番外編「 異世界に来た野球おねえちゃん」6-2
ボアーは、一匹ではなかった。
というか、群れだった。
そして、いっぱいいた。
ウルフの時とは違い、大多数が群れて現れる経験は、これが初めてだ。
……どうしよう。
「親ボアーさんと子ボアーさんと孫ボアーさん、大家族でお出ましなんですけどぉ!」
「なるほど、ほっといたら増えすぎたって話だったもんな」
「納得してる場合じゃないでしょ、どうするのこの数」
「何とかするしかないだろ、まだ見える場所に固まってるだけ良い」
「良くないわよキョン!」
「ボアーだっつってんだろ!」
シーナを絶望から救うために生まれた少しばかり良さげな空気は、あっという間に消え去った。
しかし、この数。
全てを倒すとなるとかなりの手間と危険を覚悟せねばなるまい。
「ファイヤーボールぶち込んで、一気に数を減らすっきゃない?」
「まずは、それだろうな。けど1発魔力切れじゃ続かない。2発に出来るか?」
「わかった、半分ずつくらいなら調整出来ると思う」
現在は草陰に隠れているので、気付かれていないか、敵だとみなされていない。だが魔法を撃った瞬間、敵意に気付いて襲って来るだろう。
そのタイミングでどれだけ数を減らせて、どう対処出来るかがカギとなる。
「次の手が、思い浮かばないな」
学駆が悩ましい顔で首をひねる。
油断している今、一番火力の高い攻撃を放つのは正しい。問題は次だ。
襲い来る大量の群れとの戦いが「まぁ、何かみんな、良い感じに頑張れ」しかない。遠距離に攻撃出来るのは野々香の魔法のみ、単に殴り合いになれば絶対に勝てない。
「なるべく各個撃破出来る状況を作れないといけないんだが」
思案しながら、学駆はふとシーナに目をやる。
彼女は自分から何かを言い出して来ない。それはそうだろう、自身を、何の役にも立たない、死者と同様に思っているような子だ。
「そういう状況を作れるような手、シーナは何か提案ないか?」
ならば、出来る範囲で参加を促してやらねばなるまい。そう学駆は考える。
「小さな事でもいい、どうせ俺たちでは出来そうにもないからさ」
「それでしたら……自信はありませんけど」
「ファイヤーボールっ!」
火球が撃ち込まれると、その時点で数体の絶命が確認される。
そこそこに抑えたとは言え、アリサもレベルアップして威力は上がっている。初期の全力レベルの威力を、半分の消費で撃てるようになっていた。
……そして、十数体に及ぶ敵意が、一斉にこちらを向く。
「シーナ!頼むぞ!」
号令と同時に学駆は前へ駆け出した。シーナも頷くと、前進する。
野々香は敢えての後衛待機。ヒールを打てる分程度は残しつつ、それまでは光魔法攻撃で対応する方針だ。
イ・ウィステリア・フラッシュを連発することでさらにボアーは数を減らすが、まだまだ。
学駆とシーナがボアーの群れと真っ向対峙する形となった。
「加速」
最初に敵陣に飛び込む学駆に、シーナから速度バフの魔法がかかる。
ただでさえ速い学駆の動きはさらに速くなり、ボアーの突進では捉えきれない速度で動き回る。
最前を進んできた二体は行き先を見失うと、一瞬その間に姿を現した学駆へ突進をしかけ、お互いに追突して倒れた。
とにかく学駆は囮役。どれだけ戦線を前で維持出来るかが勝負となる。
そうしている間に、後方から光魔法とアリサの矢が飛んで来て、着実に敵は数を減らした。
シーナの方も、本人が前に出ると言った時は、自罰の精神で盾にでもなる気かと疑ったが、加速の呪文で同様に動き回ると、小さなファイヤーボールを指から弾き出すように放ち、突進するボアーを攪乱している。
しかし。
「そろそろ魔力限界!あたしも……」
その時、前線に加わろうとした野々香の目前で、一匹のボアーが突進を仕掛けて来た。
野々香が前に出るのは当初の予定通り。しかし、敵の数が多すぎる中、加速呪文で応戦する戦場に行くのは、タイミングが悪かった。
ドンッ!
