第63話 「チ」
「野々香さんに折り入ってお願いがありま」
「いいよ」
8月。
迷惑ストーキングやる気デバフ男茶渡実利のいる福岡から脱走し、タッツとの謎カードを繰り広げる少し前、椎菜から野々香に連絡が入った。
野々香は秒で即答した。
「いや、内容は聞きましょうよ。即答しそうな気がしたけど」
「椎菜ちゃんのためならティーチャーだろうとマッスルだろうとセニョリータだろうシンデレラだろうと、どんとこいだよ」
「お忙しい中申し訳ないんですけど、4日5日が連休だと聞きまして」
「お忙しい中は椎菜ちゃんの方じゃないの?」
もうすぐいよいよ光矢園大会、本戦が始まる頃合。
椎菜の方も準備は忙しいはずだ。学駆と茶渡の件も含めていくつか状況の報告と確認をしたが、やはり学駆も忙しそうだった。
野々香の方もこの週はかなり立て込んでおり、福岡から名古屋へ移動した後は静岡のホームへ戻ると言うもの。
名古屋での登板は3日の日曜だったが、登板翌日に移動はしんどいだろうと、連休を貰ったのだ。
野手陣が一足先に静岡へ帰る中申し訳ないが、名古屋付近に1日滞在しようかな、と野々香は学駆に漏らしていた。
「それが、光矢園初出場の女子と言う事で、合間に雑誌の取材を受ける事になりまして」
「417冊買うね」
「逐一食い気味に入って来るのやめてもらえませんか」
いかんせん、茶渡実利と言う男にモチベを下げられ続けた野々香に、このタイミングで椎菜との対話は劇薬だ。
「買ってじゃなくて、一緒に受けていただきたいんです。僕、正直そういうの苦手で……かなり多数来た中、学校側も試合に配慮して絞ってくれたそうなんですが、せめて1社だけ受けて欲しいと」
苦手なのは知っている。野々香は何度も見ていた。
基本的に椎菜は独壇場になるのが極端に苦手だ。戦闘なら別にそんなことはなく、たった一人であらゆるモンスターを同時に相手するのはむしろ得意だ。ショートソード片手に敵を抑えながら高速で飛び回り、攻撃魔法だけでなく補助・回復魔法も遠隔起動が可能な彼女は、対多数戦闘において右に出る者はいなかった。
この場合の独壇場は、言葉通りの「壇」だ。要するにステージ。
インタビューや演説、そういう肯定的な注目を浴びる場に一人で立つ事が、彼女は大の苦手だった。
元からある対人恐怖症は相応に克服したとは言え、これはやむを得ない部分もある。そう簡単に人前でぎゃーぎゃー騒ぐのが得意になるわけもない。
街を守るための魔物掃討戦で、誰もが唸る戦術の立案をしながら、いざ自警団の前で発表しようとしたら顔を真っ赤にして黙ってしまったのを野々香は強烈に覚えている。可愛かったから。
「先方の許可は得ています。むしろ、今を時めく野々香さんなら大歓迎とのことで。僕が光矢園へ行く道すがらに名古屋で野々香さんと合流、そこにインタビューの準備をしてくれるんだそうです」
「全然いいよー」
ノリであっさりOKする野々香だが、事実椎菜を一人でインタビューに晒すのはしのびない。野々香がおらずして、赤面して喋る事も出来なくなったらどうする。
その姿めちゃくちゃ見たい……じゃなくて見ていられないではないか。
「今回は、フォロー付きの練習と言うことでお姉さんが、つっ、つき、付き合ってあげましょう」
お姉さんぶる野々香だが、心のおじさんを抑え損ねて付き合うのところでちょっと言い淀むのがまた若干キモイ。
「けど、椎菜ちゃんもこれからスターになるんだから。こういうのには慣れておかないと大変だよ?絶対何度もソロでやるはめになるよ」
「うー、わかってはいるんですけどぉ。どうにも赤面してしまって。試合の前に変なプレッシャー受けたくないのに、試合よりプレッシャーですよぉ……」
うー、がどちゃくそ可愛いな、と野々香は思いつつ、
「よし、あたしが出来るだけ話しやすい環境作れるようにしたげるから。お姉さんパワーにどーんとおまかせろですよ」
「ありがとうございま、あれ?どうしてだろ、自分でお願いして受けて貰ったのに今一瞬嫌な予感が」
それはそうだ。野々香である。
それを押してなお苦手のフォローを頼んだ事を椎菜は自覚しているが、野々香がトラブルメイカーである事も事実だ。年上の姉貴分に夢見る少女じゃいられない。
ただ純粋に上手くこなしてくれると思っていたら大間違いのノーフューチャーである。
そして、嫌な予感はきちんと的中する。
「どうもー、月刊光矢園です。本日はよろしくお願いします」
深々と頭を下げる記者の方々。男女1名ずつと、カメラマンと言う編成だ。
「何でもあの姫宮野々香選手もインタビューにお越しいただいたと言う事で。当日はソロ記事の予定でしたが、"特別対談"と言う形で記事にさせていただこうと思います。よろしくお願いしますー」
「あ、こちらこそ。姫宮野々香です」
「す、すず、涼城椎菜です」
既にちょっとおぼつかない椎菜。
こちらは、野々香に椎菜、野々香の付き添いスタッフの須手場雀、椎菜の付き添い顧問の大泉学駆、の4名だ。
椎菜は普通に制服、野々香も今日は雑誌向けに少し長めなスカートのスーツに身を包んでいる。学駆もスーツ姿だ。
珍しい顔合わせである。雀も野々香のアカウントに椎菜の写真を載せた事があるので一方的には知っているが、顔を合わせるのは椎菜とも学駆とも初めてだ。
待ち合わせで椎菜と顔を合わせた途端、普段からキリッとした表情の彼女がふにゃふにゃになって「可愛いですねぇ」と溶けていたのが印象深い。その割に、学駆に対しては無機質と言うか事務的と言うか。妙に冷たい視線を送っていたのが野々香は不思議だった。
この学駆、会ったこともない雀に何かしたのだろうか?
