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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
4.後半戦

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第58話 「光矢園編⑥」

 3-0で迎えた6回裏、相手校も意地を見せて二死二三塁のチャンスを作る。ホームランが出れば同点の場面だ。


 カウントも3-2。これまでほぼピンチすら作らなかった椎菜にとっては珍しくプレッシャーのかかる展開が来る。

 ここで、椎菜は一つの決断をした。


「"あのボール"を投げます。いいですよね?」

 捕手の勢木(せぎ)と、学駆らのいるベンチに確認すると、彼らは意外そうな顔をした。

 ここで手の内を見せるのかと。今それを投げれば不必要に手札を一つ、晒すことになる。

 だが、椎菜はあえて首を縦に振った。


「野々香さんは僕らが観戦した日、全力投球で応えてくれました。僕も野々香さんの前で、今の全力で抑えきりたいんです」


 彼女の特徴は多彩な変化球と、それとほぼ等速で投げ込まれる直球による的を絞らせない投球術だ。

 逆に言えば、あえて直球は等速で投げ込んでいる。

 そうすることで「どこに曲がるかわからない」に加え「曲がらない場合もある」という選択肢を植え付けているのだ。


 ならば、直球はもう少し速度を上げることも、可能ということ。

 それを、ここぞの場面でのみ投じれば、どうなるか。


 鋭い腕の振りとともに繰り出されたボールは、左投手のマウンドスレスレから右打者の胸元へ。

 抉るかのように向かうそれはまるでそのまま来たらぶつかる、と一瞬思わせる勢いで進み、腰を引かせる。


 最後はサイドスロー独特のブレーキがかかり、打者の胸元にズドン!と飛び込んだ。

 いわゆる、クロスファイアに近い。ただし普段よりもう1段階速い145kmほどの速度で、空へ向かうように上昇してくるボールに、打者はバットを出すことが出来ない。


 緩急を付ける軟投派と思わせた椎菜がここぞのウイニングショットに選んだ球は、魔法タンクを務めた彼女らしい、竜の祝福をもって懐に飛び込みまるで空を舞う様に敵のインコースを抉る、そんなスタイルを形にしたようなボール。


 そのボールには、ちょっとした中二ネームが付いている。


 せっかくなのでメディア受けの良さそうな必殺技を考えよう、と布施猿彦(ふせ さるひこ)がお調子者ぶりを発揮して提案したのだ。


「椎菜と言えば、竜だよなー」

 そこで、珍しく学駆がうっかり異世界単語を言ってしまったのが名づけの発端だった。


「どこが?」と疑問の声しか上がらないチームメンバーに対し、少しだけしまったと学駆は思いながら、

「いや、椎菜って普段はおとなしくて優しいけど、この間みたく相手が調子乗ってたらガッと行くからな。ほらなんか主人公的と言うか、ストリートファイト強そうというか。それに、球の軌道が上り竜っぽくね?」

