第44話 「女性史上初の……」
「お疲れちゃん、しんどかったでしょ」
本日はそこで守備につくことも打席に立つこともなく、交代。ベンチに下がりひと息ついたところで小林図監督から声がかかった。
「しんどさを味わうためにやったので当然なんですけど、思った以上でした」
普段なら90球やそこらで疲れを感じることもない、異世界仕込みの体力お化けでもある野々香だが、これは別の疲労感がある。
そもそも前々日から準備してスカされる、を繰り返した影響もあるのだろう。
「その辺もあるから、2度もスライドなんてのは滅多にやらないんだけどね。経験として一度は……とは思ったけど、スライド続きからさらに雨の中の登板は良くなかったね」
「すいません、せっかく監督がはじめてしましょって言ってくれたのに」
「姫宮くんちょいちょい誤解を生む表現をぶっ込むのやめて欲しいんだけど」
体力がなくなっていると言うよりは気持ちがふんわりしてしまっている野々香は、監督の言葉もいまいち頭に入っていないようだった。
「とりあえず、雀くんにも連絡しといたから、今日はもう早目に着替えて帰りなさい」
「え、着替えないともしかして濡れ透けとかしてますか」
「だからぶっこむのやめて!ユニフォームが濡れ透けするわけないでしょ!してたらもっとガン見しとるわ!」
「見るんかい!」
単純に体調を崩しやすいし、肩にも良くない。
翌日はどちらにせよ出場はなしの方針なので、本日はその場で帰宅を指示されてしまった。
気持ちも落ち着かぬまま野々香は帰路につく。
切り替えは早い野々香だが、雨が続き過ぎているせいで少し気が滅入る。
濡れた体はさすがにしんどかったので、まずはシャワーを浴びてすっきりさせた。
Tシャツと短パンの雑な部屋着に着替えてストレッチしながらも、やはり思い出すと今日の炎上劇が出て来てしまう。
試合はまだ終わっていないだろうし、打撃陣が奮起してくれた可能性もあるかもしれないが、おそらくそのまま負けて今日で野々香に3敗目がつくだろう。5勝3敗、元々弱小チームのニャンキースにおいては驚異的と言えるほどの勝ち頭だが、野々香自身が目指しているものにはまだ物足りない。
「難しいなぁ、ピッチャーって」
そう呟きながら、気晴らしにお気に入りの曲を聴きつつ、仕事がなくなった時間をトレーニングに費やす。
ひとまずはそれしか、野々香には出来ないのだった。
野々香だけでなく、チーム全体で濡れたグラウンドや雨天のコンディションは相当に苦戦を強いられた。
この週、ニャンキースはさらに不運にも中止が重なり、たったの2試合しか消化できず。
この時点でチームは23勝を挙げており、シーズンの半分も行かないうちに昨年の25勝に追いつこうかと言う状況だったのだが、野々香が崩れた事をきっかけとしてチームの調子も落ちてしまう。
さすがに誰もが雨天や濡れた土での試合経験がないわけではないが、それでも他のチームの方が圧倒的に経験も多く、慣れている。
そこをしっかりと突かれたチームは一気に負けを増やし、連敗。
翌週は何とか雨も落ち着き、試合が出来るようにはなったものの、一度落ちて来たチームの勢いは取り返せず。
ずれたローテから中6日で登板した野々香は、東北のイヌワシーズとの交流戦に登板。
これまた相手チームへのプレゼンも兼ねての登場に野々香はきちんと気持ちを整え、修正して行った。
ある程度安打を浴びながらも5回に1点を失ったのみ、6回1失点と上々の投球。
6回終了時点で3-1とリードし、勝利投手の権利を持ってマウンドを降りた。
が、しかし、この日は中継ぎ陣が誤算。
野々香が降りた直後からイヌワシーズ打線が目覚めてしまい、あっという間に勝ちを消される。
最後はしばらく出番のなかった抑えの三古頼雅を投入したが、さらに傷口を広げてしまい、3-6で敗戦。
イヌワシーズとの交流戦2連戦も連敗を喫すると、そのままその週は一度も勝てず。
6月に入って2週間ちょっとで、ニャンキースは中止を挟み7連敗。
