番外編「 異世界に来た野球おねえちゃん」6-1
60話!ということで定期番外編のターンとなりますが、嬉しいことがありましたのでご報告です。
本作が「カンダナギ」様のnoteでの企画、「言の葉宝探し」にて紹介されました!
自作品が他の方の紹介をいただくというのは殊更に嬉しいことですし、これがまた丁寧で素晴らしい記事なんです。
リンクは貼れませんが、noteにて「カンダナギ」様を探していただくか、
本作タイトルで検索すると2番目くらいに出て来るので、是非ご覧ください。
……起きたら知らない天井だった。
なんて言うと、転生だとか、死に戻りだとかの導入に近くなるのだろうか。
そんなことを思いながら、宿の一室で、野々香は黒ローブ少女の目覚めの瞬間を見つめていた。
回復魔法は命を取り留めるには十分だったが、万全には程遠く、医師の処置と一晩の休養を要した。
今は、宿に帰って、少女の様子を見守っていたところだ。
「目が覚めた?」
そして、彼女が目を覚ますのを確認すると、努めて優しく、朗らかに声をかける。起きた時にそばにいるのは野々香であるべきだ、と言うのはパーティーの共通意見であった。
「同性であり、年上でとりあえず見た感じは優しそうだから、安心するだろう」と学駆が言ったら、野々香が案の定「とりあえず見た感じ」の部分でむくれていたが。
しかしながら、野々香はこれを役得とばかりにニヤニヤしながら眺めていたので、間違ってもいない。
もし異世界で出会うなら、こんな子がいいな、のテンプレがそこにいた。
長い黒髪、長いまつげ、小柄で細くて庇護欲を駆り立てる儚げな佇まい。
幼い頃に憧れた、理想の女の子像にも近い少女だった。
一度様子見に来た学駆に「お前、絶対この子起きた時はその顔しまえよ」と言われたので、時々だらしない顔をしていた自覚はある。
そう、時々。たぶん。オーライ。
少女は起き上がり、可愛らしい素振りで目をこすると、野々香の方に視線を向かわせた。
開いた瞳は細目ながら綺麗で可愛らしく、それでいて凛とした空気も感じさせる。
「大変だったね。氷のヤクターは倒したから、安心していいよ」
「あ……ありがとう、ございます」
「あたしは姫宮野々香。野々香だよ。あなたは?」
「ののか、さん。……僕は、シーナと申します」
シーナの返答を受け、野々香の動きが凍り付く。
「ぼ」
「はい?」
「僕っ子……!?」
「僕がどうかしましたか」
何と言うことか、言葉は謎の翻訳機能で通じるのはわかっていたが、異界・外国人であるが故に機能バグを起こしているのか。
理想の外見の女の子でありながら、シーナはさらに僕っ子・丁寧口調と言う属性を加算して野々香を殴りつけた。
なんてこった。この子、どんだけ属性特盛にするんだ。もはやギガ盛りだ。ペタマックスだ。
そのあまりの刺さりっぷりに、野々香は驚愕して思考が停止……
「何でもないよ。可愛いお名前だね」
しそうになったがギリ耐えた。ギリ耐えた。
落ち着け、落ち着かねば。ここでドン引きされて離れられでもしたら、異世界ライフは実質終了だ。エンドオブザワールドだ。
全力で猫を被れ。よだれを拭け。あたしは大人の女、綺麗なお姉さんを演じろ。ペルソナを呼べ。我は汝、汝は我。
かつてないほどの集中力とオーラをもって、高い演技力を野々香は発揮した。
「あなたは、異世界から呼ばれた勇者候補の一人で、仲間に捨てられて、あそこで囚われていた。合ってる?」
「……はい。どうしてそれを?」
「あたし達もそうだから。前の召喚で行方不明者がいるって聞いてね」
「それで、助けてくれたんですね」
シーナと名乗った少女は、まだ沈んだ表情で、状況を確認した。
どんな流れで彼女が氷漬けになったかは定かでないが、明るい気持ちでいるのも難しいだろう。安全が確認出来たら、少し状況整理の時間を取ってあげるのが良さそうだ。
そう、野々香は考えた。
……が。
「お世話になりました。僕は、今日中にここを発ちます」
「えっ」
