第56話 「光矢園編④」
チームは順調に勝ち抜いていった。
攻守に椎菜は要として大活躍している。
攻めにおいては出塁率が5割と群を抜いているうえ、塁に出てしまえば軽く二盗、何なら三盗まで決めてしまうのだ。
これではそのあとの打者をどう打ち取っても1点はほぼ入ってしまう。
この凄まじい快足ぶりは予選にして世間に知れ渡り、既に「令和の"ぱるむ"」と渾名されるようになっていた。
"ぱるむ"とは、昭和時代の野球ゲームに存在した、架空の最強チームの1番バッターであり、ボールよりも足が速いせいでどうやってもアウトにできないというチートキャラだ。
「確か、このチーム全キャラそこのゲーム会社のゲームから名前を取ってたんだよな」
「そうそう、確か"ぱるむ"はパル何とかってゲームから来てたと思う」
学駆と野々香も実際にゲームをやったことはないそうだが、野球界隈で話をしていると一度くらいは耳にするネタだと話していた。
もちろん椎菜はさすがにそこまでチート性能ではないが、ただの内野ゴロを内野安打にしかねない走力は驚異の一言。
2番・布施猿彦は右投右打、小柄で態度の軽いお調子者。愛嬌のある表情が特徴のムードメーカーだ。
お遊びチームだった頃に全ポジションを経験しており、チーム状況によって色々な役割を器用にこなす。
ヘタに走者椎菜に気を取られれば、猿彦も得意の小技でかき回したり盗塁をアシストして来るので、油断はならない。
この1・2番が相手のペースを崩した後、3番ライト・右投右打の的場真頓、4番センター・右投左打の三瀬龍二、5番ファースト・左投左打の結城栗栖。このクリーンアップで返して行くのがメインのチーム編成である。
オーソドックスだが、的場は打率の高さ、結城は長打力、三瀬は両方のバランスが優れているタイプだ。
最初は三瀬は半端に投手としてやれるせいで調子に乗っていたし、結城は若干ナルシスト気味でルールを守らず悪態をつきながら好き勝手やっていたし、的場は家が近いからを理由に高校を決めたため経験者にも関わらず真面目にやる気皆無だったりしたが、よく更生したものである。
椎菜の球を受けるキャッチャーは、勢木能得。右投右打。この男も、元はやる気のない不良学生で、時たま喧嘩に勤しむ名ばかり野球部のサボリ魔であったのだが、殴り合いで鍛えたカンの良さで椎菜の投球をうまく捌いてくれる。
率は悪いが、打撃も当たれば飛ぶ、油断ならないタイプとして打順も8番。
勝ち抜くにあたり椎菜の負担減のため、三瀬が登板する場合も多かったが、その際はそのまま三瀬と椎菜のポジションが交換され椎菜はセンターへ着く形だ。
何せとんでもない足を持っているので、野々香とは違い守備面でも凄まじい貢献度を誇る。
三瀬は高目の速球で打ち取るフライボールピッチャーなのだが、ホームランにさえならなければ右中間~左中間のフライは椎菜が全部捕ってしまう勢いで駆けずり回るため、この2人のどちらが投げてどちらがセンターでも守備力は高いのだ。
また、チーム方針としてこの勝ち方のために守備に重点を置いて鍛えているので、内野守備も非常に硬い。ショートの布施猿彦が持ち前の器用さを武器にチームに守備のコツを教えるなど、堅守のチームとして成長しており、予選ながら最大失点は2。鉄壁のチームになっていた。
椎菜のピッチングもどんどん目を付けられ研究されて行ったが、予選のうちにその正体を暴くチームは現れなかった。
いかんせん速度自体は超高校級と言うわけではないので、まぐれで当たれば飛んでしまうが、そのまぐれ当たりの確率自体も非常に少ないのだ。サイドスローから来る軌道のせいで、上下左右どこにおさまるか全く予想が付かない。
椎菜が出て、走り、帰る。そのリードさえあれば、七色の変化球と固い守備で危なげなく勝利する。
そんなチームの形は、学駆が思い描いた以上に一部の隙もない強力な布陣であった。
そして、駒を進めて準々決勝。
この辺りからは当然光矢園常連校との対戦が待っている。
