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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
3.前半戦

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第34話 「これからもよろしくお願いします」

「若干とんちきな発言」と言う悲しすぎる要素で特定された姫宮野々香(24)。


「今まさに目の前で若干とんちきな発言をしていたので否定出来ませんね」

 特定に至った理由に関しては諸々言いたいことがあるものの、女性が先程のポストの内容と写真が映ったスマホを見せて来たので、ごまかしようもない。


「そうです。あたしが変な姫宮野々香です」

 言ってるそばから若干とんちきに名乗ると、女性の表情が明るくなった。

「あっ、すみません。プライベートですのでなるべく周りにわからないようにお願いします」

 椎菜が騒ぎになるのを恐れて、何かを言う前に女性に小声で釘を刺す。ここまで簡単にバレておいて今更だが……


「こ、こちらこそすみません。実は話しかける勇気はなかったんです。ただ、写真が偶然職場の近くで、お見かけ出来た事を喜んでいたら、自分でも知らないうちに咄嗟にお声を……も、もしかして遠くから見てたの気付いてましたか……?」

 気付いてはいたのだが、彼女に非があるというより、野々香と椎菜は異世界仕込みで視線や気配の察知能力が高いので仕方がない。

 魔物ではない視線が街中でひたすら感じられたので、わざわざ椎菜が飛翔魔法まで使って追い詰めたら王様の手の者だったのは忘れられない。とにかく距離を置かれて、足で追いかけても逃げるものだから、飛翔魔法の権威ナルス・ゼンターク氏に師事までしたのだ。

 結果的にその魔法が冒険にも、異世界脱出後の役にも立ってくれたが、当時はだいぶ無駄足を踏まされた。


 大した援助も保障もしなかったくせに真面目にやってるかだけ人員割いて逐一チェックしてるとか、ほんとブラック企業だよ。腹を立てた野々香が次の登城時、王の趣味で育ててた花壇の一部に除草剤を撒いて嫌がらせしたが、幸いバレなかった。


 視線について申し訳なさそうな女性に野々香は「気にしないで」と手を振って微笑む。

 おそらく彼女も露骨に見ていたというつもりはなかったのだろう。あと若干こう、人目につくようなことをしていると言う自覚もあるので、見るなよとも言い難い。主に服。


「あの、ですね……」

 女性も大騒ぎはしないよう、野々香の隣にそっと腰かけると、敢えて野々香の方を向かずに喋り始めた。

「あの、実は姫宮さん、戻っ……あれ?何でしたっけ」


 しかし緊張のあまりか、彼女は言いかけた事を忘れ、首を傾げた。

 無理もないかもしれない。実質不意打ちで好きな有名人に会ったとて、簡単に言葉は浮かばないだろう。そう思い野々香は急かさずに笑顔で見守った。


「えと、とにかく私、姫宮さんのファンなんですっ」

 緊張のまま間が持たない流れを嫌ったか、首を振って一旦気持ちを仕切り直すと、月並みな出だしながら彼女は話し始めた。

「野球は少しは知ってるけど、会社で付き合い程度に話を合わせていたら姫宮選手の事を教わって、凄いなって、それがきっかけで」

「ほんとですか?嬉しいなぁ、球場以外でそう言って貰えるのはじめてだ」

 照れ笑いする野々香に、女性も満足そうにうなずく。

「ポストされた写真も驚きましたけど、実物はさらに可愛い方なんですね」

「いやいやいやいやいやいやいやいや」


 とにかく直の褒め殺しに慣れていない野々香だ。こっそり会話していたはずが思わず首をぶんぶん振ってしまった。

 とはいえ、今のご時世ポストされている写真なんぞ盛ってなんぼだ。

 アップされている写真がそのまんま撮っただけだと思っている人の方が少ないかもしれない。


「そこは謙遜するものじゃないのでは、野々香さん」

「そうですよ」

 椎菜と女性が揃って言うので、ありがとうございます、と野々香は応えた。


「実は私も以前バスケをしていて、選手になろうかと思った事もあったんです。けど、付き合ってた彼があまり筋肉質だと嫌だーなんて言い出して、ショックで。色々と喧嘩になって。結局選手にはなれず、今は筋肉も落ちちゃいましたけど。だから可愛いままで160kmのボールを投げる姫宮選手はまさに私の理想なんですっ。見ていると、私も昔に戻ったみたいで」

