第64話 「尾行の正体」
そこからは、椎菜もハデにどもることはなく、順調に進んだ。
「椎菜ちゃんは諸事情であたしの父母の養子……義理の妹に当たりまして、あたしが野球する姿を見るうちに興味を持ってくれたそうです。だよね?」
野々香は何とか対談の形式に持ち込むアドリブを駆使した上で、必要な情報を取り出す作業に出る。
こういう対話においては気が回るのだ。余計な事さえ言わなければ。
未だにスムーズでないが、何とか回答しようと椎菜は首を縦にぶんぶん振った。
「えっ、では始めたきっかけは今年、姫宮選手のプロ入りからですか?」
「は、はい、そうなります」
「姫宮選手も、本格的に開始したのは昨年からと伺いましたが……」
「そ、そうですね本格的にはそうなんですけど、昔から野球は大好きだったし、公式戦以外ではよくやっていましたので」
あっぶな。野々香は慌てて過去を確認しながら回答を返す。
椎菜の緊張にばかり注意が行ってしまっていたが、実はこのインタビューにはもう一つ危険がある。
野球経歴をきちんと作り込まないと、怪しまれてしまうのだ。
「ぼ、僕もそうです。昔から野球は好きで、はい。野々香さんを見て、本格的にやろうと」
言葉にする時に緊張するだけで、椎菜も頭が回らないわけではないようだ。
野球?なんかやったら出来ちゃいました!僕またなんかやっちゃいました?では良くないと気付いたらしい。
「涼城さんは、特殊なご事情で養子とのことでしたが、その特殊な環境下でも野球を……?」
がしかし、このインタビュアーの女性、悪気はないがいちいち痛い所を突いてくる。
急な事で椎菜のあがり症の懸念がメインだったため、「バレない範囲で作り込まれた方便」が出来ていない。
今度は野々香が挙動不審にカメラと学駆の方、交互にブンブン首を振っている。
しかし、どうしようもない。横から学駆が何かを語ったところで、不自然だ。
学駆は野々香に「三振して来い」(諦めろ)のサインを送った。
野々香がショックと怒りの表情で口を広げて固まっている。
「……えぇと。細かくは話せませんが、幼い僕たちに許された遊びは、誰かが置いて行ってくれたバットとボール、それだけでした」
横で何やらわちゃわちゃしている二人が記者の気を引いた一瞬の間のあと。
椎菜が口を開いた。
「それが誰の物かはわかりません。ですが、野球の盛んな……アメリカや日本の方である可能性は高いと思います。ですから、こうしてプレーすることで、いつかその野球道具の持ち主の方に恩返しになれば……、そう、思っています」
そうして微笑んだ椎菜の表情がよほど良かったのか。カメラマンが反射的にシャッターを押す。
いい仕事だ、野々香は思う。それくらい、今の椎菜の表情は良かった。過去の郷愁と未来の展望、それが合わさった微笑みだった。
……そんな椎菜の野球過去話、聞いたことないけども。
「ありがとうございます。素晴らしいお話と表情いただきました」
メインの話として、記者達は充分に満足したらしい。
これをきっかけにインタビューはスムーズに進み、二人の対談は笑いあり感動ありの良い感じにまとまった。
逆に嘘を並べる事で饒舌になるとは、役者だな、椎菜ちゃん。
横で楽しく話をしつつ、野々香は思った。
「いいお話が聞けました。記事の方も出来上がったらお送りしますので、よろしくお願いします」
何度かやらかしもあった今日のインタビューだが、結末としては綺麗にまとまり、記者は満足そうに頭を下げた。
主に知りたい部分はやはり野々香、椎菜が本格的に野球をするに至る経緯だったが、椎菜の作り上げたストーリーをきっかけにすれば、あとは事実を語るだけである。
記者陣と別れた後、野々香は雀だけを先に帰らせることにした。
理由は、外に出ても尾行の気配が消えていなかったためだ。
「じゃあ私は先に帰りますけども、あまり長く一緒にいて疲れをためないようにして下さいね」
と、一礼すると、雀は一瞬野々香に顔をぐいっと近付けると、
「彼が悪い人じゃないのはわかりましたけど、私としては解釈違いです。野々香さんには樹くん派です」
とだけ囁いて去って行った。何やら学駆への態度が冷たかったのは、そういうことらしい。
野々香は何の話?と苦笑しながら雀を見送ると、まずは尾行が雀側に向かっていないかと確認。
動き、なし。
標的はやはり、こちらの3人の誰か……野々香か椎菜か、どちらかだろう。
そう、判断した刹那。
「危ないッ!」
上から飛来する「何か」を察知し、野々香は咄嗟に右足を振り上げる。
同時に、学駆と椎菜は人間離れした速度で、大きくその場を離れた。
ドガァッ!
