第50話 「壊れちゃう」
監督からのフレッシュオールスター選出の話。
それが終わりひとまず樹はここで退室。野々香はさらに、通常の試合に関する起用にも監督から提案があった。
「新人である姫宮君には、負担や疲労を考慮して、これまで登板イニング数や登板間隔の調整、登板日には打撃負担の少ない9番での起用、さらには翌日の休養日設定などを行ってきたよね?うち、イニング数や登板間隔に関してはもう問題なさそうと言うことで、中6日で8回9回といった長い回をガンガン投げて貰ってる。ここまではいいね?」
「はい!もうぜんっぜん疲れてないんで!どんどんイジメて下さい!そんなにされたら壊れちゃうううう!とかそういうのないんで!」
「だから誤解を招くようなセリフを大声で言うんじゃない」
監督は渋い顔だ。
バタン!
「どうしました野々香さん!監督ですか、セクシュアァルハラァスメントですか!!」
勢いよくドアが開くと須手場雀が深刻な表情でこちらを睨みつけていた。
野々香の準備を手伝うためにスタンバっていたんだと思われるが、そりゃ"壊れちゃううう"とか声を出されたら慌てるのは当然。
「そんな開け方されて壊れちゃううう、のはドアだよ何してくれてんの、大丈夫なので待ってなさい」
「じゃあ、ここで待ちます」
「……まぁ、ついでなので聞いてってもらおうか。スケジュールの事だしね」
フレッシュオールスターへの参加に当たり、チームのアピールをする案も検討したいところだ。
監督がそう思い、そのまま雀も同席することになった。
「で、現時点でまだ入れている制約が、登板日には9番打者として起用していること、登板翌日を休養日とすること、登板日以外はDHとして起用すること」
これらは全て、二刀流にかかる負担の重さを考慮してのことである。
投手として中6日で登板して行くだけでも積み重なる疲労に途中でパフォーマンスを落とす投手も多い中、さらに打者として毎試合出場するのは負担が大きすぎる。そう判断して、ここまで野々香の負担を減らす工夫をしてくれていた。
音堂コーチは「そんなもん、なんぼのもんじゃ。ワシの若い頃は音堂音堂雨音堂と言われる程登板しとったぞ!」とか何とかケチをつけていたが、「あんた中継ぎだったじゃん……」と言うもっともすぎる指摘で黙らされていた。
「まだ元気が余っていると言うのであれば、これらの制約も徐々に解除して行こうと思う」
監督からの提案に、野々香は躊躇なく頷いた。
「全然オッケーです!」
これから翌年には一軍で同じ事をしてやろうと言うのに、念のため大事を取ってなどと言う考えは不要だ。
二軍戦でへこたれてしまっては、異世界で鍛えたVITが泣くと言うもの。
何より野々香は今一番モチベーションが高い。
理由はもちろん、椎菜が追いかけてきているとわかったおかげだ。
負けていられないし、良いところを見せたいし、一緒に野球が出来るまで簡単にへこたれたくもない。
「それと、お願いがあるんですがっ」
そこで野々香は、以前助守に指摘された件も切り出した。
「チーム内でも他の捕手の方と組んでみる経験が必要だって、助守さんが」
なるほど、と監督は頷く。
「そうだね、それも必要な事だ。考えておこう……助守君からそれを言ってしまうのが、良くも悪くも彼らしいと思ってしまうね」
納得はしたものの監督は少し残念そうな表情だ。
自分が自分が、と言う気持ちが希薄なのはやはりプロとしていいことではない。
とはいえ、別のバッテリーを組んでいくと言うのも今後必要であると言う提案は頷かざるを得ない。
それも徐々に考慮して行こう、という所で話は落ち着いた。
「それと、オールスターに向かう野々香ちゃんに何をやらせ……やってもらいましょうか!」
広報関連は盛留が担当のずなのだが、雀は野々香の知名度を上げて行く事に対する余念がない。
「前みたいに頭ピンク色のは嫌だよ?」
「何言ってるんですか、やりましょうよ。あなたほどフレッシュな女はそういないんじゃないんですか(笑)」
「聞いてやがったなこの女郎!」
任せるけどあまりプレーに支障の出る悪ノリはするんじゃないよ、と監督から注意を受けつつ、この件は後日盛留を含めて話し合う運びとなった。
ちなみに雀が言うには、水面下では「一軍のオールスターに出場させよう」とする動きも出ていた様だ。
だがいくら何でも一軍戦不出場の選手を出すわけにいかない、そもそもニャンキースと言う選択肢が投票用紙にない、などの理由で叶わなかった。
「結構たくさん問い合わせが来たので、気持ちだけ受け取ってあげて下さいね」と雀は言っていた。
フレッシュオールスターは7月20日に行われる。
ペナントレースもその頃には折り返しを迎える頃合いだ。
オールスターとオールスター休みは楽しみであるが、まずは何よりその時点で胸を張れる成績を収めないといけない。