多数が群がる方に目が行って、気付かなかったか。横から来た大型ボアーの突進を食らい、野々香は大きく吹き飛ばされる。
「野々香っ!」
学駆が悲痛な叫び声をあげた。
巨大イノシシの突進となれば、その威力は計り知れない。凄惨な光景を見てしまった学駆とアリサが一瞬固まる。
しくじった。野々香を危険な目にあわせてしまった。
目の前のボアー達にどうにか対応しながら、今すぐ駆け出したい衝動に学駆は唇を噛む。
「うわぁーっ!」
が、しかし、意外な事にすぐ聞き覚えのある叫び声が聞こえた。
「こっわ、何か生きてるけどトラックに轢かれたかと思った!祝福効果なかったら異世界転生してるとこだったよ!?」
してる。転生じゃないけど、もうしてる。
そんなツッコミしている場合ではないので誰も言わないが、野々香は変わらずだ。レベルアップで頑丈になっているとは言え、想像を絶するタフさである。
「ごめん、でもちょっと腕痛い、回復しないと戦えないや」
ほっと胸をなでおろす学駆たちだが、安心する暇はない。
突進したボアーは未だ野々香の近くにいる。
野々香は回復魔法を使うつもりだが、その時間稼ぎをしないと。再び突進を食らえばさすがにただではすまない。
だが、学駆は即座には動けない。いまだ目の前には5体ほどのボアー。
相手取る敵の数が多すぎて、すぐにこれを振り払って野々香を助けに行っても敵を引き連れてしまうだけ。
何とか、何とかしなければ。
背に腹は変えられない。アリサが、最後の一発を野々香の近くにいるボアーに放とうとする。
1匹しか仕留められないとなると後が辛いが、やむを得ない。
「アリサさん、それはこっちの集団に撃って下さい。僕が行きます」
その時、凛とした声が響く。
野々香の方を見ていたアリサが前方へ向き直れば、そこには黒いローブを翻しながら走り来る少女。
シーナだ。
彼女は同じく多数のボアーと戦いながら、徐々に戦線を後退、野々香の援護に回れる位置に下がって来ていた。
そして、それを目がけてやってくるボアー達は、見事に一箇所に固まって突撃してくる。
「お、おうっ」
咄嗟の出来事だ。言われた通りにファイヤーボールをシーナの後方へ放つと、シーナは自らも加速魔法をかけた華麗な身のこなしで上に飛び、火球を回避。
標的目がけて直進して来る敵たちは、真正面から火球を受け炎上。
シーナが相手にしていたボアー達は、見事に集団全て炎の餌食となった。
上に飛んだ勢いのままシーナは指先をぽん、ぽん、ぽん、と、空に物を置くような動きを見せる。
その左、中央、右に、それぞれ火球が生まれた。
アリサのそれより遥かに小さいが、ファイヤーボールだ。
それを一発、野々香の前にいるボアーに放つ。ダメージは大きくないが、それで敵は怯んだ。
もう一発、学駆の方へ向けて放つ。学駆に向けて突撃するボアーに着弾し、スキが生まれる。
学駆はそのスキを逃さず、一匹を叩き伏せた。
野々香の方へそのまま向かいながらもう一発は後方へ。
アリサの一撃で撃ち漏らしていたものが一匹だけいたようだ。アリサがそれに気付き身構えた直後、それにも火球が命中。
おかげでアリサも対処が間に合い、手持ちの槍で思い切り突くと、今度こそボアーは倒れた。
さらにシーナはそのまま野々香側のボアーの元へ。
素早く回り込んで敵を追い抜くと、
「ヒール」
何と、野々香へ向けて回復魔法を"発射"した。
戸惑い顔の野々香だが、その光を受け止めると、徐々に体が楽になっていく。
回復魔法は、遠隔操作も出来たのか。
驚きに野々香が目を見張ると、その目の前でさらにシーナはボアーに向き直る。
「ファイヤーボール」
今度は、掌の前で肩幅大ほどの大きな火球を作り出すと、ボアーに打ち込む。
これで、野々香を襲った一体も仕留めてしまった。
あとは残った学駆の相手の4体を、回復した野々香、シーナが参戦して仕留めきる。
そうするのに、さほど時間はかからなかった。
「幸い、大怪我ではなさそうですね。よかったです」
戦闘が終わり、ひと息つく。
改めて野々香の怪我が致命的でないことを確認すると、シーナもそこでふぅ、と草むらに腰を下ろした。
そこで、シーナは妙な事に気付く。
あれだけ賑やかな三人が、戦闘終了からここまでやたらと寡黙なのだ。
野々香の怪我の確認をシーナに頼んだ学駆も、回復を受ける野々香も、その間周囲を警戒するアリサも。
「あの、どうか、しましたか?」
妙な雰囲気を感じ取り、さすがにシーナも萎縮してしまう。
回復魔法は維持したまま、困った顔で三人を交互に見渡していた。
そして、三人はほぼ同時に、困惑するシーナに向けて声を発する。
『いや、強ッ!!』
一度だけ……以降の良い感じの空気はどこへやら。
その後学駆たち三人は、平伏してシーナの正式加入を懇願していた。
というわけで、シーナの方も少しずつ掘り下げておりますが、いかがでしょうか。
この後本編は夏本番、ペナントも佳境に入りつつ、光矢園本戦へも進んでまいります。
この辺りからは先が気になるー!な展開を盛り込んで行くつもりですので、良ければブックマークしてお待ちください!




