第54話 「ヒーローインタビューはヒロインって略すけど女子の場合どう呼ぼう」
7月20日。
他チーム選手や監督との挨拶を済ませ、試合前練習でグラウンドに出ると、クイーンズロード球場の観客席は既にほぼ満員だった。
「いや凄っ!満員はじめて見る!」
「試合前っから、めちゃくちゃ盛り上がってんな」
フレッシュオールスターは、いわば各球団の有望株がそろい踏みするイベント。客席はきちんと埋まる。
二軍戦にしか出場していない若手からすれば、まず満員の球場で試合をすることが、初の貴重な経験となるのだ。
ニャンキースは野々香目当てで来る客が激増しており、いい時は半分以上を埋めてしまうこともあったが、それでも満員は難しい。
全席が人で埋まり切っている様を、グラウンド側から眺めるのは壮観だ。
あまりに凄い熱気と景色に、野々香はしばし呆気に取られて球場を見回してしまった。
「お、野々香ちゃん驚いてんねー?」
そこに茶渡も現れ、わざわざ茶化して来る。
「まっ、俺は一軍で何度か見てっけどさぁ?凄いだろー、満員の球場って」
俺は見てる、というのが主張が激しくて本当に余計な言いぐさだ。
惚れた女にマウントを取るんじゃない。
さっそく表情から不快感をあらわにする野々香だが、茶渡はそれも気にしない素振り。
「打順だけどよ、そこの無愛想が4番、野々香ちゃんが5番、俺が6番だそーだぜ。隣の打順なら、打席数もほぼ合うだろ?勝負は、同じ打席数の間の塁打数ってことでいいな?」
そこに野々香はめんどくさそうな顔を惜しげもなく見せながら、うなずく。
塁打数とは、直感的にわかりにくいが、要するに打って塁を進んだ数のことだ。
ヒットなら1、二塁打なら2、ホームランなら4、となる。
1試合で立つ打席数はほぼ4なので、ヒットやホームランの数で競うと決着が付かない可能性が高い。
よって、塁打数勝負だ。
打席数がズレるのは有り得るが、その場合5番野々香で試合が終了するという事になるので、その打席の野々香のスコアは0だ。
つまり、4打席の間に何個ヒットで塁を踏めるか、の勝負という事になる。
フレッシュオールスターは投手の選出数が8~9人いるため、基本投球の方は全員1イニングずつとなる。
西部リーグの先発は野々香。マウンドに向かい、一礼、そして、観客席に向けて手を振ると、球場は大きな歓声に包まれる。
野々香を初めて見る人が大多数だろう。
珍しい女性投手の登場に、会場は一時大きなどよめきが続いていた。歓声というよりは、戸惑いに近い。
プレイボールがかかり、野々香が構えると、そのどよめきがスッ……とおさまる。
捕手とのサイン交換は、しているようでしていない。事前に話し合ったし、試合外などの意見交換はしたが、この試合に関してはお互いほぼ一言で決まった。
お祭りで1イニング、そんな条件下でやることなど、限られているだろう。そんな結論であった。
異様な雰囲気の中、野々香の1球目が投じられた。
何度も投げている全力のストレート、以前使っていた魔法の名前をそのまま付けた、イ・ウィステリア・フラッシュだ。
……皆さま、戸惑っているでしょうけど、どうかご覧ください。結構速いんで。
コースなど、ど真ん中上等。野々香はそう思いながらご挨拶とばかりに、観客が最も望むであろう、渾身のストレートを放つ。
ずどん!
165km。いきなり自己最速タイ。
捕手のミットに気持ちいい音を立ててボールがおさまると、ストライクコールとともに異様な雰囲気が一変、歓声が沸き起こった。
いやぁ、いつ聞いても良い。
ある程度投げていて見慣れてくれたチームファンの方々では出せない、何だこれはと言わんばかりの声。
野々香はひっそりとそれに酔いしれていた。
腕が振れる。球が伸びる。球威で押せる。
打たれたってお祭りだ。打てるものなら、打ってみるがいい。
ペース配分を気にする必要もない、準備・休養充分の1イニングは、名クローザーを彷彿とさせる勢いで、ストライクを重ねる。
「ストラーイク!バッターアウト!」
魂を込めた9球。力を込めたストレートは、打者三人をいきなり三振に切ってみせた。
すなわち、三者連続三球三振。
「イマキュレートイニング」と呼ばれる偉業を、野々香は見事オールスターの場で達成して見せた。
一礼し、客席に手を振りながらベンチへ帰ると、拍手喝采と大歓声は試合のボルテージを一気に大きく上げていった。
全球ストレート、160km超え、最速165km。客席でも、中継を見ているネットでも、速いのやばいの凄いのと、月並みだがそれしか挙げられない様な感想がどんどん人の口をついて出て来る。
「いや野々香ちゃん、君マジでとんでもねーな」
打つ方で勝負中の茶渡も、野々香の投球には脱帽していた。
2回裏。先頭の樹がヒットで出塁すると、いよいよ勝負の5番・野々香、6番・茶渡の打順となる。
今日の野々香は集中、洗練されていた。
初球2球と低めに来る変化球を悠然と見送ると、次の高目にやや浮いたカウント球を狙い打ち。
右中間へ強い打球を運び、二塁ギリギリながらセーフ。記録はツーベース。まずは先攻として塁打を「2」とする。
同時に、無死二・三塁。茶渡には不利な状況を渡してやるおまけつきだ。
しかし。
カァン!
