第6話 「女さん、160キロwwwwwwwwww」
『話題性抜群の"史上初の女性選手"、しかも充分な実力と可能性がある。よそに逃すのはもったいない』
「……と、思わせたら勝ちなんじゃねえかな」
こちらは学駆宅、野々香からの結果報告会にて、学駆のコメントだ。
ちなみに帰り道に陽オーラの塊なテスト生たちにめちゃくちゃ飲みに誘われたのだが、「行っていい?(チラチラッ)」「いいんじゃね?情報収集は一応メリットだし」「止めろよぉ!もっと心配とか嫉妬とかしろよぉ!女の子がたった1人で屈強な男の群れに飛び込むんだよ!?」「そうだね心配だ男たちが」「(怒スタンプ)」
みたいな学駆とのSNSでのやり取りの末、早めにシャワー浴びたいのでとっとと帰宅した。
顔見知りやチームメイトであればともかく、何人残るかもわからないテスト生たちだし「そういう」意図を持つものも少なからずいたと思うのでリスクの方が勝つかもというのは学駆も思ってはいたが、チラチラがうざかったので、からかった。
「しっかし、160kmなぁ……随分かましてきたな」
今日はお疲れでしょうから~と学駆が用意してくれた食卓を2人で囲みつつ今日のテスト結果を順繰り説明する野々香に、学駆はそこそこ満足、といった表情だ。
「いやぁ、だってほら、ちょっと生意気な子に女なんか相手になんねぇくせに俺様の前に出てくんなよあぁん?今すぐ荷物まとめて横須賀へでも行けよおぉん?みたいな事言われて」
「で、怒って力入れ過ぎたと。ありそうすぎて困る」
「失礼な!」
「なっとるやろがい」
「うぐ」
即座に言い返されて野々香は言葉を失う。
「まぁ、一応人間やめてないラインではあるしいいんじゃないかな。守備走塁はまだしも、打撃もぱっとしなかったならヘタすりゃ落とされるしな」
「あー、他でいいとこなしはやっぱまずかったかな……投げる方もさ、何か大諭君との対戦で力が抜けちゃったというか」
テストへ向けての練習で特に力を入れたのは守備、走塁だ。
投球や打撃は中学時代からの感覚や、異世界バトルによる動体視力やカンの強さでおそらくそこそこ出来る。しかし、守備はどうしたって経験が要る。高校を野球漬けにしてきた球児達には確実に劣るので、素人同然と思われてはさすがにまずい。
走塁に至っては想定合格ラインが女子の限界を超えてるのが密かに残酷だ。だから何とかして一次試験で落ちない様にしなければならなかった。
「お前、あっちでもSTRとVITばっかしどんどこ伸びてAGIの値クッソ低かったもんなぁ」
と、学駆は思い返す。野々香はあっちでもこっちでも敏捷性に見捨てられているのだ。こっちでは一応、祝福効果抜きに人並みではあるけど。
「勇者っつったら器用貧乏で色んなステまぁまぁ高いとかじゃないの?何でそんな筋肉全振りみたいになんの?腕に睾丸ついてんの?」
「パワーハラスメントやめてくれますぅ?」
野々香もなりたくてそうなったわけではない。もっと可愛くて凛々しくてみんなの希望の勇者な感じに育ちたかった。
だがそうはならなかったんだよ学駆。
「まぁ、絶対に足りない部分とムラっ気が酷いのは受かってから直すとして。2次試験まで行って見て貰えただけで上出来だと思うよ。これで、ほぼ勝ちの盤面が作れただろう」
「こんだけでほぼ勝ち?160投げた事以外いいとこなしだよ?」
野々香自身としてはミスが多く反省点も多い。そのため少し弱気だ。
「ところが、今の時代の情報速度をなめてはいけない。俺の予想ならもうそろそろ……」
学駆はスマホを取り出すと、何かを見つけて表情を変えた。
「計画通り」
「その顔やめろ」
