第40話 「こどもの日」
そんなわけで、一軍アピールのために成績もう一押ししたい5/5、こどもの日。
「はーい、良い子のみんな集合~!」
姫宮野々香はユニフォームに身を包んで何故か子供たちに集合の合図を送っていた。
「……だから、これじゃない!」
着てから言うな定期。
ユニフォームと言っても野球のものではない。
日曜の朝になると放映されているプリプリだったりキュアキュアだったりしてるアニメの由緒正しきバトルコスチュームだ。朝でプリプリと言うとトイレから出て来てうんちくを垂れ流してトイレに流れて行く博士を思い出される可能性もあるが、それではない。
子供たちに喜ばれそうな可愛い衣装で、と言う観点で果たしてこれが合っているのかは不明だが、盛留はじめ監督らおじさん達が一生懸命考案したアイデアの限界値に、須手場雀の「可愛いならいいじゃない」という鶴の一声で決定した。
これまたイメージだけで色はピンクが選択され、野々香は再び白とピンクを基調としたフリフリ衣装に身を包んでいる。不本意ながら。
今日は、こどもの日イベント「こども野球教室」。
野球振興の一環として選手が先生役となり、集まった子供たちに野球を教えるイベントである。その先生役として野々香が選ばれた、というわけだ。
もはや広告塔になっている姫宮野々香を生かさない手はない。
試合の前にイベントが行われるため、当然試合用のユニフォームに着替えるつもりで野々香はやって来たのだが、普段着替え時のフォローをしてくれている雀の罠にはまり、突然手持ちのユニフォームを奪われ、コスチュームを押し付けられた。
「待ってなんぞこれ!聞いてないなにこれ!」
「ふふふ……野々香ちゃん。あなたは騙されたの。これからあなたは少女たちの夢になるのよ」
「次回昏睡して捕まってる系のセリフやめて!なんていう不意打ち!だからあたしこういうの苦手だからって言ってるじゃん!心の準備くらいさせてくれたっていいじゃん!だってやってらんないじゃん!」
「安心して、ダメだしじゃなくて背中を押してあげる」
「そもそもイベントの後試合もあるし、ユニ取り上げられちゃ困るんだけど」
「そのまま野球教室を完遂してくれたら、ちゃぁんと返してあげますよぉ、ふふふふふ」
数少ない女性ということで何だかんだ雀とは良く話すし、SNSの確認役として相談もするのでだいぶ仲良くなっているのだが、こと野々香を周知すると言う点においてこの人は容赦がない。
野球の成績さえ足りていれば、と考えている野々香に対して、雀は強カワ野球アイドル的な像を野々香に期待しているのだ。
半分はチームの広告塔として、半分は本人の趣味だと言っていた。
今回も満を持してこの格好で野々香を送り出すつもりなのだ。こうなるとこの人はまず止まらない。
普段グイグイ行くタイプの野々香だが、結構押されるのには弱い。ここまでされると、はっきりとは断れないのだ。
「ユニフォーム、返して欲しければほらぁ、さっさとグラウンドに出て。ポーズ決めて。踊って。フルスロットルで。ほらほらぁ」
「も、もうだメポ……」
こうして、野々香はそのままのコスチュームでグラウンドに駆り出されたのだった。
「今日は、我々選手たちと一緒にみんなで野球をしましょう!野球の楽しさを知ってもらえたら、嬉しいな!」
左足をピョン、と上げ、右手をパッ、と掲げたポーズで野々香は言う。
役目を与えられた以上はやりこなすのが乙女のポリシーだ。着てしまった以上は全力で。……ちょっと保護者、主にお父さんたちのね、視線が刺さってますけどね。
「う、う、う……うれちいナ!!」
横でふっとい声でどもるわ噛むわ上ずるわの酷い掛け声を上げたのは、大諭樹だ。
彼は野々香が「やってもいいけど1人だけこんなイロモノになるのは嫌でござる」と妥協案を出した結果、特大サイズの園服、いわゆるスモックに黄色い安全帽を被っている。
完全に巻き込まれた形のかわいそうな男は赤面に赤面を重ねてぷるぷるしながら右手をかろうじて突き上げた。どこで売ってんだこんなん、と言う園服は当然樹の体格に合わず、パツパツだ。
「せめてもう少しマシなのなかったのかよ……」
とりあえずの掛け声の務めを果たすと、スタッフ陣による説明に移行。樹が珍しく泣きそうな声でつぶやく。
「樹くん……」
野々香も気持ち痛み入る、と言う表情で樹の肩をポンと叩くと、
「冷静に考えたら今時そんな服の園児っているのかなぁ」
「お前が巻き込んだくせにさらに存在意義が不安になるようなこと言うんじゃねえよ!言われてみたら確かに!」
このままだと子供たちの間では、着た事もない珍妙な服に身を包んだガタイの良い怖いニーチャンと言うことになる。
「巻き込まれてくれてありがとう、感謝してる」
「雑な巻き込み方しやがって……」
「あたしも雑に巻き込まれたんだから諦めて」
小声でやり取りしていると、さらに横から別の手が樹の方にぽん、と置かれた。
手?
