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第5話 「真剣に」

投球には、ストレート以外に色んな変化球がある。

打者だって練習を重ねた優秀なアスリートだ。そこにそのまま真っすぐボールが来ますよ、とわかれば高い確率で打ててしまう。

だから、そのままボールがまっすぐ行かない様にして、空振らせたり引っかけさせたり打ち上げさせたり。

変化球も多種多様な物が研究され、あらゆる投手が武器として習得していく。


……が、それでも。最後にどんな投手も絶対に投げるし、大多数が勝負に使うのはやはりストレートだ。

ただただ速い球が来る。

野球では、たったそれだけで最強の武器になりうるのである。


ごく普通のオーバースローのフォームから、野々香がたった1球投げただけで、にゃんキースタジアムは沈黙に包まれていた。

それはそうだ。

一軍のプロでも160kmを記録した投手はそういない。


「ガ、ガンの故障かな?」

尾間(おま)ちゃん、うっかりそういう事言うと爆発するかもしんないからやめて」


少ない予算にムリを言わせて仕入れた新品なのに壊れてたまるか。とこっそり小林は思う。

事前に150km投げるのは見知っていた尾間も、ドヤァするつもりが完全に予定外だ。

球速を測るスピードガンには誤計測もあるし、機体差、球場差もあるらしい。

なので1球だけで160kmが出てます、とは一概には言えないが…


そんな小さい誤差はどうでもよく、ひと目見ただけで「速い」「凄い」と感じてしまう球はある。

今投じられたそれは、そういう球だった。

小林も尾間も、それは充分わかっていた。


や……やりすぎたァーッ!?


異世界ピンチがフィードバックしてつい感情移入してしまった野々香(ののか)は、我に返って混乱していた。

学駆との作戦会議で言われてはいたのだ。感情に任せて人間やめた様なプレーしたら危険視されかねないので気をつけろと。

「異常だ」と受け取られれば面白くない事になる可能性もある、初の女性選手として求められるシナリオは、たどたどしくもゆっくり成長する姿を見守る形がベターだと。


どうしよう、思わず、目立ちすぎたか、でもプロ野球記録ってもうちょっと出たよね、ギリセーフ?ギリセーフっしょ、たぶん。

「おい」

「ひゃいっ!」


ピッチャーの野々香も冷静さを欠いてしまい、周囲と共に沈黙した上にプレーが止まっていた状況で、最初に声を上げたのは打席の大諭樹(おおさと いつき)だった。

予想外の所からの声に、ちょっと上ずってかわいい声で返事をしてしまう野々香。


「悪かった」

「……へ?」

「つまらねぇ事で絡んで、あんたの真剣をバカにした。俺が悪い。」


はっとした。

そうだ、これは真剣勝負だ。だから樹は野々香に怒った。だから樹は野々香に謝った。

言葉よりもたった1球、それだけで、あれだけ信用していなかった野々香の真剣を、樹は信じるに値すると認めたのだ。

自分はどうだ。今、自分の最高の球を投げた瞬間に、やりすぎがどうの、ベターがどうの。何を言っているのか。

ちょっと常人離れした力を貰ったことで、まるで全てを操れるとでも思っていたのか。

そんな浮ついた姿勢で、求めていた「ヒリつき」が得られるものか。


言いかけた「あたしも真剣に」は最後まで言わせてもらえなかった。


「あたしも真剣に…投げるよ」

「おう。負けねぇよ」

一度樹に封じられたセリフをしっかりと言い直した後、野々香と樹は笑った。

笑い合った。


結果は、ストレートのみでの三球三振だった。



「うーん……」


テスト後のミーティングは当然のごとく、野々香の合否に関するもので盛り上がっていた。

ちなみに、大諭樹はその後の2打席で豪快な本塁打とフェンス直撃の当たりを放ち、合格が決定している。

あれの後じゃあ止まって見えますよ、とスッキリした表情で本塁打を振り返っていた。


その「あれ」の方だが……賛否が割れていると言うよりは、基本は賛であるが強い否を出す者がいる、という状況だ。

それがよりによって、入団すれば面倒を見る事になる投手コーチの音堂瀬流久(おんどうせるひさ)(58)だったので説得に難航している。現役時代も気性の荒さで知られる男は、長くウェーブのかかった長髪とトレードマークの口ひげが白く染まった今も、変わらぬ気性で声を荒げる。


