第57話 「光矢園編⑤」
「野々香さん!」「野々香先輩!」「お姉ちゃん!」
それぞれ久々の再会に笑顔を向け(一部地域を除く)野々香の名前を呼ぶ。
デコピンのまま流れで首根っこを捕まえて学駆が野々香をチームメイトの方へ引きずってくる。扱いがやらかした飼い猫とかのそれ飼い
チーム一同、全く予想もしていなかった乱入者だった。
フレッシュオールスターでMVPを獲得するさまは、予選大会中の皆にも知れ渡っていたが、その一躍有名人となった姫宮野々香が母校の野球部に駆けつけて来るとは。しかも、シーズン中だと言うのに。
「どっ、どうしてこ」
「待てお前ら、それ聞くのやめろ。めちゃくちゃ聞かれたがってそうでウザいから」
どうしてここに。言いかけた声は学駆に制止される。
「いや聞いてよ!どっちみちこの流れで何も聞かずに解散したら気になって試合中も眠れないでしょ!」
「試合中に寝るのとテレビ観るのは昔の暗黒チームの選手だけだ」
学駆は調子に乗るなよ、ともう一声ツッコみたい所だったが、学駆以外の周囲の反応が割と肯定的だ。まぁ、大物となった先輩が応援に来て、嬉しくないはずがないが。
「フフッ、そこまで言われちゃ仕方ねぇなぁ、みたいな前置きもいいからな。どうしてここにいるんですかはいどうぞ姫宮さん」
「ボケ潰し!」
絶対頭に余計な事言うと確信した学駆が事前にそれをふさいでくる。
「そう……ここに来た理由は……フレッシュオールスター休みで暇だったからさ!」
そして、全くもったいぶる必要のない理由が野々香の口から吐き出された。
「……そこはもうちょっと、それっぽい事言おうよ、お姉ちゃん」
「いえいえ、シーズン数回しかない野球選手の連休を僕たちの応援に使ってくれるなんて、嬉しい事ですよ。法奈さん」
学駆、法奈といった身内組のため息が場を支配するも、椎菜によるフォローが手厚い。
この二人、基本は野々香の愛だけが異様に重い様に見えるが、椎菜から野々香への心の矢印も結構太めだったりする。
「じゃあ、皆の成長を見たかったから」
「それはどうもありがとさん。ミーティング続けるぞー」
「ああっ、もうちょっと感謝とか感激とか雨とか嵐とか話そうよぉ」
野々香は食い下がるが実際試合前でそこまで話を引っ張られても困る。
学駆はいなかったことにしてミーティングを進行した。
「まぁ、野々香先輩はちょっくら有名になっても変わっていないようで、ひと安心なんよ」
一応のフォローとして、一同を代表して布施猿彦が微笑みかけていた。
「で、あいつはなんなんだ。大丈夫なのか?」
試合前ミーティングを一通り終え、選手たちが準備に入った所を見計らって、学駆は改めて野々香に声をかける。
あいつとは、もちろん茶渡実利の事だろう。野々香は理解する。
公開された謎のオールスター特番は家族やチームメイトも、もちろん学駆も観ていた。
公共の電波に乗せて告白めいた発言をされたら学駆としては面白くはないはずだ。
夢のためにお互い別行動をしたとて簡単に心変わりする事などはない、と言える信頼関係は結ばれているが、本人の意思を無視して外野から強引に流れを作られたら話は別。
「大丈夫、安心して。あたしはあんただけのママだから」
「バブみの話を延長戦にしなくていいっつーんだよ」
「我慢は体に良くないって大塩平八郎も」
「前と全然違う人の名前が出て来た」
「もちろんあんな人とどうにかなるつもりは全くないけどね。向こうもオフだから静岡まで乗り込んで来る、とかありそうだったんでこっち来た。ストーカーは王様の使いだけで充分ですよ」
もちろん母校の野球部の成長を見に来たと言うのがほぼほぼ本音ではある。