あまりに突然すぎる離別宣言に、野々香の目が点になる。
既に4人目の仲間としてエブリデイ離したくはない気持ちに思考を走らせていたので、一瞬思考が停止し、言葉に詰まった。
「ろくにお礼も出来ず申し訳ありません。ですが、僕はもう何も持つものがないので……」
「まってまってまってまって」
「いつか少しでも僕が何かを築くことが出来たら、お礼には伺います。今は、これ以上お手を煩わせない、それだけが僕に出来ることですので」
いくつか言葉を交わしただけで、少女が深く傷ついて自信を失っていることだけはわかった。
……それならば、なおさら離すわけにいかない。野々香は直感した。
何とか、引き留めなければ。
「じゃ、じゃあ体で払っ、痛ぁっ!」
メジャー流デコピン、炸裂。
騒ぎ声に様子を見に来た学駆の目の前には、犯罪者一歩手前の姫宮野々香容疑者(21)が少女にすがり付いていた。
「大人の女のお姉さん、短命すぎやしませんかね……」
どうやら割と早い段階で聞こえていたし、野々香が何を考えていたかも学駆にはわかっていたらしい。
なんだかんだ、付き合いの長い二人である。
「大泉学駆です、よろしく」
「あさ……アリサです、よろしくね」
「シーナと申します」
かろうじて引き留めには成功した一行だったが、少女の表情は晴れない。
4人でテーブルに着き、話し合いの体には持ち込んだが、よろしくしてくれない辺り、まださっさと帰りたい気持ちが見てとれるのだった。
「こいつの言い方は非常に、非っ常に、ひっじょーに悪かったのでそこは謝る。けど、意見は同じだ」
学駆は改めてテーブルに手をついて深々頭を下げると、いつも通り話のまとめ役としてシーナに声をかけた。
「君も、何か魔法は使えるんだろ?なら、手を貸して欲しい。仲間が増えるなら俺たちはありがたいし、君が何かを提供しなくても礼になるだろう」
「ですが、僕は役立たずです。だからあんな場所で、氷漬けで……」
しかし、シーナの傷は根深い。
「僕はもう、仲間に何かをしてもらえる、何かをしてあげられる、そんなことが思えなくなりました。きっともう、人が信じられない。人が嫌いなんです、自分も含めて」
そんな事を、うっすら微笑みながら言う少女に、三人は言葉がない。
今すぐにかけてあげられる様な言葉が、浮かぶはずもなかった。
なので、野々香は。
がしっ、とシーナの腕を掴んだ。ただ、その腕を掴まえたまま、離さない。
「あの……?」
困惑するシーナだが、野々香はそのまま体を回り込ませると、シーナの体をぐっと抱きしめた。
「離していただけないでしょうか」
「いーや、離さない」
野々香は、珍しく強引だった。祝福効果の元、手に入れた力をもってすれば、病み上がりのシーナの体力では到底抜け出せない。
「そんな悲しい事言われたらなおのこと、このまま別れるわけにはいかない。きっと、あなたはまだ楽しいを知る機会がなかっただけなんだよ。ゼロのままどこかへ行くくらいなら、あたし達にそのチャンスをちょうだい。一度だけ。一度だけ手を貸してくれないかな」
言いながら野々香の体が震えている事をシーナは感じた。
何故震えているのか、それはわからない。ただ、直に伝わるその感情の波が、わずかにシーナの心にも流れて伝わって行く。
「もうちょっとだけ笑ってみよう、って思える様に、頑張ってみるから。人嫌いなんて言わないで一緒に楽しもうぜ、あたし達のテクノライフを」
肩を掴んで、今度は少し距離を離して、野々香はシーナの目を真っすぐ見つめた。
その目を見たシーナは、悟る。
真剣だ。野々香は真剣そのものだった。今まで生きて来た中で、この世界に来てから出会った中で、顔を合わせた全ての人たちの中でも、初めて見る目だったのだ。
煩わしいだけの他人と一緒にいるくらいなら、一人でひっそりと生き、死んで行く。
そう思っていた。
だけど、どうせ死ぬなら。
いや、どうせ死んでいるのだから。
この人に失望させられて、あるいはこの人を失望させて、そのまま死ねば良い。
やや後ろ向きな思考であるが、シーナはそう思った。
