第47話 「最高じゃないですか」
「どうもこうも、見たまんまだよ」
場面は再び、野々香が学駆を問い詰めた直後に戻る。
椎菜が光矢園大会に出場する。
野々香にとっては学駆、椎菜どちらからも聞かされていない事実に関して説明を求めた結果、学駆はそっけなく一言で答えた。
「あいつが出たがってたので、どうにかして特例で出して貰った、って事だな」
どうにかして、と言っても、どうやってだ。
そこまで考えて、野々香はいくつかの記憶にある違和感に気付く。
思い返せば確かに、椎菜は「野球が趣味だ」と言っていた。
やけに食事量が多かったのも、野々香に「知り合いですか?」と記者が尋ねて来たのも、渋谷で会って野々香と一緒の姿を広めたのも。
思い返せば確かに、椎菜は可愛い。
……じゃなくて。
「そ、そういうことかぁ」
違和感をいくつか拾い集めれば集めるほど、納得に近づいて行く。
椎菜は野球をプレーすることにハマってしまい、学駆の手引きで野球部のメンバーとして参加させてもらっていたのだ。
しかし当然野々香同様、彼女も異世界で貯めた経験値が男子たちに匹敵する、或いは凌駕するほどに才能を開花させてしまい、天才美少女野球っ娘椎菜ちゃん(野々香イメージによる誇張あり)として活躍をしてしまった。
そうなれば試合に出場して光矢園大会を勝ち抜くと言う夢も生まれるが、当然現在も女子の光矢園出場は認められていない。
女子の制約は高校の方が重いのだ。
プロ野球の方は、ルール規定上の禁止はないのでなろうと思えばなれる。そこを突いたのが野々香であるが、光矢園は少し勝手が違う。
あくまで名目は教育であることや、女子が出場することの危険性等の理由を挙げて、光野連(光矢園高等学校野球連盟)が明確に「女子は参加出来ない」とルールを定めているのだ。
ここが野々香が高校で野球を諦めた由縁である。プロになるには光矢園で注目されねばならないのに、ルール上そこに出場出来ないのだから。
歴史的な観点で言えば女はグラウンドに立つことすら許されなかったと言う経緯すらある。
近年の多様化社会に合わせ、頭ごなしに排除する空気は少しずつ変化しつつあるものの、未だに女子が光矢園に出場するのは夢の話だ。
それらの難関を突破するには、どうするか。
「お前の知名度を利用して、まずは椎菜がお前の友達だってことをアピールした。その上で、椎菜のアカウントの方へ人を集めて、プレー動画とか練習風景をアップして実力があるところもきちんと見せた。選抜には間に合わなかったけど、選抜で注目を集めた学校に売り込んで練習試合したりな。そんでもって、本人が出たがっているので特例を認めて貰えないものかって、署名運動をした」
1つ1つ、これまで野々香の知らない所で行われていた事を学駆は丁寧に紐解いていく。
「もちろん、それで成功するかは賭けだったけどな。だからこそ、ワンチャンの確率をより高めるためにお前の力を借りたってわけ」
過去に例のない事例を許可してもらうためには、それこそ世間丸ごと後押ししてくれるくらいの勢いが必要だ。
だからこそ、SNSを経由した署名運動と言う作戦を取り、その署名の量をより多く確保するための野々香と言うわけか。
理屈としてはわかる。
「認められて良かったよ。最悪、自分を男子だと思っているとか言ってゴリ押ししようかとも思ってたけど」
「え、やだ自分を男子だと思っている椎菜ちゃん最高じゃないですか。かっこよすぎるじゃないですか。あたしのチチもいで」
「結局その戦略はなしになったのでわけのわからん妄想を捗らせないでください。なんでもぐんだよ」
「わかんないけどきっと心臓を捧げる的な意味かなんかじゃないかな」
「椎菜が壁になっちゃったみたいな世界観やめろ」
強引な解釈と妄想をする野々香だが、それらの戦略と理屈はわかるとして、一つ疑問が生じた。
「わかるけど……それで、なんでそれをあたしに秘密のまま進めてたの?」
野々香が釈然としないのはそこだ。
この話の筋道の中で、野々香に秘匿する理由が何もない。
「そりゃ、おも……重たい負担をわざわざお前にかけるのは良くないと思ったからさ」
「今面白いからとか言おうとしなかったかな?」
「してないですね」
していた。
学駆が野々香に秘密にしていた理由は"ぶっちゃけ面白がっていたから"が理由の一部である。
椎菜もあれでいたずら好きな所があるので、後で知ってびっくりしてくれた方が良い、と秘密にする方向でいた。
