第33話 「若干とんちきな発言」
街を闊歩した野々香の話題は、本人の意思に反して瞬く間に、そして予想以上に広がった。
そんでもって本人の意思に反して大好評だった。
「かつてこれほどまでにピンクの似合う野球選手がいただろうか」
「予想の斜め上のかっこしてたけど予想の斜め上に可愛かった」
「お友達?の黒との色の対比がいいですね」
「試合がないからって何やってんの?いいぞもっとやれ」
「もちろんその服で試合に出てくれますよね?」
凄まじい勢いで広がっていて宣伝効果は抜群だ、と盛留や雀からお褒めの言葉を貰ってちらっとアカウントを覗いたが、もはや読み切れない程のコメントが付いていて驚いた。
リプライは何か思う所があれば付けてもいいとのことだったが、多すぎて返しきれない。
「うわぁ、なんじゃこりゃ」
「凄いですね、野々香さん。もうすっかり有名人じゃないですか」
椎菜も自身のスマホで状況を眺めながら驚嘆している。当然メインの野々香ほど多くはないが、ちらほらと椎菜の方を可愛いと褒めたたえるコメントもついており、嬉し恥ずかしと言った表情だ。
なお、スマホを眺めている椎菜の右手にはクレープが握られている。不意に見つけたキッチンカーに釣られた。甘い物食べてる姿も似合う、と野々香は思った。
野々香も自分の分のクレープを受け取ると、椎菜のいるベンチに向かい、横に腰かける。
「褒めてくれる事自体は嬉しいけれどもコレジャナイ感が否めなくて困惑してるよあたしは」
あくまでちょっとした近況報告をしつつ、野球選手にしては珍しくシーズン中に長めの休暇が取れたこと、友達と遊びに来たこと、リフレッシュしてまた頑張るぞ的なことを報告する。そして適度にファンの認知度を高め、球団の宣伝と椎菜の存在をアピール出来ればそれでよし、のつもりだったのだ。
なんだこれは。どうして自身がピンクのおべべでSNSにのっかってるのだ。
「でも、ほっといたら僕をこの格好で載せる気まんまんでしたよね?」
ぐさっ。
椎菜による言葉のナイフが胸ヲ刺ス。それを言われると反論できない。
「僕はいいと思いますけど。野球選手としてかっこいいシーンは今まで見せてるんだし、休日の可愛さとのギャップみたいなアピールも素敵じゃないですか」
買い食いにあまり手馴れていなさそうな椎菜が、クレープの食べ方に少し苦戦しながら言う。
似たような事を先程野々香から椎菜に言ったのだが、見事に返されてしまった。野々香の方は上に乗ってるアイスに豪快にかじりつきつつ、「うーん」と首をひねる。
「こういうんじゃないんだけどなぁ、あたしが見て欲しいのは」
「野々香さん、僕のことばっかり褒めてくれますけど、野々香さんも充分お綺麗なんですよ?」
そういう椎菜は、クリームがほっぺたについているのが可愛かった。
野々香は自身の見た目を悪いと思っているわけではない。だって、努力はしたのだ。支えになってくれる相手と並んで恥ずかしくないように、頑張ったのだ。
ただ、中学時代まではほぼ男子扱いのような暴れっぷりだったので、自己評価は昔あんなだったのがねぇ、と言う「努力賞」くらいのものだと思っている。チヤホヤされるほどの自信はないのだ。
馬子にも衣装、みたいな。現代は馬子に衣装着せて可愛がるコンテンツが存在するみたいだがそういうのではなく。
「椎菜にそう言って貰えるのは、凄く嬉しいけどもね」
椎菜の頬についたクリームを拭ってあげながら、野々香は難しい顔だ。
「野球選手としてはちょっと違うと言うか、こういう形で宣伝とかすると思ってなかったから」
「別にアイドル化したからと言って選手としての野々香さんに影響するわけではないんですから、両得と思って楽しんじゃいましょう」