 後付けで屁理屈をこねてみたところ、三瀬や猿彦が反応した。


「確かに、こないだの啖呵はかっこよかったもんな」

「そうなんよ、あんなん惚れちゃうんよ」

「かわいくてかっこよくて万能で無双、竜っぽいかも」

 そうしてワイワイやっていく男子たちに、椎菜の反応は逆方向に慌ただしくなっていく。


「あの、やめて、皆さん、あんまりそういうの目の前で言われると、その、照れます」

 顔を真っ赤にしながらそれを隠すように両手をぶんぶん振り回す椎菜。


 まともに自身を他者から肯定されることすら最近までなかった椎菜にとって、最もダメージが大きいのが褒め殺しだ。

 啖呵を切った時や、試合の投球時とは全く逆に、わちゃわちゃと慌てる様子に、男子陣はすっかり絆されてしまう。

 そして、いたずら心がワクワクした結果、勢いのままに必殺球の名前が決まったのだった。


その、決め球の名は。


「……ドラゴニックスカイ」


 ズドン!とインコース高目にボールがおさまる。


「ストライーク!バッターアウトッ!」

 やっぱりこっちの世界でこういうのは恥ずかしいですよ、と言いつつ、内心ちょっとだけノリノリな椎菜のウイニングショット。


 それは、勝利を手繰り寄せる一球となった。

 観客席でカッコイイー!!と大騒ぎしている金髪女さんも、見事にハートを射抜かれたようだ。


 これを見せた事でさらに戦況は一変。試合の流れは完全にこちらへ傾く。

 7回表には大量5点を追加すると、椎菜の体力温存のためピッチャーを7回から三瀬に交代する余裕まで見せつけ、8-2。

 何年もの知識と経験を積もらせた名門校の野球部を、ぽっと出の無名校が力でねじ伏せた。


 試合後。学駆・野々香の大人2名によるプロデュースで、選手達には寿司が振舞われた。


 以前野々香の初勝利の祝勝会(本人はエア参加)にて出前したお店は姫宮家昔からの行きつけで、店主の武田さんには子供の頃から世話になっている。何故か時々ボヤ騒ぎが起こるのだけが玉に瑕の老舗の寿司屋だ。

 今回も総勢20名の大人数を、新人の令阿戸(れあど)さんの修行にちょうどいい、と快く受け入れてくれた。


 普通の教師ならガッツリ足が出る予算だが、そこは財布に余裕のある二人なので、奮発している。

 久しぶりの再会で成長する姿、チームとしてきちんと機能しているさまを見せられたことに、野々香もチームメンバーも満足気だった。


 野々香のオールスター休暇もあと数日。本人が非常に残念さをあらわにしていたが、準決勝、決勝の頃にはもう二軍の後半戦が開始している。応援に来られるのはこの日だけ。


 だから、この日は全力で騒いだ。

 皆の健闘を称え合い、弱小野球部だった頃のことを語り合い、今後の勝利に思いを馳せた。


「みんな、試合前は冗談っぽく言ったけど……今度は本気で。プロで会おう!あたしも頑張るよ」

 そう言って皆とハイタッチをかわすと、野々香は気持ちよさそうな足取りで去って行った。


 ……そして。


「さぁ、女子選手による初の光矢園大会出場で話題を集めた西地区予選も、いよいよ決勝あと1イニングを残すのみとなりました。藍安大名電対砲督学院による決勝戦、9回裏の攻撃です」

 テレビから実況の声が流れて来る。


 予選とはいえ決勝ともなるときちんとした実況付きでテレビで放映される。

 現地に集まれず学校に集まった野球部保護者の方々が固唾を飲んで見守る中、マウンドには椎菜がゆっくりと歩を進めて行くのが見えた。

 現地の客席には、娘に代わって観戦に訪れた姫宮陽代の姿も見える。


「七色の変化球と超高速の足を武器に、高校球界に突如出現した女性選手、涼城椎菜さんを中心に、藍安大名電(あいあんだいめいでん)校はすっかり今大会のダークホースとして、圧倒的な成績でここまで勝ち抜いて来ました。その集大成を、いよいよ、この最後の9回裏。3-0で迎えた最終回のマウンドで迎えようとしています!」


 地区予選では主にローカルチャンネルで、必ずしもプロ野球のような手慣れた実況が付いてくるわけではないが、それでも今回の実況の声には興奮と熱が強く感じられた。

 歴史的瞬間に立ち会い、それを伝えられる喜び。


 球場にいる観衆も、テレビで伝える実況も、それを見る視聴者も、誰もが予選とは思えない高揚感を持って試合を見守る。

 そんな中でも、椎菜は一つも動揺する風もなく、これまでと同じ調子でマウンドに臨んでいた。


「こういう緊張感と、周りの期待を背負って挑む感覚は、"風のレーン"さんと戦った時以来でしょうかね」


 ふと思い出す、異世界での戦い。

 四天王の一人、"風のレーン"と戦った時、街の人たちをも守りながらの戦いは激しい緊張感があった。

 投擲手であるにも関わらず自身も凄まじいスピードで動き回る強敵。


 敵のスピードが速すぎて火力担当の野々香とアリサが敵の動きを捕捉出来ず、学駆と椎菜の2人だけで対応せざるを得ない相手だった。

 アリサのバフ魔法"英雄の歌(ペルセウス)"による攻撃力増強が勝負の決め手となったが、身体強化は体にかかる負担はそのままと言うリスクがあり、何度も使うと体がボロボロになると言う事をその時知った。

