にノックアウトされベタ惚れの男だ。本人に自覚がなかっただけの想い人が唐突に出現しました、でハイそうですかと引き下がるわけにはいかない。
「許せねぇな。ライバルは三瀬だと思ってたよ俺も」
キャッチャー・勢木能得が同調する。彼もバッテリーを組んで共に野球するうちに、椎菜に対する感情は特別になっていた。
投手と捕手の関係は話すことも多いし、会話の感触も悪くない、と勢木は思っている。
「俺は別に椎菜ちゃんにそういう気持ちはないけども、くっつくなら部内の誰かだと思ってたんよ。だから気持ちはわかるんよ」
ショート・布施猿彦は「野々香派」を公言している。
そのため恋愛バトルに参戦する気はなかったが、やはりどうせならこういうのはチーム内で、と考えていた。
「まーワタシも彼女とラブを叫ぶつもりとかはないんデスけどー?この試合が決まってからシイナの様子がおかしいんで、ブチのめしてやらないとこの後に響くんじゃネー?って思ってみたりするよ」
ファースト、結城栗栖は相変わらず妙なイントネーションでで奇妙な事を言っているが、懸念は正しい。
この試合に臨むにあたり、椎菜の調子に影響が出るようでは困る。
たとえ浅利南に勝利しても、この後準決勝・決勝があるのだ。心も万全な状態で勝たなければならない。
「結局三瀬が告る度胸もないままグダグダしてたのもいけないんじゃ、と俺は思うんよ」
「うるせー、うるせー!こういうのは勝ってからがお約束だろ」
「勝っタラ言う気ホントにあった?」
「う、うるせー!」
チームメイト達にも椎菜に思う所のある男子はいたと思われるが、それでも一番近しい関係にあったのは三瀬だ。
猿彦と栗栖の指摘もごもっともではあった。図星を突かれた事を三瀬は誤魔化しながら、
「とにかく、絶対勝つぞ!この試合だけはマジで負けられねぇ、負けたくねぇ!行くぞ!」
『おう!』
「椎菜の攻略法がある?」
「多分、大丈夫なノ。本人も周りも気付いていないノ」
こちらは浦山実業ミーティング。浅利南に向かってマネージャー・秋明華が頷く。
明華は別に作戦担当を務めていたわけではない。そこは光矢園出場校だ、きちんとデータ班が存在するし、これまで明華がこなしていたのはあくまで雑用・管理業務である。
だが、先日の一件から南と椎菜の関係性を知った彼女は、行動に出た。
今年椎菜が出て来てからの試合をとことん注視し、ピッチングに目を通し、探す。椎菜の弱点を見つけて、チームの、浅利南の勝利に貢献する。
姑息な技を使って出場機会を奪うのではなく、正面からチームとして、涼城椎菜を倒す。
そうした情熱が強いモチベーションを生み、そしてついに明華は見つけた。
「彼女の投球術は高校生離れしていて、本当に凄いノ。女子なのにとかじゃなく、サイドスローであの球速と、多数の変化球を完璧に操ってる。今大会でも、最強投手かもしれないノ」
「急にベタ褒めじゃん」
「そうな、ノ!完璧過ぎてむかつくノ!もー!!」
地団太を踏む明華に、南は優しい顔で苦笑する。
やり方は間違えていたが、こうと決めたら本気でやり切る、彼女の努力と根性は本物だ。
「その完璧な椎菜の攻略法を見つけたって?すげーな明華、こないだのは良くなかったけど、お前のそういうとこ本当にかっこよくて好」
「アンタはー!!」
すこーん、と手に持ったファイルで明華は南を軽くはたいた。
試合前でなければ背中の固い所でゴン、とやりたい勢いだったけれど、さすがにそこは自重する。
「またそうやって安易に褒めるノ!簡単に好きって言うなって、姫宮さんも言ってたでしょー!」
「えぇー!?凄い事は凄いんだから凄いって言うしかないじゃんか!」
「とにかく好きは禁止!な、ノ!」
元々小柄で男子の中では運動もヘタ、成績も悪く、劣等感の強かった南は、人の美点を見つける事がうまい。
自分よりも相手が優れている、凄い、強い、好き。
ついこんな表現が出てしまうのが彼のクセだった。異世界に行っても、現実に戻っても、なかなかそれは直らない。
「でも、どこでも誰でも出してたらそれはただのチャラ男なノ!気を付けるノ!」
「は、はーい……」
明華も完全に勘違いさせられた側であるが、きっかけは勘違いでも、大失態をやらかしても、南に対して好ましく思う気持ちが変わる事はなかった。
だから、彼女は椎菜攻略の秘策を、真剣に探した。
「もちろん確実ではないけど……」
こうして、それぞれの思惑が絡み合いながら。
準々決勝、対浦山実業高校。
試合、開始。
滑り出しは藍安大名電が快調。まずは1点を先制する。
椎菜が一番、先頭でヒットを放ち、盗塁を決めて、猿彦が進塁させて、的場が返す。一番の出塁、走塁能力を駆使して走者を返す戦略はオーソドックスながら強力だ。
これを起点として確実に3得点以上を取って、椎菜の投球術で相手を2点以下に抑えて勝つ。
ここまで勝ち抜いてきた試合も、4-2、3-0、3-1とロースコアでものにしている。
急造であるがゆえに下位打線に強力な打者がいない状況を、チームはずっとこの形で勝ちに結び付けて来た。
今日もこの流れで、勝つ。
気合を入れてチームメイトと声を掛け合うと、椎菜は一回裏のマウンドに向かった。
この回の椎菜は変わらず丁寧なピッチングで三者凡退に打ち取る。
南は四番なので、まずはそこに回る前に攻撃が終わってしまう形だ。椎菜はひとまずほっ、と息をつき、ベンチに帰るが、妙な胸騒ぎがする。
「凡退ではありましたが、敢えて凡退したような感覚がありましたね」
「向こうもかなり南の打撃に比重置いてるチームだからな。初回は完全に見に徹した、ってところか」
学駆が納得して頷くが、椎菜はそれだけでない何かを感じていた。
そして、二回裏。四番・浅利南。
右投左打、ポジションはレフト。
ヘルメットをかぶってユニフォームを着て、真剣な表情を見せていてもなお、女性と見紛うほどの整った顔だ。
打席に入ると、客席からもわずかに歓声とどよめきが漏れた。
異世界経験がどれほどプラスになったのか、彼はここまでの3試合で既に2本塁打8打点、打率.500の成績を残している。
一年のブランクを持ちながら名門校で四番を打つだけの衝撃的な実力を、彼は見せ続けているのだ。
ろくにホームランの出ない環境下でぽんぽんスタンドに運ぶ浅利南の姿は、既にプロスカウトからも注目を集めていた。
そして、ついに浅利南と涼城椎菜、その直接対決の時が訪れる。




