第67話 「モー・ショビー」
いよいよ8月ともなると、暑さも本格化。
改めての目標「西部リーグ優勝」へ向けて気合を入れ直したニャンキースだが、最大の敵はこの酷暑であった。
「ファンタジーの魔物風に言うとモー・ショビーだね!」
「あぢぃ」
「姉さん、ほんと元気っすね……」
「あぢぃ」
「マスク蒸れる……ミット蒸れる……」
「あぢぃ」
野々香がいつも通り騒がしくしても、新人3人衆も元気がない。珍しく樹があぢぃと言い続けるだけの機械と化していた。
梅雨の時期にも雨天慣れしてない選手の多さに苦しんだニャンキースだったが、暑さ耐性もやはり、他チームよりは低いと言わざるをえない。
二軍と言えばデーゲームと言う風潮も、さすがにこの猛暑だらけの夏になって改善されてきてはいる。
状況によっては、カードのうち1~2試合くらいはナイターでやるようになっていたりもする。……のだが。
二軍の試合まで一軍と同じ時間にやってしまうと、新人の経験や一軍選手の調整目的で、二軍のデーゲームと一軍のナイトゲーム両方に出場させる、いわゆる「親子ゲーム」だとか、そういう使い方が出来なくなってしまう。
それに、コスト的な問題でナイター設備をあまり使いたくない、時間が被れば当然大半のファンは一軍の試合を観てしまう、など。
それら諸々の理由で、一軍が「暑すぎる」と言う理由で野外球場はナイターのみになった今でも、二軍は真夏のギラギラ燃えてる太陽をたっぷり浴びながら試合をしているのだ。
それでもどうにか野々香の活躍を中心として8月前半は2勝1敗ペースで貯金を少しずつ増やしているものの、野々香も長く投げすぎるのは良くないと監督コーチらの判断で、6回を投げた所で降板するようにしている。
実際、ここのところはヒットも少し多く打たれるし、球数も嵩むので、抑えていても6回が限界と言う所だ。
「けどね、椎菜ちゃんも南くんも頑張っているんだから。あたしがへこたれているわけには行かないのだよ。お姉さんだから」
そう言いながら野々香は両腕をぐっと握り込み、気合を入れ直す。
あれからすぐに光矢園のトーナメント抽選会が開かれ、開会式が行われた。
そのために移動していたにも関わらず道中での名古屋に寄り道、あの一件は本当にヒヤヒヤものだった。
無事に大会出場出来てひと安心である。
騒ぎになった通りでの植木鉢破壊事件は、バラバラに散らばった破片の写真等は出回っていたものの、それ以外の状況はあくまで噂の域を出ず。
スーツ姿の若い女がハイキックで鉢をぶっ壊した、などと言うものがソースもなしに流れてもさすがに信憑性が薄く、周囲もほどなくして興味を失っていった。
椎菜と南の対決日程は、準々決勝に決まった。
すなわち3回戦を勝ち抜きベスト8まで上がらねばお互いの対戦は叶わないのだが、どちらも順調に勝ち進んでいる。
椎菜の丁寧な投球は言わずもがな、光矢園本戦でもほぼ完璧に相手打線を抑え込んでいたが、南も優秀だ。
彼はレフトで安定した動きと強肩を見せつつ、2試合で本塁打を含む3本の長打で5打点と、試合の殊勲打となる打点をガンガン稼いでいた。
近年の光矢園は安全性を重視したことによる打低環境が激しく、ホームランを打っただけでも充分注目に値する選手になれる。
1本だけとはいえ良く打ったものだ。
南は魔術師として魔法の威力は尋常ではなかったが、物理的なパワーは「魔法使いにしてはSTRが高い」くらいで、学駆や野々香より劣っていた。
それでばんばん打つ選手になっているのだから、きっと帰って別れた後一人で必死に努力したのだろう。
そう思うと野々香も嬉しくなって、うんうん、と満足そうに頷いている。
準々決勝の日は、月曜日。
他の日だとニャンキースの試合が被ってしまっているのだが、この日なら奇跡的に試合がない。登板日直後で少し体がきついが、月曜・火曜は予定が空くため、野々香は現地観戦に行くことにした。
元パーティーメンバー同士の野球対決。楽しみすぎる。
その日を猛暑の試合をこなすためのモチベーションとして、野々香は機嫌良く試合に臨んでいた。
「噂の愛弟子っすか、インタビュー記事見ましたよ」
「お前ら、揃いも揃ってとんでもない境遇で生きて来てんだな」
「涼城椎菜ちゃん、可愛い子だよね」
チームメイトも椎菜にちらほら興味を持ってくれたようで、皆から記事の感想も野々香に寄せられた。
特に椎菜に対して肯定的な意見には、野々香もでしょぉ~と得意げだ。
……ちょっとだけ、助守の椎菜に対する表情がにへーっとしていてガチ感があったのだが、野々香は見ないフリをした。
暑さにやられてるんだ、きっと。
「しかし、突如として現れた女性初の野球選手に加えて、さらに女性初の光矢園スターか。凄い事だね」
小林監督が感心している。年齢的に、現役時代に起こらなかった出来事や、大きな時代の変化への関心は深い人だ。