しかし、あの後念のため茶渡から逃げて来たのも事実だ。それと、学駆に直接、信頼が崩れるような浮ついた事はなかったと、話しておきたかった。
「球団には、万が一訪ねて来られたら、もう少し大きなはずのあたしを探すために終わりなき旅に出たとか言っといてってお願いしてあるよ」
言い分の効果はなさそうだが、まさか訪ねて来る事はないだろう。きっと。
「ホームラン王の方も、今あたしは17本、あいつが12本。ここから自分でももっと増やせるって自信が出て来たし、あいつは二軍にいっぱなしじゃ本来ダメな立場の奴だからね。勢いで勝負仕掛けられたけど、負けるわけないよ」
そう言って野々香は笑うと、改めてチームメイト達に丁寧に声をかけ、観客席に向かい歩き出す。
さんざん関係者ヅラで会話をしていたが、公式には関係者ではない。本日はただの観客だ。試合開始が近づいてなおメンバーの中に居座るわけにはいかない。
「ま、全てはあたしの意思で始めた事だからね。相談はするけど、ちょっとした事件や障害は自力で乗り越えるから、安心して試合して。今日は観客だから、みかん氷とメガ盛りフランク片手に応援してる」
と告げると、野々香が右手を振り上げる。
「高校野球にそんなサービスねぇよ」
直接会うのは久々だ。積もる話もあるが、試合も近い。
学駆もそれを察し、すれ違いさまにパン、とハイタッチを交わす。
「それじゃ頑張ってねー」とそのままひらひら手を振って去る野々香に、学駆は「おうよ」と手を振り返した。
……もっと心配なのは、そいつの方じゃないんだけどなぁ。
そう思ったが、今そこに学駆から踏み込む事は野暮ったさが強く、言葉にはしなかった。
準々決勝の相手、皇火鱗高校は攻撃力重視のパワーヒッターを揃えたチームだった。
強く振る、と言う事を徹底して来る皇火鱗は打線に迫力があったが、それも相手が一定レベルまでならの話。
それも椎菜の投球術の前に三振、凡打の山を築いていく。
そして凡打の山を築くたびに、観客席にいる金髪グラサンの女が騒ぐ。
「凄いでしょ!あの子!ワシが育てた!ワシが育てた!」
などと客席で全然関係のない父兄の方々に絡んでいるのが横目に見える。育ててないだろ。
一応グラサンなんかでお忍びっぽさだけ演出しているくせに、全く忍ぶ気がない。
幸いまだ一般知名度は特定の二軍好きや野球まとめサイト等を閲覧している人たちがメインなので、「何かこの人見た事あるような……」とひそひそ話をされる程度に留まっていたが。
しかしながら、このうるさいほど存在感のある観客がチームに与える影響は大きかった。
「野々香先輩がいるだけで不思議とやる気が出て来るんよね」
「まぁ、仮にもコーチとして俺らに教えてくれた人だし?」
「クソダサムーブは見せてらんねぇんデスよー?」
布施、三瀬、結城らの上位打線は、曲がりなりにも打撃において優秀な手本だった野々香の前で、情けない姿を見せるわけにはいかない、とこれまで以上に奮起。
初回にいきなり繋がりを見せて三瀬のタイムリーで2点を先制すると、3回には結城のホームランが飛び出し、計3点の援護。
そしてさらに奮起しているのは、マウンドの椎菜であった。
「そう言えば、野々香さんも僕らが見ている試合では凄い投球してましたね」
家族が観戦に行った最初の試合で、野々香は声援をそのまま力にしたかのように、完封勝利を飾って見せた。
「良い所は、見習わないといけません」
彼女の制球も今日は冴えわたる。変化球を待たれればストン、とストライクゾーンに直球が決まり、直球に合わせようとすれば左右に自在に変化する多種多様の変化球で凡打に打ち取って行く。
光矢園常連校との対戦となれば、プロのスカウトらも視察に来ているのだが、その目の前で椎菜、そして藍安大名電校の野球部は、相手校を圧倒していった。