と言う野々香の思い所とは別に、違和感を持つ二人もいた。
「誰かにつけられてますよね?」
記者対応のどもりっぷりはどこへやら、椎菜は不意に視線を鋭く切り替えて周囲を見回す。
合流するに当たって、こちら側の4名と常に付かず離れずの位置で視線を送る人物の気配があった。
もちろん心当たりなどはない。
「素人では、あるけどな」
学駆も察知して、椎菜にささやき返す。
「こんな平和な世界で素人じゃない尾行がいたら困りますよ」
「こんな平和な世界で尾行がいること自体困るんだよなぁ」
「それはそう……」
こういう状況においては目や頭を回すのはこの2人だ。野々香はほえ?とふやけた顔をして首を傾げるだけ。
「まぁ、記者の関係であればインタビュー中にわかるだろうし、そうでなければ取材にまで割り込めないだろう。今は普通に取材に集中しようぜ」
そう言って学駆は、警戒を強めつつ、先を促した。
「まず、光矢園出場おめでとうございます。女性初の出場における感想とか意気込み等をお聞かせ下さい」
「はい、え、あの、元気にがんばりまひゅ」
「ご自身が野球をしたい、また野球の才能があると気付いたのはいつですか?」
「えと、あの、なんか、いつの間にか」
「それまでは何をされていたのですか?」
「えー……ひょ、氷像?」
「ちょーっおいおいおいちょっと待とうか椎菜ちゃん」
インタビューは小さな地区会館の会議室を借りて行われたが、幸いそこまで何者かが付いて来る気配はなかった。
がしかし、肝心のメインイベントの方が相当に事故っている。
普段うっかり異世界を漏らすのはもっぱら野々香のやらかしで、学駆や椎菜はツッコミに回る事が多いのだが、今日はダメだ。
さすがに氷像になってましたなんて信じるはずもないが、言っていいことでもない。ただのやべーやつだ。
対談式とは言え、両者の基本情報は必要だからと一人ずつ質問が入った途端、椎菜は赤面して言葉が出なくなった。
これでは企画倒れもいいところである。
「椎菜ちゃん、ちょっとあたしと話そうか」
やむを得ず助け舟を出す野々香。
「よし、んじゃ話しやすいように軽くクイズとか出すよ。今日の天気は?」
「は、晴れです」
見慣れた相手から声をかけられれば多少は落ち着くのか、野々香からの質問への回答は問題なさそうだった。
「ピース。この指何本?」
「二本」
「あたしたちの高校の名前は?」
「藍安大名電」
よしよし、良い感じだ。このペースで、徐々にちゃんとした内容に進めて行ければいい。
外野の二人もうんうんと頷いている、が。
「大阪府内などを走る路面電車で、その特殊なベルの音から親しまれる電車の名前は?4文字でお答えください」
「チ」
『お馬鹿ぁーーーーーーっ!!』
せっかくお姉さんらしく会話を引き出せていたのに。いい感じだったのに。
ノリと勢いで台無しにした野々香に、横で見ていた学駆と雀が同時に飛び出した。
すぱこぃーん。と言う軽い音とともに、雀のメガホンアタックが野々香の頭に炸裂する。
またトライアルズの奴だった。ファンなの?そんなに持ち歩きたいなら作ろうよ、ニャンキースの。と一瞬野々香は思ったがそれどころではない。
「言わせねぇよ!?」
「こんな状況で何言わそうとしてんのあなたは!?」
「き、緊張がほぐれるかなと思いまして……」
「よくあんだけ好き好き言ってる椎菜にそんな辱めが出来るな!」
「緊張ほぐれるどころか一生モノのトラウマ背負うわよ!」
「よかれと思って!よかれと思って!スリジャヤワルダナプラコッテ!」
あまりに酷すぎた野々香のやらかしに、二人揃って総攻撃だ。
インタビュアーの方々も椎菜も、その剣幕にすっかり置き去りでぽかーんと状況を眺めている。
「い、今のは違うよな!椎菜、ギリギリ言ってないよな!言いかけたのは、多分好きな漫画のタイトルとかだよな!」
ひとしきり野々香を責め立て、慌てて誤魔化した学駆と雀。一緒に荒く息をつくと、突然ぐるっと見つめ合い、
「いつもコレがご迷惑おかけしております……」
「あなたもですか……今日はお互い頑張りましょう」
謎の友情が芽生えて握手をかわした。
「ふっ」
今度は野々香も含めてインタビュー絡みの全員がぽかーんとする中。
「ふっ、二人して、何やってるんですか、よほど野々香さんに苦労されてるんですね、ふふっ」
主役をほったらかしで謎の儀式を始めた野々香被害者の会がツボったのか、奇跡的に椎菜の緊張が大きく緩和して、笑いに変わっていた。