どれだけ新参者として台頭著しいチームでも、簡単に勝てるはずはない。
「次は光矢園出場回数10回、過去には優勝経験もある名門、皇火燐高校。近年はやや地区大会優勝からも遠ざかっていましたが、昨年から強力なエースの加入で一気に戦力がアップしたとのことです。1年にして150km超えの速球を投げていたとのことで、今年はもっと速くなっているかもしれません」
「よしよし、ちゃんとマネージャーしてるな姫宮くん」
球場入口近くで行われている試合前ミーティングにて。
ひと通りの説明を終えた所で学駆は満足げに頷いた。
「からかわないでよ学……大泉先生。ここまでは椎菜ちゃん一人で圧倒してたけど、今日はそうは行かないからね」
法奈の指摘に学駆だけでなく、椎菜やチーム全員が引き締まった顔で頷く。
身内編成もいいとこなのだが、何せ椎菜には時間がない。今年3年生でいきなり野球を始めて、早々に最後の光矢園大会だ。
家族の影響である程度野球の知識があり、椎菜の事情も理解していて、不測の事態にもフォロー可能な理解者と言うと法奈しかいなかった。
当の法奈自身が、椎菜がやりたいと言った途端大盛り上がりで、聞くまでもなくガンガン協力してくれたのはありがたい。
それに、椎菜だけでもない。布施や結城、三瀬といったメンバーも既に3年。最後の大会だ。
昨年まではまともに予選を戦える準備すら整っていなかったチームである。
それがここまで楽勝で勝ち進んでいるだけでも奇跡だが、負けたら終わり。
異世界での経験や知識を生かし、あらゆる選手たちを的確に指導、指揮した学駆の監督能力は学校に大いに評価されており、椎菜の出場にも協力的になってもらえたし、学駆自身は今後も野球部を支える顧問兼監督として働いて行くだろう。
だが、この急造チームで戦えるのは最後。最初にして最後の夏だ。
「俺も新任でこんなに面白くて充実した部活動が出来ると思っていなかったし、ここまで来られただけでも凄い事だと思ってるよ。皆、活動もろくに出来ない野球部からよくここまで頑張ったな」
学駆は特に締めるでもまとめる風でもなく、あくまで自然体で語り出した。
「まぁ、あれだ。敵は150km投げるらしいけど、150kmならどっかのバカが投げてたろ?いけるいける」
当然どっかのバカとは、ニャンキース入りする前に遊び相手をしていた野々香の話である。
『ひっでぇな!』
周りからは笑い声があがったが、同時に本人からも抗議が上がった事で、笑いと怒り、いくつかの声が重なった。
ん、本人?
聞き覚えはあるが、ここ数ヶ月以上部員たちは直に聞いていなかったはずの声が聴こえた。
「先生、今野々香先輩の声混じってませんでした?」
三瀬が不思議そうな声で周囲を確認しつつ、学駆へ質問を向ける。
当校メンバーだけでも結構な人数だし、さすがに準々決勝ともなると観に来る人や、常連校なら応援団や吹奏楽部等もスタンバイするため、入口周りは人でごった返している。ぱっと見で特定の人物を見つけるのは難しい。
「……うん、幻聴だ。連日練習と試合ばっかで疲れてるんだよ」
「うおぉい!いるよ、ここにいるよ!空と君の間に!」
そんなわけで気にしない事にしようとした学駆だが、今度ははっきりと声が聴こえた。
聴こえた方に皆で目線を向けると、上り階段の陰から、金髪にサングラスの女が飛び出して来ていた。
そして、思わず飛び出して視線を浴びた事に「あっ」と一瞬うろたえると、あたふたと左右を見回したり、自身の服装をチェックしてみたり、無駄にグラサンを少しずらしてみたりした末、近くの柱にもたれかかる。
そして少しだけ首を斜めに傾け、腕を組み、ずれたグラサンから流し目を送りながら、
「お前たち、ここまで来るとはやるじゃねえか。けどこっからは甘くねぇぞ?来な……ここまでよ……"上"で待ってるぜ……」
とかほざいたので神速で移動した学駆にメジャー式デコピンで引っぱたかれた。
フレッシュオールスターMVP女、姫宮野々香。
藍安大名電校の甲子園大会準々決勝にて、ここに凱旋。