いや、違う。肉球だ。でかい肉球だった。
見ると、リーゼントとサングラスに、学ランの上を羽織ったた猫の着ぐるみが佇んでいる。
一応作られたけど出す場所もあんまりなく人手不足もあって滅多に日の目を見ないニャンキースのマスコット、ニャンキーくんだ。誰かが着させられたのか。
「…………」
手を置かれたものの、何を言うでもない着ぐるみに野々香と樹は戸惑う。
いや、言ってないのではない。聞こえないのだ。
着ぐるみから声を出してもよほど頑張らないと聞こえるわけもない。
「もしかして、選手の誰かなの?」
と野々香が尋ねると、猫はウンウンと、いやブンブンと首を縦に振った。重そう。
「助守さんっすよ、それ。さっき着せられました」
さらに着ぐるみの背後から声がした。日暮有人だ。
着ぐるみがでかいのでいつの間に背後にいたのか気付かなかった。
そして、着ぐるみの中にいるのは助守白世らしい。見ると物凄い動きづらそうに、ミットを構える仕草をしてみせてくれた。
「有人くん」
「何すか、姉さん」
「あたし達がご覧の有様なのに、なんで君だけ野球のユニフォームを着ているんだね?」
問題はそこだ。この3人がわけのわからない事になっているのに、この男は普通に試合用ユニフォームを着ていた。
これではまるで野球をする選手のようではないか、どういうことだ。女将を呼べ。
「むしろ野球教室しようってのに、野球のユニフォーム着てねェ方がわけわかんねっすよ?」
「もっともらしい正論でこの場を切り抜けようって魂胆か、えぇ?」
もっともらしいも何も有人のツッコミは100%まっとうな正論でしかないのだが、野球のユニフォーム着てない組も好きで着たわけではない。なので八つ当たりするしかない。これは正当な八つ当たり。きっとそうだ。
「姉さん、いや切り抜けるも何も当然っつーか。むしろ何で皆そんなことんなってんのか俺もわからねェんすけど、あと姉さん胸元、胸元。あんま近づくと惚れちゃうんで詰め寄らないで。スカートで野球は真面目に心配っすけど、大丈夫なんすか?」
少女向けの作品なのでそこまで際どいわけではないが、それなりに出る所は出ている衣装だしミニスカートなので男性陣としては嬉し恥ずかしだ。
「お子さま相手に激しい動きするわけじゃないし多分へーきでしょ、スライディングとかしたら破けそうけど」
「よし、姉さん、スライディングしよう」
「正直で結構だ、だが断るお前も変な服を着ろ」
「やなこった!」
「俺、バットとか振るだけで破けそうで怖いんだが」
「破いたら親方みたいでかっこいいじゃん、樹くん」
「誰がその服縫うんだよ……」
恥ずかしいがどうとか以前に動きの心配があっては野球教室どころではない。
樹はパツパツの服で体をぐるぐる回して動作確認しつつ、不安な顔をしている。
まぁ、破いたら雀らスタッフが後で何とかするとは思うが、今シンプルに恥ずかしい。
「…………」
そして無言の圧が着ぐるみから発せられる。
「スケさん……?」
「スケさんはもしかして、もう気付いてるのかもしれないですけど言っていいっすかね」
樹が非常にすまなそうな表情で言う。
「俺らはまだしも、着ぐるみでどうやって野球教室を……?」
少しの間。
着ぐるみが首をうろうろを動かして、そうかと思うと急にガバッと首を上げて、そのまま硬直。
「あ。突っ伏した」
致命的な致命傷を浴びせられた助守はそのまま地面に手足をついて落ち込んでしまった。
「あ。地面殴ってる」
「わかってんだよそんなこたぁ、と言わんばかりっすね」
「なんなんだ、この企画……」
百歩譲って選手がイロモノになって楽しませるのはいいとして、野球教室なのにまともに野球を教えられない格好では本末さんがすっ転んでいる。
こういう粗が目立つ企画も、立ち上げたばかりの球団だからだろうか。
ひとまずは手探り状態の企画を楽しいものにすべく、野々香たちの挑戦が始まった。