そんな中。
「後ろからっ!」
ばしーん
「追って来るっ!」
ずばーん。
「子がいるとっ」
かきーん。
「わかった以上っ!」
どーん。
「みっともない姿を見せるわけには行かないよねっ!」
テテーン。
投げては自己最多の11奪三振を奪う好投を見せると、その試合から毎試合安打を放ち、さらにホームランも3本放った。
野々香の気分屋な所は短所でもあり長所でもある。
光矢園を戦い抜く仲間がいる、と言う事実はその「気分」を最大限にまで押し上げていた。
特に最大限にアピールしたのが、ネイチャーズとのファーム交流戦。
一軍の始球式と言う特殊イベントに呼んで貰った縁のあるチームだが、二軍とたった3試合だけ、交流戦で戦うことができた。
直接的には関係もないし、当然本瀬狩路ら一軍選手達がここにいたわけではない。
始球式で顔を合わせた選手たちが相手ではなかったが、一部選手やスタッフ陣などはあの時の事を覚えており、野々香に注目をしてくれているようだった。
ネイチャーズは、前身があるとはいえ球団としては新進の球団であり、親会社がモバイルやゲーム系を中心に扱う企業であることから新しい事への挑戦に積極的な球団だ。球団社長も12球団唯一の女性社長、アーニャ・宗・エイトが務めており、男性社長とはまた違った切り口での盛り上げ方で球界の一端を担っている。
そのため、先日の始球式から「唯一の女性選手」である姫宮野々香はもちろん重要チェック選手として捉えられていた。
その中で3連戦、2試合目に先発した野々香は、この日も気力体力共に絶好調。
初回、2回を簡単に三者凡退に打ち取ると、2回裏、ヒットの大諭樹を1塁に置いて、打順が回る。
この日、早速登板日の9番縛りを解除し、野々香の打順は5番。
期待されているんだ、と言う喜びがさらなる力となる。
併殺を狙おうと低めに沈むスライダーを軽く拾った。
軽く拾った、だけに見えたその打球は低い弾道ながらグングン伸びるライナーとなり、弾丸のごとき勢いでスタンドイン。
自身を援護する2ランホームランとなった。
投球の方も相手を寄せ付けないピッチングでアウトを重ねて行く。
ネイチャーズは比較的早いカウントで仕掛けてくる打者が多く三振は少なかったが、5回まで62球で2安打無失点。
球威を少し抑えめにする代わりになるべく丁寧にコースを突く助守のリードが、ネイチャーズ打線にきっちりハマった。
「このチームは比較的、早打ち傾向にあるバッターが多いんだ。どれだけ速い球でも、アバウトに打ち頃のコースに行ったら、打たれやすい。始球式勝負してた本瀬さんも、盛り上げようとしてカウントは稼いでくれてたけど、速球とわかって叩けば簡単に飛ばす打者だっだでしょ?」
と言うのが助守の意見だ。
「あたしが丁寧にコーナー突くって、そんな簡単には出来ないけど」
「それも含めて練習、練習。出来るにこしたことはないんだからチャレンジしよう」
最近になって助守は野々香の投球に対して忌憚なき意見を述べてくれることが多くなった。
野々香の能力を引き出したいと考えてくれている事は伝わるので、それには応えざるを得ない。
そうして一人一人打たせて取る、打ち損じさせる投球が結構上手く行っているのだ。
その発想が打撃でも生きた。1打席目、「逆に走者1塁で野々香を打ち損じさせるならこの辺り」と言う見立てでの待ちがきっちり当たっていた。
さらに、6回3打席目、樹が走者として2塁にいる状況。
野々香は高目ボール気味の直球を構わず強振した。
ろくに対戦がない初対面の女性選手。敬遠はしたくはないだろう。でも、容易にストライクは投げて来ない。そう考えた。
強引に引っ張り込まれてレフトポール方向へ飛んだ打球は、ふわーっと風に乗りそのままポールにガンッ、とぶつかった。
4打席3打数3安打2本塁打4打点。
派手にぶちかました野々香の姿に押されたか、8回はついに四球で歩かされてしまった。
投球の方もそのまま順調に抑え込み、8回3被安打無失点。余裕を持って9回のマウンドを三古頼雄に譲る。
始球式で縁もあった球団相手に、4-0と、一人で全打点を叩き出しながら投球でも抑え込む、まさに「一人勝ち」を見せつけての完勝だった。
ネイチャーズ側からも感嘆の声が出ていたと、試合後に球団側から教わった。
オールスターを前にして、これまでも充分良かった成績をさらに高いラインにまで上乗せし、野々香は大手を振ってフレッシュオールスターへと参戦する。
既に、チームのエースとして申し分ない活躍ぶりだった。
姫宮野々香
投球成績 16登板 110回 22自責点 104奪三振 防御率1.80 8勝3敗
打撃成績 打率.285 17本塁打 59打点 出塁率.343 OPS.918