 考えなしに使い続けた結果翌日から体バッキバキで動けなかったのだ。


 衆人環視の中での戦いと言えばそれ以来だが、それに比べて今の何と楽しいことか。

 誰も命を脅かされない平和な場所で、競い合い、高め合う相手がいて、自分を磨いて行ける。


「野々香さんがハマっている理由が、わかっちゃいましたね」

 椎菜はそう呟くと、クスッと笑った。


 その一瞬の、少しだけ苦笑いを含んだ小さな笑顔が、見ている観衆と視聴者(と、後ほど録画を観る野々香)の心をそっと捕まえている。

 そして、静かに確実に、椎菜はアウトを重ねて行く。


「さぁいよいよ、藍安大名電、予選大会優勝まであとワンナウトとなりました」

 熱を帯びる実況と周囲の空気とは逆に、椎菜は落ち着いていた。


 疲れもない、緊張もない、怖さもない。けれど、油断もない。

 ここは通過点。野々香へ手を届かせるための、通過点なのだ。

 最後まで、丁寧に。

 そう念じると、最後の投球動作に入る。


「ドラゴニック……スカイ!」


「4球目、キャッチャーは……インコースに構えた。投げました!インハイずばっと決まって見逃し三振、試合終了ー!この瞬間、史上初の女子の大会参加にして、史上初の光矢園大会出場も、決定しました!涼城椎菜さん、最後まで全く隙のない、完璧な投球でした!」


 わっ、と、全ての場所で歓声が上がる。

 チームメイトが一気にマウンドに集まり、輪を作る。


 珍しく腕を突き上げ喜びを露にする椎菜のもとへ、全員が寄ってナイスボール!と声をかけ、ハイタッチを交わす。

 それに少し遅れて、監督兼顧問の学駆が選手たちの元へ駆け寄って行った。


「やったな、お前ら!光矢園だ!」

 そう叫ぶと、ナインからも歓声が上がった。

 足で取って守り勝つ野球、それをたった一人で高水準に作り上げた涼城椎菜を筆頭に、元はお遊びでやっていたような集団がしっかり部活動として、野球チームとしてまとまったのは、想定以上の奇跡だ。


「いやほんと、まさかまさかだよ!椎菜ちゃんのおかげだよ!」

「正直、こんな弱小部じゃ無理だと思ってたんよ」

「ワタシも思ってマシターよ!今夜はパーリィだネ!」

「涼城!俺たちバッテリーで光矢園を荒らしたろうぜ!」


 三瀬、布施、結城、勢木たちが口々に喜びの声を椎菜に告げる。

 それら全員に椎菜は丁寧に微笑み、タッチや握手を返すと、最後に学駆の元へ。


「これで、まずは第一歩。ですかね?」

 当たり前の様に決勝を通過点、第一歩扱いするのは少し失礼な気もしたが、プロを目指す者にとっては、とてつもなく大事な通過点だ。

 高校生のプロへの道はここでどれだけ活躍をするか、注目を浴びるかにかかっている。


「ああ、かましてやろうぜ。……と言っても、俺もこっから先の野球人生については経験ないんだけどさ」

 まだ高校球児だった頃は光矢園出場など到底夢の話だった学駆にとっても、この先は未知の領域となる。

 苦笑まじりに言う学駆に、椎菜は微笑むと、強く宣言した。


「皆さん、光矢園大会優勝。そして、来年野々香さんが待つであろうプロ野球目指して、一緒に頑張りましょう!」


 一年後、野々香と共に戦う、或いはライバルになるかもしれない選手達が、大きな一歩を踏み出していた。


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