帰りに買ったコンソメポテチの袋を顔面にブン投げると、学駆は不服そうな顔のあと普段のイタズラっぽい笑みに戻してスマホの画面を野々香へ向ける。
そこには、「女さん、160キロwwwwwwwwww」と言うタイトルが表示されていた。
「野球まとめサイト?」
「そう。今の時代、どっかで面白い事があればすぐ誰かが拾うし、拡散する。二軍チームの入団テストとはいえ、野球に絡むことなら絶対にある程度の人数は見に来るしな。もうお前が160km投げた事くらいは伝わって、広がってるはずだよ」
「ものすっごい太った海外のおばさん出て来たけど」
「クソッ!釣られた!!」
気を取り直して再検索。
確かに本日のニャンキース入団テストの件は複数のニュース記事で取り上げられており、中でも野々香の160kmに関する内容で持ち切りだ。野球まとめサイトやSNS等でも、記事を元に、あるいは現地にいた者の写真や動画付きで話題にされていた。
女性にしてまさかの160kmを投げた彼女はいったい何者なのか、可愛い、誰か知らないか、今までどこに、かわいい、冷静に考えてありえない、故障じゃないのか、可愛い、そもそもよく一次テスト受かったな、可愛い、かわいい、かわいいかわいかわいいいがわかわ
「見てる情報に偏りがありませんかね160キロ女さん」
「可愛いってよ!やったな、うへへへ」
「顔がスライムみたいに溶けてる!」
余計なものを見て話が進まなくなったので学駆は軽く頭を抱える。
というか書かれている「可愛い」の比率が学駆のツッコミに反し言うほど偏ってないので、野々香には少し目の毒だ。学生時代、自身の見た目に関する肯定感をさほど得た経験のない野々香にとっては。
異世界でもそれなりに「美しき光の勇者」みたいな扱いは受けていたのだが、あくまで敬意の表れであることと、ガチっぽい奴が近寄ったら学駆がこっそり排除していたせいで、チヤホヤされた感触は野々香になかった。
「選手にしては比較的とかじゃなく普通に綺麗」「野球がダメなら160km投げるアイドルやれる」「絶対売れるから今すぐグッズ展開しろ、俺が買う」等の褒め言葉の羅列を見ると実は学駆も、うへへへが抑えられないのだが、話を戻さないといけない。
「とにかく、だ。これだけ話題になればもう世間はこのネタの続きを確実に追い求める。160km投げられる選手がテストで落ちましたよなんて話になっちゃあ、男の選手だって炎上モンだ。だから、外堀は完全に埋まっている。ほぼ勝ちなんだよ」
「うへへへあたしいま最上級に可愛くてごめんな」
「酔ってらっしゃる?」
「酔うわけないでしょ今日カレーしか飲んでないし」
「じゃあもう一旦スマホガン見すんのやめてもらえます?」
「ちょっと待って今称賛コメント書いたらやめる」
「自演すんな」
ついさっきまで反省気味だったのに何だったのか。
可愛いと言われて喜んでいるのは学駆も喜ばしいが、それはそれ、反省点はまとめないといけない。
走守は置いといて、特に打撃だ。たった3打席とは言え、今の野々香のパワーであれば結果も残すと思っていた。
「んで、合格はほぼ出来ると思っていい。けど反省点も多い。これからは守備走塁の基本を強化しつつ、投打のムラの多さを修正していかないとな。ピッチングもバッティングも、思った以上に気持ちでバラ付きすぎだ、か、ら!」
最後は一言一句区切りながら野々香の背後に回り、猫のように首根っこを軽く引っ張り上げると
「いつまで調子に乗ってんですかもうちょっと落ち着いて下さい大人のオンナさん」
「あっはい……」
学駆の表情がノートに名前とか書いてそうな段階になっていたので、さすがの野々香もそこで大人しくなる。
案の定大して聞いていなかったので、学駆はもう一度説明するはめになったのだった。