第66話 「ゴリラはハイキックしない」
「えぇ!?おおごとじゃん。椎菜、大丈夫なのか!?」
やっと再会のわちゃわちゃが落ち着き事情を説明すると、南は一気に真剣な表情に変わり、驚きと心配を露にした。
「野々香さんのおかげで、大丈夫です。ただ、外で騒ぎになったのが影響しなければいいんですけど」
いきなり落ちて来た植木鉢を叩き割ったのだから、注目は確実に浴びていた。
あまりに急な事だったので、起きた瞬間を撮られて拡散……なんてことはないと思うが、そこで何か事件があった~程度の話は出回るだろう。
「明華、お前何でこんなことしたんだ?いつも助けてくれて、光矢園に出場出来たのもお前のおかげなのに」
南と明華の間にどんなことがあったかは想像しか出来ない。
だが、光矢園に出場する程の強豪なのだ、二人とも、相当に優秀で相応に信頼し合っているはずだろう。
「だって、南くん最近ずっと椎菜サンの話ばかり!ワタシのこと、好きって言ってくれたのに!」
明華は、先程の事情説明をそのまま南にぶつける。
やったことは許される事ではないが、言い分が正しければ情状酌量の余地はある、かもしれない。
思春期の淡い恋心がもたらしたことなら、人生厳しいね、なかなか、先生。で済ませてあげてもいいと野々香は思った。ひとまず騒ぎになったこと以外、怪我などはしていないのだし。
「と、被告は申しておりますがどうなんですか、アリ……浅利南くん」
野々香は未だにアリサ呼びが抜けない。
「や、ちょっ、うち明華にそんなこと言った覚えないし、そんな椎菜の話ばっかしてた記憶もないぞ!」
「言った!ワタシちゃんと聞いたもノ!ワタシのこと好きって!」
顔を赤くして反論する南に、明華はさらに詰め寄る。顔が赤いのは、椎菜の話ばかりの部分に対する照れだろうか。
椎菜は南を男性としてどうこう、と言う自覚はないだろうが、唐突に現れた自称恋人を見て、面白い顔をしているはずもない。
「どうなんですか?南くん」
微笑みながら尋ねる椎菜だが、表情が悪を許さない主人公モードの時のそれだ。
南も、その表情の時の椎菜の事は理解しているため、さらに焦りが増して行く。
「えぇと……その、明華の事は人として立派だとは思ってるよ?でも、ごめん、恋愛的なそれとか今は興味ないし、そんな風に言った覚えは……」
「言ったノ!一生懸命マネージャーの仕事してるワタシに、頑張ってる明華みたいな子、好きだよって!」
「どうなんですか?南くん」
「ごめんそれは言ったかも」
「ギルティ」
「ふぁいははははは!(あいたたたたた)」
瞬時に野々香から判決が下されると、野々香と椎菜は一緒に南の頬を片方ずつつねって引っ張った。
「あのねぇ、簡単に好きとか言うと勘違いさせちゃうこともあるの。たらし込むのは酒場のオッサンだけにしときなさいよ、アリサちゃん?」
結局、アリサ呼びが戻らなくなった野々香だが、皮肉が効いているので周りもツッコまなくなった。
「オッサンたらしこんだ覚えもねーよ!」
「ワタシと椎菜サンだけでなく、オッサンまで……?どういうことなノ……」
「詳しくは話せないけど、この子女の子だった時期があるのよ明華ちゃん。オッサンに好き好きーってめちゃ言ってた」
「だいぶ詳しく、しかも話して欲しくない事話してるよ、ののちゃん!!」
「……納得したノ」
「しないでよ!」
登場して早々に四人から白い目で見られて南は完全に針のむしろだ。
南は要するに、素直過ぎるくらいに素直なのである。好きなものは好き、楽しい時は楽しい、良い物は良い。
常に純粋な感覚のみに従い嘘がないから好感を持たれやすいのだ。常時相手との距離が近い。平気な顔で年上の野々香を「ののちゃん」とか呼び出したのも南からである。
ところが、男女の機微とか、複雑な心情の誤差を理解していないため、こうなる。
オッサンに声をかけられてはへーすごーい、へーかっこいいー、へーたのしそー、だったのだ。言い方は悪いが、ギルドや酒場での姿は完全に天然もののキャバ嬢だった。
「まぁ、南が相変わらず南なのはわかった」
収拾のつかない話をどうにかまとめようと、学駆が口を開く。
「秋明華さん、君がやらせたこと、さすがに鉢ブン投げは俺も許せないよ。けど事情はわかった。そこで」