確かに、どう見られるかのイメージ戦略なぞ良くも悪くも大して影響がないのはスポーツ選手のある種の強みだ。さすがに素行が悪すぎれば排除される事もあるし、成績が悪くても人気に助けられてプロに生き残る事はあるように思うが、成績が良いのは純然たる自身の能力である。
あいつは可愛くて人気者だから野球が強いんだ、なんて言われるわけがない。ハンカチ一枚で社長にはなれても、トップアスリートにはなれるとは限らない。
「そう言えば、それで思い出したけど、椎菜も顔を売りたいってのはどういうこと?もしかして、アイドルとか目指してるの?」
今回のコンセプトとして椎菜の顔を世間に知らせて欲しい、と言うのは学駆と椎菜の希望である。
よほどのことがなければ、こうして全国に顔を売り込むメリットはないと思うのだが、依然その理由は不明なままだ。
先程もSNSのコメントで「一般の方を一緒に載せるとまずいのでは?」と言う指摘が来ていた。「本人の許可、希望を受けてのことです」と返信はしてあるが、普通は有名人のどさくさに顔を知られるのは避けたいだろう。
「アイドルではないですね、と言うか僕がそんなのやりたがるわけないじゃないですか」
「やろうよ。やるならあたしがファン1号になってファンレターとかとかスパチャとか紫色の薔薇とか送り続けるよ、ふんすふんす」
「荒い荒い鼻息荒いです」
当然、野々香はやらせたがる。息を荒げて迫るのを見て、さすがの椎菜も少し引いた。
往来でピンクの服着てクレープをぱくつきながら隣の女子に迫る女。迫ってる側が年上。もしかして結構やべーやつなんじゃないだろうか。
ちなみにキッチンカーで買い食いは椎菜のたっての希望だ。あんまり地元の方だとお目にかかれないし、外で食べると言うのに憧れていたらしい。
なので怪しい者ではない。だが、心なしか遠巻きに人から見られているような気もする。
そもそも顔が見えづらい様にかぶって来たキャップも、今の格好に似合わなさすぎるので取った。目立ってても何も言えない。バレ……てはいない、んだといいなぁ。
「じゃあ、大学に向けてとか?でも進学に知名度とか要らないしなぁ……いきなり就職とかなら、コネにはなる?けどあたしが仕事のコネで役立つとかないしなぁ……何だろ」
「それは……秘密です」
「えぇー?いじわるだなぁ椎菜ちゃん。けどそういうところもたまんねぇ」
「鼻息荒い荒い。……ひとまず、認知度を上げる作戦は成功したみたいですし野々香さんには感謝です。けど、一応まだ伏せておきますね。成功するかは、わからないですし」
「じゃあ成功したら教えてくれるの?」
「そうですねぇ……」
その時、椎菜にしてはあまり見た事のない、意地の悪い笑みを一瞬だけ浮かべた。
いけない、今の笑い方は学駆の悪影響だ。後でアイツ埋めておかないと、と野々香は思った。
「成功した場合は、きっと教えなくてもわかりますから。今の所は、そんな感じで納得しておいてください」
「あの……」
話もひと段落してベンチで談笑していると、不意に女性から声をかけられた。
「はい!大丈夫です、健全です。変態不審者ではないです。2人は仲良しでハピネスでマックスハートです」
先程から、遠巻きにこちらを伺っていた人だ。野々香よりは少し年上か、スーツ姿で仕事の合間、もしくは帰りと言う雰囲気である。
見られているなぁ、とは思っていたが本当に見ていたのか。察していたからこそ、つい反射で言い訳をしてしまう野々香だった。
女性はそれを聞いて納得の表情で、
「ピンクフリルの服を着てて、そちらの子と一緒にオフで遊びに来ている所で、若干とんちきな発言……姫宮野々香選手ですよね?」
「若干とんちきな発言」
最後の最後に酷い形容詞がくっついたのを、野々香と椎菜は聞き逃せなかった。