また、プロで切磋琢磨する野々香にとって負担になると思ったのも理由の一部である。
そして、野々香に知らせた上で野々香の判断を混ぜて行動させると、何をしでかすかわからないので怖かった、と言うのが理由の大部分である。
学駆はこの"大部分"を伏せるために敢えて本音風建前をあえて1枚はがして誤魔化したのだ。
勇者パーティーをしていた頃、伝達手段もないのに「逐一冒険の経過報告にやって来い」とか言う王の無茶振りを食らって定時報告を義務付けられていた。
人を監視下に置く事ばかり考えて作業効率がクソ化するブラック企業スタンスに耐え切れず、報告をさぼる口実に長期修行の名目で隣町に拠点を移そう、と言う計画を立てたのだが、王からどこへ向かうのかを尋ねられた野々香が「永久に降り注ぐ悲しみの待つ方?」とか全くわからないことを言い出したせいでガッツリ疑われ、そのまま夜逃げ同然に王国から逃亡したことがある。
……魔王倒せなかったらヘタすりゃ反逆者になってたかもしれない。
実際、うっかり野々香が知ってでもいたら、記者から彼女はお知り合い?と聞かれた辺りでやらかした可能性大だ。
「敵を騙すにはまず勇者から」
勇者パーティーのお約束だった。
かわいそうだな勇者。
とはいえ、黙って計画を進めていた事には多少不満を持たれることは覚悟している。
「だってさ、椎音ちゃんが野球するだなんてそんな、そんな……」
通話越しでも野々香の声が少し震えていることがわかり、学駆はどうしたものかと一瞬迷う。
「お前に内緒にしてたのは悪かったよ。けど」
「そんな……最高じゃないですか……!」
「あ?」
出て来た答えは結局また最高だった。
「かわいい椎菜ちゃんが野球をしてかっこよくなったらそれはもう無敵じゃないですか。かっこかわいい宣言じゃないですか。どうしたらいいんだよそれは」
「めっちゃ顔のパーツが寄ってそうな宣言するのやめて」
学駆は理解した。
これは内緒にされた事のショックとか怒りとかではなく、シンプルに野球する椎菜を妄想してやべぇ方向に震えているのだと。
喜びに打ち震えているのだと。
「予選はいつだ!?全力で試合観に行くから早く教えろ!隠すとためにならんぞ!おう疾くせよ!」
「急に古語」
そんなもん隠しても調べたら出る。
「はしゃいでんじゃねえよ、お前試合あるだろうが!お前が野球ほっぽって試合観に来てどうすんの?アホなの?アホだったわ」
当たり前だが、光矢園の予選は昼の時間に行われる。
デーゲームばかりの2軍選手が予選をリアタイ観戦するなど、ほぼ不可能だ。
試合のない日ならギリギリ何とかなるが、予選の日とニャンキースの試合日はやはり重なっていた。
「ぐっ……!だがしかし!ふがし!大事な野球選手デビューを観ずしてあたしの人生は進むにあらずですよ!夏休みが来なくて中退ですよ!?」
「わかった!録画、録画しておくから!後で見せてやっから!」
「録画でこのほとばしるパッションがおさまるかぁ!こちとらもう情熱がファンファーレを鳴らしてるんだ!今しか出来ない大切な日!イェー!」
「おさめろアホォ!」
椎菜が野球をすると言う事にすっかり興奮状態の野々香を、学駆もなだめるのに一苦労だ。
黙って進めていたことを怒るかなとは予想していたが、斜め上の方向でおさまりがつかない。
……そもそも、録画でいいなら高校野球は地方予選から結構中継があるのでそっちを探せなくもないのだが。
「録画なら椎菜ちゃんの一挙手一投足を逃さず、試合前のロッカールームからで頼む。あわよくば着替え込みで」
「それだと、学駆さん捕まっちゃうよ?」
「椎菜ちゃんのためなら尊い犠牲だった」
「ひどい」
ちなみに学生の場合、会場が野球に限らない場所や女子も試合をしている場所が多いため、チームメイトの男子陣の期待も虚しく椎菜は別のロッカールームを使う事が出来た。野々香のように一緒くたに着替えるイベントは発生していない。
そういった場面のフォロー役として、野々香の妹の法奈に女子マネージャーとして加入してもらったのだ。さすがのしっかり者で、事務作業やデータ収集のフォローもかなり的確にこなしてくれる。
ついでに「お姉ちゃんには黙っておこうよ、面白いから」はこの子が言い出しっぺだ。
「法奈ちゃんまで愉快犯みたいなことを酷い」とか野々香が言い出すので、学駆は「誰に似たんやろなぁ」と返しておいた。