「……わかりました。では、一度だけ。お供しましょう」
「オ……オ、オオアァーッ!!」
承諾を得た瞬間、野々香は喜びのあまり腕を振り上げ、声にならないような叫びを上げた。
まるで獣の勝利の雄叫びのように。まるで戦の勝ちどきのように。
「やりもうした、やりもうしたぞ、学駆殿!アリサ殿!」
そうした野々香が、また別の意味で初めて見る目をしていたので、シーナは思う。
……もしかして、無理にでも別れた方が良かったのかもしれない。
「いやぁ、うっれしいな~たっのしいな~可愛いシーナ~」
どうにかこうにかシーナを連れて行く事に成功した事で、すっかり野々香は上機嫌だった。
シーナは完全に体力を取り戻すのにはまだ時間がかかりそうだが、野々香が小まめに"ヒール"をかけていることで、歩くくらいは出来るようになっている。
思ったよりも早い回復にシーナはしきりに礼を言っていたが、「隠し味は"愛情"だよ……」とか返した野々香がまたドン引きさせたので、2発目のデコピンが炸裂した。
「ののちゃん、すっかりご機嫌だね」
「おうっ、ごきげんだぜっ!」
宿を出て、一行は例のごとくアリサパワーで依頼を引き取り、今度は少しばかり強力なモンスター、イノシシ型の「ボアー」退治に森へ向かっている。
危険性は高くないし食料にもなるので繁殖しても気にしなかったが、数が少しばかり増えてしまい、旅人の行く手を阻んでいるそうだ。
しかし、思い付きの指令だったとは言え"氷のヤクター"討伐の功績と経験はでかい。
野々香はヤクターの持っていた氷剣、学駆は鎖帷子、アリサは鉄製の胸当てと、全員装備が少しグレードアップした。
これなら、通常の魔物相手でも相当戦いやすくなっただろう。
「それで、これからどうすんの?」
「どうって、イノシシ倒すだけじゃない?」
「じゃなくて、一度のチャンスであの子……シーナに認めてもらうんでしょ?何か考えがあるんじゃ」
本人に聞かせても面白くないだろう、小声で尋ねるアリサに、しかし野々香は首を横に振る。
「考えてない」
「えぇ……?」
まさかの即答だった。アリサも学駆も、うっすら聴こえているシーナもどこか困惑している。
もっとも、起きたばかりの初対面の少女が勝手にいなくなるのを必死に引き留めた、が現状だ。策を練る暇もなければ、認めてもらえる具体的な目標もない。
学駆も、こればかりはやむを得ないと思った。こうして付いて来てくれただけでもマシな方向に進んではいるし、そうなったのは野々香の功績だ。
そして当の野々香は、
「考えてもしょうがないことは、考えてもしょうがない!」
自信満々に政治家構文みたいなことを口にした。
「……まぁ、ののちゃんはそういう人だけどもさ」
肩をすくめるアリサに、しかし野々香は向き直ると、自信満々に胸を張る。
「あたしは知らんけど、アリサちゃんと、学駆と、こうして一緒にいてさ」
そうして胸を張ったまま、アリサと学駆にそれぞれを目線を回して、言った。
「それでも人を信じられない、なーんて事には絶対ならないよ。あたしが保証する!」
これだ。
脳天気な顔をして、この女は。
全幅の信頼を置いています、とさらりと言い放つのだ。
学駆はそう思い苦笑いしながら「だ、そうだ」とアリサやシーナに視線を送ると、「ののちゃんにはかなわないや」と、アリサも同じ表情。
「うちも、付き合いはこっちに来てからだけどさ。これだから、離れられないんだ。野々香さんは」
アリサが苦笑気味ながら、心底嬉しそうな顔をシーナに向けると、
「人を信じられなくてもさ、野々香さんのことは信じてあげてよ。誰よりも一番、シーナの事を助けようとしてたのが、あの人だから」
そうして笑いかけるアリサに、それでもシーナはほとんど表情を動かさない。
しかし、一人で死ぬと断じていた少女に、困惑と迷いの顔が浮かんだ。
彼女は、迷っている。それは、まだ生きていて、まだチャンスがあると言うことだ。
学駆は密かに、その表情の動きを感じ取っていた。