椎菜の頭上、ぴったり頭の上をめがけて落ちて来たそれは、植木鉢だ。
それが、野々香の右足とぶつかり合い、砕け散る。
通常の人間ならば足の方がやられてもおかしくない状況だが、野々香のパワーと勘は通常ではない。逆に鉢は蹴りの衝撃で割れ、幸い誰もいない場所に散らばった。
「の、野々香さん、スカート……」
「そんなこと言ってる場合か!事件だよ、狙われたの、椎菜ちゃんが!」
その言葉に椎菜は一瞬驚きを見せるも、瞬時に我に返り、鉢の落ちて来た方へと目を向ける。
窓は開いているが、誰もいない。
確かに公民館や会館などの施設には見栄えのために入口周辺などに鉢植えを置いている事が多い。
だがそれは概ね、外観の話だ。中にわざわざ鉢植えを持ち込んでうっかり窓を開けて落としました、などということは考えにくい。
つまり何者かが、この解散のタイミングを見て意図的に落としたと考えられる。
「尾行の気配が離れて行く!」
学駆が叫ぶ。
少なくとも尾行者と鉢を落とした人物、2名の犯人がいる。襲撃失敗と見るや尾行側も逃亡しようとしている、と考えるのが自然だ。
「僕が追います」
正義感の強い椎菜は事態を把握すると顔色を変え、駆け出そうとした。が、
「標的は椎菜なんだ、お前が行ったら意味がないし危ないだろ」
学駆がそれ以上の速度で回り込むと、椎菜の肩を掴んで引き留めた。
「学駆、追って!あたしが椎菜と中に入る!」
逆に鉢落としの犯人は、会館の中に戻ればヘタな事は出来ないだろう。中は他にも人がいる分、おそらく安全だ。
「あいよ!」
そうと決まれば、学駆の移動速度は速い。速すぎる。
人間の限界を超えたダッシュを見せると、一瞬で路地の方へ消えて行った。
「いったん、中に入ろ」
ざわつく周囲の人々の好奇と心配の視線をよそに、野々香は椎菜を連れて会館の中へ戻る。
幸い、中は会議室等以外は誰でも自由に行動が出来る。だからこそ、鉢落としなどと言う攻撃も可能だったわけだが、完璧に避け切った上に標的が中に飛び込んで来るのは予想外であろう。窓のある部屋へ急げば犯人もすぐに見つかるはずだ。
「おい、こっちは予定通りうっかり落としたで済ますからな!後の事は知らねぇぞ……あっ」
そしてご丁寧に、2階の通路で連絡を取り合っている所であっさり見つけた。
高校生だ。髪が無駄に肩まで長く、軽薄そうな男だが、体が割とがっしりしている所を見ると、運動部か。
運動部で、地元でもなんでもないこんな場所で椎菜に怪我をさせようとするならば、答えは一択。
「どこかの野球部が、事故を装って僕に怪我をさせようとしたってところですか」
簡単な話だ。それ以外にない。
「スポーツマンの風上にも置けない野郎だね。幾億光年先まで吹っ飛ばして夏の日のカレンダーめくれなくしてやろうか」
当然だが、野々香は烈火の如く怒っている。植木鉢ぶっ壊せる系女子の野々香だ、椎菜を害したとあってはただでは済まない。
「待って下さい野々香さん」
しかし、怒りの炎は被害者当人によって鎮火される。
「これ以上は余計な事です。僕も野々香さんも、この件に煩わされるのは面白くないはずです」
野々香も試合前とはいえ、1日猶予もある。だが椎菜は1敗したら終わりの光矢園トーナメントの直前だ。
穏便に済ませたくもないが、警察沙汰も出来れば避けたい、と椎菜は判断した。
余計な時間やストレスは、それこそ相手の狙い通りになってしまう。
「学駆さんのことです、お仲間も今頃捕まえてますよね?」
そう言ってロン毛男を睨むと、男は慌てて首を縦に振る。
「ああ、今の通話の最中に、証拠の録音とセットで捕まってぐうの音も出なくなったってよ」
鉢落としはともかく、尾行の方は学駆に捕まったとて余計な尻尾を出さなければ「気のせいでは」で誤魔化せたはずだ。
作戦としては、相当に雑である。
「じゃあ、そのままスマホ貸して下さい」
椎菜もすっかり正義執行モードに入っている。先ほどまでのふんわりも切り替わり凛々しさを感じる表情で、男から素早くスマホをもぎ取ると、通話口で学駆と一緒にいる"敵"に声をかけた。
「あなたは何者ですか?」
一瞬口ごもる相手だが、学駆の方が何かしたのだろう。一瞬息を飲む音が聴こえた後、すぐさま返事が来た。
女の声だ。
「ワタシは、浦山実業野球部マネージャー、秋明華。野球部、浅利南くんの彼女なノ」
「南くんの……」
「アリサちゃんの、彼女ぉ!?」
椎菜が複雑そうな表情を浮かべた直後。
野々香が素っ頓狂な声で、驚きを表現していた。
と、言うわけで。
ちょっとしたどんでん返しを仕込んでいたのですが、気付いていた方はいたでしょうか。
賛否分かれそうな展開なのは間違いないと思いますので、良ければ感想を聞かせてくださいませ。