しかも。

「女がプロ野球なんてありえんのですよ!」「伝統が何たら!」「諸々のリスクが!」

みたいな感じでただの老害かましていて頭が痛い。

いるんだ、おっさん達でスタッフやると1人くらいはこういう頭固いのが。


「そもそも特筆すべき点はあの投球だけだったでしょう。結果は2三振1四球とはいえ、1つは打者が全部ボール球振っただけ」


そう。実は大諭樹に対する盛大なデビューピッチの後、野々香は割と微妙な結果を残してしまっていた。

残りの2打者へも160km近い速球を投げていたものの、実質7連続ボールで、1人は打者が焦って空振り三振、もう1人は手が出ないまま見送っていたらストレートの四球、と言うもの。

球種もほとんど速球一本で、ちらっと投げた変化球らしき球はすっぽ抜けて、7回表の攻撃が終わらない時のヤケクソジェット風船みたいにどっか飛んでった。


また打撃では、外角をおっつけた様な流し打ちでライト方向へ特大ファールが飛び出し、その意外なパワーに周囲を驚かせたが、2三振とレフトフライ。

元々敏捷性はないので走塁は合格ギリギリ、守備もエラーはなかったものの動きが良かったというほどでもない。

「光るものは見せたが練習不足、経験不足が露呈した」と言うのが総合査定だ。

学駆の高校で事前準備はしっかりやっていたのだが、2ヶ月程度の付け焼刃。練習、経験では他のテスト生の足元にも及ばないのはやむを得ない。

だが、その光るものが光りすぎているのだ。今のチームにとって、絶望の森に差し込む光なのだ。真夜中に私を見つけるのだ。暗闇も星空になるのだ。


「いやねぇ、そうは言っても160kmだよ?」

「わしの現役時代は170km出てた!」

出てねえよ。

「160kmのボールが投げられると言うのはそれだけで得難い才能ですぞ。他の部分は我々で成長させられますが、球を速くしろと言って簡単に速くはなりませんからな」


尾間は自身が紹介した立場であるし、当然合格派なのだが、そんな立場も関係なくこの主張は正当だ。

今回のテストで最も非凡だったのは間違いなく160kmの速球、それを投げた姫宮野々香である。


「守備走塁に関しては残念と言う所でしたが、練習させてみる価値はあると私は思いますね」

守備走塁コーチの須手場経男(すてば つねお)(47)も、賛同寄りである。現役時代走力と複数ポジションを守れる事でならした細身の男は、同じく細い目を穏やかに緩めて言う。

「経験不足と言いましても、そりゃあ経験出来る場所が彼女には与えられなかったのでしょう。与えてみようと思う事すらないのが普通です。だが、彼女には与えてみようと思える物がある」


「となれば他の球団、競技に逃げられるわけにもいきませんよねぇ」

宣伝・広報スタッフの盛留廉人(もりどめ れんと)(38)もそこに同乗した。この中では最年少の盛留は新しい物、変化に肯定的だ。

「球団の現状、やはり知名度や将来性は必須であり急務です。史上初の女性選手、言ってしまえば成績に関係なく話題性抜群です。観客も2000人と集まらない今年の平均動員数、これが彼女ひとりで来季更新されるのは間違いないと思いますよ」


こうして周囲が次々と意見するたびに音堂のぐぬぬゲージが上がっていく。

「生ぬるいことをして失敗する方が問題でしょう!入団させてもコーチとして、わしは面倒見ませんぞ!」

だから全然生ぬるくないじゃん。160kmだよ、160km。

と周りは思ったが、もう言葉にする気もなかった。

状態異常:頑固親父は何ターンかけても治んないから困るんだよな。


「まぁ、何を言おうと決定でいいとは思うんだが…」

決定だから黙ってね、だと結局入団後の野々香をどう扱われるかわかったものではない。

無駄に長くなるな。と小林はため息をついた。

だからね、と言ってお茶を飲んで一息入れつつ、言う。


『話題性抜群の"史上初の女性選手"、しかも充分な実力と可能性がある。よそに逃すのはもったいない』


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