五割付近で辛抱していたチームは、一気に23勝32敗5分けと借金9に到達、去年の定位置、最下位にまで沈んでしまった。
こうなると野々香も焦りが生まれる。
自分ひとりの力でチームが全て生まれ変わるわけではないことくらいはわかっている。
けれど、慣れていないとか知識がないとかを放置していたらこのままズルズル落ちて行きかねない。
正直、160kmも出せていればもう少し簡単に抑えられるのではないかとタカをくくっていた。
1敗は一軍に巣立つ前の男との完全敗北だったが、残りの2敗は自身の調整不足、経験不足だ。ライバル視もいいが、まずは自身の安定度を増して行かなくては。
そう思い、野々香は音楽を流したままのスマホを何となく操作して、野球関連の記事をあさり出した。
自身に足りないのは何よりまず「野球人として生きて来た年月」だ。
こればっかりはプロの誰と比べても短い。きっと最下位だろう。
プロはどんな生き方をして、どんな感覚で野球に取り組んで来たのか。そういう事もある程度は記事やコラムで見る事が出来る。
些細な手がかりでも、探れたら少しは役立つかもしれない。
中止試合で予定がなくなる事も多いこの時期、体が動かせないなら頭を働かせよう。
トレーニングをしながらの記事漁りは、中止の多い6月の野々香の日課のようなものになっていった。
そうして、情報収集の範囲は社会人、大学野球、高校野球へと幅を広げ……
「はぁ!?」
そこに、全く思いもよらない物を発見して、ひっくり返った。
ストレッチ中だったので首がちょっと変な方に曲がって痛かった。
そしてその日の定例通話会議。
「はい、こちら何でもお助け女神探偵事務所」
「絞れよ!」
「どうした、デュラハンがアンデッド魔法食らったような顔して」
通話画面にぐいっと顔を近づけて強い剣幕で詰問する野々香に、学駆は何事もなかったように小ボケで返して来る。
ちなみにデュラハンは首なしの仮面騎士なので、戦闘中に顔が見える事などはない。
「どういうことなの、あれ?あたしは裏切りの夕焼けを見ている気分だよ」
「記憶にございませんが遺憾の意を表明しつつ誰がやっでも一緒や思でェ、不快に思わせてしまったのなら謝りたい」
「絞れよ!」
わざととぼけているのか、単にネタ振りをしたい気分なのか、学駆の態度はいまいち判別がつかない。
だがしかし、野々香にとっては青天の霹靂でも、学駆がこのことを知らないはずがないのだ。
むしろ確実に学駆による手引きが行われていたはずなのだ。
「刑事さぁん、一体俺に何の疑いがあってこんなとこに呼び出したって言うんです?」
「探偵なのか犯人なのかも絞れよ!……最近学駆がやらかしてることであたしに黙ってた事とか、それしかないでしょ」
これはわざととぼけているな。と野々香はほぼ確信に至った。
「いやまぁ、うっすらこれかな?ってのはあるけど。どれのことだろう?」
「とぼけても無駄だよ。ネタは光っているのよ」
「しめさば?」
「おじいちゃんとお寿司屋行った話はしてない」
「いや俺もしてねぇよ、何だよ一体」
要するに、学駆としては野々香の方からきっぱり指摘されるまではすっとぼける方針なのだ。
野々香としては、秘密裏に進められ疎外感を与えられた所からの謝罪が欲しい所だったが、仕方がない。
相手から自供を引き出せないのなら、野々香から突きつけるしかない。
それを見つけたのは、体をほぐしつつ情報収集をしようと高校野球のコラムや記事を眺めていた時。
その時に不意に見かけた記事のタイトルであった。
「【涼城椎菜さん、女性史上初の光矢園大会出場決定】って、どういうことだよ!」
姫宮野々香
投球成績 11登板77回20自責点69奪三振 防御率2.34 5勝3敗
打撃成績 打率.254 8本塁打 40打点 出塁率.320 OPS.800
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