学駆は明華と南、椎菜をそれぞれ見やり、ふっと息を吐くと、
「めんどくさいからもう野球で決着付けてから話そう」
「めんどくさがった!」
まとめるふりして放り捨てた。
「いやだってさ、悪いけどマジで試合と関係ないし。そっち側の痴話喧嘩に巻き込まれただけじゃん、俺たち」
椎菜がきっちり絡んでいるのならまだしも、蓋を開ければただの南と明華、相手側同士の勘違いに勝手に巻き添えを食った形。
ましてプロ選手である野々香まで偶然混ぜ込まれてしまった。
「とりあえず、さっきハイキックで植木鉢粉々にしたゴリラの事は口外しないこと、いいね」
「誰がゴリラだよ、ゴリラはハイキックしないよ」
反論の位置はそこでいいのか微妙に悩ましい野々香。
「えっゴリラの祝福を受けておられないのにあの蹴りを?」
「ええ、当方光の使者でございますことよ」
「つまりクリスタルゴリラ」
「ゴリラから離れろよ」
野々香はもちろんパーティーメンバーは誰も持っていないが、本当にゴリラの祝福という奴はあったらしい。
光、竜、風と来ている異世界専用能力の祝福だが、南の受けた祝福は"炎"である。シンプルに超高火力の魔法を使えるが、制御機能が壊れていて初級魔法を使っても威力・魔力消費共に最大級になってしまい、燃費が悪いのだ。
魔力量がちゃんとあるなら今のは余のMela!とかイキってみたりしてかっこよくなれたかもしれないが、すぐ魔力切れを起こすピーキー過ぎる性能で、魔術師としては少し残念な戦力。
やむなく弓と槍まで練習したほどだ。向こうでの服装が弓兵風なのもそのせいである。槍回しもノリノリで練習していてやけに上手かった。
「姫宮選手……まさかこんな形でお会い出来るなんて、なノ……」
南を経由して野々香の事も伝わっているであろう明華だが、ドサクサで巻き込んでいるとは知らなかったらしい。
嬉しいような申し訳ないような表情をしている。
が、学駆からの要求はそもそも騒ぐななので、名前を出すのも小声で控え目に。
「知ってくれてるのは嬉しいけど、あたしも今回の件で無駄に目立ちたくはないし、椎菜ちゃんはなおさらね」
「うん。だから、出会いは妙な形だけど南の性格も俺たちは知ってる。明華さんに勘違いさせたなら、せやろな……とは思うから。過激な事だけ反省して慎むようにな」
「はい……わかったノ……ごめんなさい」
反省を促した所で、明華は訴状破棄で放免となった。
しかし、南と椎菜には少し、微妙な空気が残る。
単なる住まいの都合や異世界帰りの事情はあれど、知らないうちに女子とイチャコラやってたっぽいのは確かなのだ。
「えっと、なんか……ごめん、迷惑かけた」
南は傷付けたと判断して早々に謝罪するが、椎菜の方は複雑だ。
実際のところ嫉妬していたのか。1年も離れていて特に気にしていなかったのに、恋心があるかと言われればノーだ。そのはずだ。
だけど、目の前で起きた事態に椎菜は戸惑っていた。
何に戸惑っているのか、それも本人にはわからない。
ただ、モヤモヤする。それも確かだった。
椎菜は頭がいい。頭がいいから、俯瞰して自身の性格を考えた時、ここですぐ「無事だったので気にしていませんよ」とか、そんな言葉が出るはずなのだ。
「…………」
でも、出てこなかった。
だから、首をぶんぶんと振って、南を指差した。
「勝負です。光矢園で、決着をつけましょう」
決着をつけたからどうなると言うのか、それは椎菜にもよくわからなかった。
ただ、野球……スポーツのいいところは、体を動かすとモヤモヤが吹き飛ぶことだ。
異世界でやる冒険は命のやり取りだからストレスになる事が多かったけれど、野球はそれとまた違う。だから、椎菜はこの気持ちの行き先を、野球に委ねる事にした。
「わかった。迷惑かけちゃったけど、勝負は楽しくやろう。絶対負けないから、ウチと当たるまで椎菜も負けるなよ!」
「はい、負けませんよ」
そう言ってハイタッチを交わすと、二人は別々の方向へ歩き出した。
「いやぁ、アリ……南くんも罪な男の娘だねぇ。若いって良いなぁ」
「罪な奴ってのはお前も人の事言えないんだよなぁ……」
「へ?」
年寄りじみた発言をする野々香に、学駆は思わず呟いたが、その意味はどうやら伝わらなかった。