 有名人に偶然出会えた、と言う事も手伝ってか、配慮はしてくれつつも彼女は興奮気味だ。最初に言いかけた内容と思しき部分も含め、少し早口で一気にまくし立てた。


「どうやってその体型であんな事出来るんですかっ?」

 あーそれはね異世界でレベラゲしたからですかね、などと言えるはずもなく。

 実際、異世界での経験値分による能力向上の理屈は結局よくわかっていなかったりする。

 パワーも尋常じゃない程上がったが、腕が太くなったり腹筋6LDKになったり肩メロンしているわけではないし。


「まぁそれは、偶然のいたずらと言うか、突然の風に吹かれたと言うか、春の妖精オギーノの恵みと言うか……なんか正直自分でも良くわかってないです」

 ちなみに野々香のパワー同様、椎菜のスピードも竜の祝福の効果で凄まじいのだが、彼女の脚は物凄く細い。

 普段からあまり脚を出す服装自体をしないので変化具合まではわからないが、あちらで温泉に入った時に見たら普通の女子と変わらないくらいだった。そりゃ、脚だけ丸太でも嫌だけど。


「そうですかぁ、奇跡のバランスなんですね」

「何か、色んな人から凄いな姫宮、どうやったんだ?って永遠と聞かれてるんですけどね、あたしもわかんなくて」

「ん?失礼ですが、延々と、ではないでしょうか」

「あたしが言いたいのは永遠……あれ?そうだっけ?まぁどっちでもいいや」

 良くない。

 なるほどSNSの紹介文とか、公式にまでとんちき扱いされるわけだ、と椎菜は思った。


「選手としての成績とか、一軍で活躍出来るかとかに注目が集まりそうですけど、私は姫宮選手にはもっと可愛いアピールをしてほしいなって思ってますよ。だから、またこういう街でのオフショットみたいなの期待してますね」

 そう女性は言うと、最後に握手と一緒に写真を撮って、「これから大変でしょうけど、応援してます!」と言って去って行った。

 どうやら仕事の合間に飛んできてくれたらしい。


「いい人でしたね、騒ぎにもならなかったですし」

 椎菜が安心した表情で言う。これでうっかり拡散されて人が集まったりしたらこの場にいられなくなっただろう。

「ごめんね、椎菜ちゃん。落ち着かなくて」

 野々香にとっても街で捕捉されるハプニングは予想外だ。そこまでタイミング良く見つかるとは思っていなかった。


「いえ、むしろ嬉しいです。野々香さんのファンに出会えましたからね」

 椎菜は本当に満足している顔だ。実際、野々香と歩いていなければ起こるはずもないイベントなのである意味貴重な経験である。

「おかげで、色々と決意も固まりました。やっぱり、野々香さんは僕を助けてくれた時から凄い人ですね」


 野々香自身、心を閉ざしてしまっていた椎菜を救ったのは単に好きになったからとか放っておけなかったからとか、そんな単純な理由だ。皆と一緒にいなければこの子はどうあれ死んでしまう、と、そう感じたからだ。