乾いた音と共に、ワンバン寸前のフォークを振り抜いた茶渡の打球は、レフトスタンドギリギリ最前列へズドン。
明らかに投手はボール球上等で投げていた。それを見越していたのかいないのか、いや多分わかっていない。
この男はとにかく直感で振るのだ。それが、センスとパワーだけでスタンドへ運べてしまう。
チームは3点先制と大きくリードし盛り上がったが、勝負の面では塁打2対4と一気に逆転の上、差を広げられてしまった。
ランナーの義務みたいなものなので先に踏んだホームベースで、一周する茶渡をハイタッチで迎えたのだが、とてつもなくねっちょりと手を絡められてキモかった。
苦戦を強いられると思われた二者の直接対決。
が。
「バッターアウッ!」
「あーーーーーーっ!!」
そこまでだった。
4回は東部の投手が乱調。樹が二塁打で出塁も、野々香は3連続大外れのボール球。危うく四球になるところを空振りで拒否し、強引に高目をセンター返し。
一・三塁で茶渡に打順が回るが、投手の乱調治らず。茶渡はボール球を強引にスイングして三振した。
5回、6回には東部が勢いを付け、2点、3点と取って一気に3-5と逆転。
6回裏に樹、野々香の連続ツーベースで1点を返した後の茶渡だが、1塁が空いている事で無理にストライクを取らない軟投タイプの投手にきっちりボール球を振り回して三振。
なるほど、「打ちたい」が空回りする場面ではこの男はてんで弱かった。
逆に、野々香は役者だ。4-5で迎えた8回裏、樹が四球で出塁すると、落ち着き払った様子で打席に入り、初球。
「打撃の基本、四球を出した投手のファーストストライクを狙うべーし!」
置きに行った、と良く評されるストライクが取れるだけの直球を猛烈に弾き返す。
打球はライナー性であっという間に伸び、左中間スタンドにズドン!と着弾した。
これで、野々香の塁打数は9、茶渡は4。ホームランが飛び出しても逆転は不可能。
次の打席でも茶渡は気のないスイングで三振し、1本塁打3三振と見事に"らしさ"を発揮したのだった。
試合はそのまま6-5で西部リーグが勝利した。
野々香は見事、1回3三振無失点、4打数4安打1本塁打3打点で、鮮烈な印象を残し見事MVPを獲得。
樹と茶渡も優秀選手に選ばれ、お立ち台で3人並んでのインタビューになった。
「というわけで、諦めて一軍に戻ったらいいと思うよ茶渡くん」
野々香の勝ち誇った顔に茶渡は歯をギリギリとさせている。
「まっ、まだ諦めねぇ!そうだ、そこの男!お前野々香ちゃんの横でいちいち仲良さそうにしやがって!俺が勝ったら――」
「いや、俺も実は塁打5なんで。俺にかかってこられてもやっぱお前の負けなんだが」
3打数3安打4出塁の樹もこれをさらっとあしらい、茶渡の歯をさらにギリギリさせる。
実は勝負を横目にこっそり樹もこいつには勝つ、と燃えていたりしたのだが、それを本人は態度に出さない。
そんなことを話していると、ヒーローインタビューが開始される。
二軍には基本そんなものは存在しないので、これもオールスターならではの嬉しい演出だ。
「放送席放送席ー、そしてクイーンズロード球場にお集まりの皆さん、ヒーローインタビューです!まずはMVP、姫宮野々香さんに伺います!」
というお決まり文句も、テレビでは聞いたが自分にマイクが向けられるのは初である。
野々香は少し高揚しつつ、こういう場面では意外と丁寧に応対する。
必要な事は弁えているのだ。
「えーと、ほとんどの皆さん初めまして、姫宮野々香です!ニャンキースは本当にギリギリでいつも生きてますけど、ここの大諭君と一緒にいっぱいホームラン打ちますので、気が向いたら静岡に見に来て下さい!お茶くらいは出すよ」
しかし、マイクが樹に向くと、やっぱりこの男はこういうのが苦手だった。
「あー……大諭樹っす……頑張ります……」
「短ッ!そっけなッ!もうちょっと尺取れよ!令和アーティストのイントロかよ!」
「うっせ!思いつかないもんは思いつかないんだよ!お前のが得意だしMVPなんだからお前が尺取っとけ!」
「よしわかった!じゃあ歌います!大諭樹くんで、フォーエバーラ」
「長ぇよ!イントロで終わるわ!しかも何で俺なんだよ!」
「とまぁ普段もこんなノリでワイワイやってます」
前日動画のテンションそのままの調子で仲良さそうに騒ぐ二人に、会場は結構盛り上がっていた。
最後に賞金100万円の使い道は?と聞かれ、「大好きな彼女に会いに行きます」と誤解を生む発言をぶちかました所で茶渡の番となったのだが、茶渡は不機嫌そうに舌打ちしている。
二人に揃って負けた上に横でいちゃいちゃ(茶渡目線)しているのが腹に据えかねたのか。
この男はインタビューもそこそこに受け答えを済ますと、最後にびしっと野々香に指を突きつける。
「えーと茶渡実利、今回は負けたけどもうひと勝負申し込みまっす!」
そして、またも爆弾発言をかました。
「姫宮野々香さん、やっぱ俺、諦めきれねぇんだ!俺が野々香ちゃんと樹のヤロウを抜いて西部リーグのホームラン王取ります!そしたら……俺と付き合って下さい!!」
お立ち台という晴れ舞台でのいきなりの公開告白に、会場は無駄にボルテージが上がっていく。困ったことに。
『はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
そして再び、野々香と樹が声を揃えて、心底嫌そうに叫んだ。