「推せる……推せますぞ……どストライクですぞー!」
そして助守以上にヤバい表情で興奮しているのは、尾間コーチだ。
「姫宮さん、涼城選手にはぜひ、我がチームに加入を検討していただきたく!!」
「いや、申し訳ないけど、光矢園出てわざわざニャンキースに入る選手、いないでしょ……」
「くっ……それはその通り……悔しい!びくんびくん!」
「怖いんでその震え方やめてください」
長身の尾間が体をくの字に曲げて揺れ動く様はなかなかにホラーみがある。
それは放っておくとして、ドラフトにかかって一軍のプロになるのが野々香、椎菜の目標だ。
ドラフトから漏れたのならともかく、椎菜がニャンキース入りするのは有り得ない。まるで意味がない。
……まぁ、尾間コーチが椎菜に入れ込むのはある意味予想通りである。だいぶ昔に貧乳派とか言ってたし。
「これだけのストーリー性がある以上、姫宮くんと涼城さんのドラフト指名はほぼ間違いないと思うけどね」
「それはそうですな、姫宮さんも現状の成績で充分と言えそうですし、涼城さんもある程度光矢園で投げる姿さえ見せれば、たとえチームが敗退してもほぼスカウトは推すでしょう」
「そんなに椎菜ちゃん一強になっちゃいそうなんですか?まだ大会やる前なのに」
野々香が監督と尾間コーチに尋ねる。野々香も野球は昔から好きだが、ドラフトにかかる選手の見方などは良く分かっていない。
良くドラフト会議の日など、ファンの感想を言い合ったり、監督がハズレくじを見間違えてガッツポーズしたりしていたのは覚えがあるが、判断基準や誰が目玉だとかまでは気にしていなかった。
「無論、光矢園本戦に、またその上位に行けば注目度は高くなるのは当然ですが、高校野球はトーナメントですからな。大注目の選手が初戦敗退とか、そもそも予選で敗退とかも有り得るわけですぞ。だから必ずしもチーム成績がそのままドラフト結果に繋がるとは限らないのです」
尾間は眼鏡をクイーと持ち上げながら解説モードに入っている。
「ですが涼城さんは、元から多彩な変化球と言う高校生離れした武器を見せていた。その上で本戦出場して姫宮さんと記事になった時点でかなり躍進したと言えるのですな。彼女の指名を検討した球団はもうすでに多いことでしょう」
となると、現時点でそこまで注目されていない南や、三瀬たちチームメイトは、さらに目立つ結果を残さないと不利と言うことか。
南とは妙なトラブルがあったが、仲間や後輩たちが新たな目標を得て頑張っているのだ。
出来る限り多くの選手たちと一緒にプロで戦いたいものである。
「椎菜ちゃんたちに負けない様に、あたしたちも頑張らなきゃってことですね」
「こちらも個人の成績は当然にしても、チーム成績がいいにこしたことはないですからな。やはり注目度は高い方が良いのですぞ」
ニャンキースも、優勝したほうがドラフトにかかるチームメイトは多くなるはず。
そのために直近の大事な試合といえば、現在貯金10で、ニャンキースが3ゲーム差まで追いすがっているサルガッソーズ戦だ。
後半戦に入って野々香をはじめとした投手陣がバテ始めてパフォーマンスを落とす中、改めて「優勝を目指す」と目的意識の固まった打線が上手くカバーし、ニャンキースはついに46勝42敗、貯金4までその成績を伸ばした。
首位タッツとはいよいよ5ゲーム差。相当に不利ながら、残り1月半あれば逆転も可能な差である。
何より、野々香と樹と言う投打のエースの力で戦っていたチームが、全体の向上によってそれ以外で勝てるようになって来ているのが大きい。
これまで野々香の休養日、つまり打線に野々香が不在での試合は非常に勝率が悪かったが、そこも楠見や羽緒、鈴村らの先輩組が奮起してくれて、かなり勝ちを稼いでいる。
鈴村のセンター守備と走塁はずっと危なっかしいが、モチベーションは高いというのが伝わってくる。
そうして上位を猛追する中、椎菜と野々香の対談式インタビューも雑誌に公開された。
「光矢園で戦う初の女性選手」と「プロで戦う初の女性選手」の対談は大いに注目を浴び、ニャンキースの快進撃を支えるべく球場に足を運ぶファンもどんどん増えて来ている。
現時点で、ホームの観客動員は常に2千人超え。シーズン全体での平均が2千人を超えようかと言う所まで来ていて、昔からの人気球団であるトライアルズ、ウサピョンズに次ぐ3番目の動員数だ。
もうすぐ総動員数10万人に達する見込みで、既に昨年の年間動員の倍の数値になる。このまま行けば年間動員数は3倍近くなるだろう。
これは確実に"野々香効果"だと、盛留・雀らスタッフ陣が嬉しそうに見せびらかしていた。
ついでに野々香のブロマイドや写真入りグッズもめちゃくちゃ売れているらしい。
こそばゆいのでそこらへんの話題からは遠ざかろうとする野々香に、雀がもっとやれ、もっとやれと言いながらめちゃくちゃデータを見せてくるのだった。