 しかしそれは椎菜にとっては命と心を救ってくれた恩人であることを意味する。

 しょっちゅう絡んで来たりとんちき発言を振り撒いたりする野々香だが、そんな彼女を椎菜は心から尊敬していた。


「それじゃあ、行きましょうか。そんな凄い人の時間を独り占め出来る貴重な機会を無駄にしたくないので」

「やめてよぉ、そんな大げさな」

 そう言って、初めて来る街であれが気になります、これはどうですかと楽しそうにはしゃぐ椎菜に付いて行きながら、野々香も心から彼女を助けて良かったと思う。

 口調や態度は丁寧だし、まだ人見知りな所もあるけれど、とても明るい子になった。


「平和っていいねぇ」

「何か言いました?またとんちきな発言ですか?」

「失礼だな!今はだいぶ真面目なこと言ったよ!」

「それなら良かったです、せっかくの珍発言を聞き逃してはいけませんからね」

「それもそれで失礼だよ!」

「野々香さん」


 楽しそうに前を歩いていた椎菜が、くるっと振り返った。ふと少し真面目な顔になっているのに野々香は気付く。


「これからも応援してます。そして、これからもよろしくお願いします」

 そう言って、椎菜は再び柔和で朗らかな笑顔になる。

 野々香が最も好きな彼女の表情を真正面に見据えて「もちろん!」と野々香も笑顔になると、2人は再び楽しそうに街の喧騒に溶け込んで行った。

 彼女がこれからどうしたいのか、野々香は今は知らない。

 けれど、元気に楽しくやってくれたらそれでいい。

 その楽しいの一部分に自分がいられればもっといいな、と、野々香は思った。



 そして、椎菜と別れた後、学駆の家の玄関にて。

「おう、野々ぷふーっ。ここに来るのも久しぶふすっ、おま、その格好のまま来っ来るっなよっ、ひっ、ひっ」

 着替えるタイミングを逸したまま学駆の家を訪れた桃色のファンタジー野々香は、めちゃくちゃ笑われた。


「彼女が可愛くお着替えしてるってのに、何お前はヘラヘラ笑ってるんだよ!!」

「すまん、あまりに可愛かったのでふすっ、つい、息も出来ないくらい、ひっ夢中っふっ」

「説得力さんも息してねぇよ!」


 別に似合わないとか、分不相応とか、そういう意味でバカにしているわけではない。

 ただ、本人が絶対自分で選んで着そうにないし、縁がなさすぎる服なので、さぞかし面白い事態があったのだろうと言う想像も含めて学駆は笑っている。


「どうせ椎菜の事怒らせて、着せようとした服を逆に着させられたとかそんなんだろ?」

「ぎくっ」

 絶対に選ばないと言う推測から二人の関係性も理解している学駆は、さすがに鋭い。


「ま、まさかそんな、あはは、するわけないじゃない」

「あ、やったなこれ」

「失礼な!何を根拠にそんな、あたしを誰だと思ってるの?」

「えー。なんかピンクのひらひら着てるし。お姫様?」

「絶対馬鹿にしてるだろ!あぁもう、外にいるのも恥ずかしいんだから早く入れてよ!あと甘いものが食べたい!今すぐに!」

「お姫様じゃねえか」


 会うたびにやってるしょうもないやり取りを挟みつつ、行く所の多い野々香のオフはもうすぐ終わる。あとは実家でゆっくりしたら、再び静岡に戻って、11日から試合再開だ。

 次の先発登板は、15日、東京のウサピョンズとの交流戦が予定されている。ウサピョンズには入団テストを書類で落とされた恨みもあるし、気合も入るところだ。

 その試合に向けた作戦会議も兼ねて、やいやい言いながら野々香は学駆の部屋に乗り込んで行った。



「姫宮野々香……ふむ、潰さねばなるまい」

 そしてこの時。

 密かにウサピョンズで爪を研ぐ、新たな敵が出現しようとしていた。


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― 新着の感想 ―
ちっちゃい重機だったりfaridyuやら、ネタがいっぱいで楽しいです。
 日曜の例の人さん、こんにちは。 「異世界帰りの野球おねえちゃん 第34話 「これからもよろしくお願いします」」拝読致しました。  若干とんちきな発言、否定できません。その通りです。で、あなたは…
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