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第3話 「ニャンキース」

書類で落ちた。

完。



……………。



「まぁ、ダメ元だししゃーない」

学駆(がく)が言うのは、プロ野球創設時からある伝統の2球団、ウサピョンズとトライアルズのテスト結果であった。


最短距離で行けるならそれが一番なのでダメ元でもやってみよう。

と言うのが野々香(ののか)プロ入り作戦その1。


まずはセリーグで最も歴の長い2球団の入団テストに応募してみたのだが、案の定何のツテもない所に書類だけでは難しい。一軍のプロは既に自分たちで目をかけた多数の選手を見るのに手いっぱいなのだ。

女ですけど、では冷やかしだと思われてもやむを得ない。


「もう少し顔盛った方が良かったかな」

「なんで顔盛るんだよ。ていうか盛ったのかよ」

「注目浴びるのは大事って言ったじゃん?やっぱ異世界とおなじでハッタリは大事いたっ!」

「アイドルオーデイションじゃねえんだぞ。顔で野球するんかお前は」


学駆のツッコミ用技、メジャー流デコピンが炸裂した。

スキあらば妙な事を言いがちな野々香が暴走した時に頻繁に放つ、ある意味異世界のスキルより多用する技だ。


「ま、なら遠回りだが当初の予定通り、作戦その2だ。二軍球団行こう、それでいいな?」

「オッケー!超盛るぜぇ!」

「盛らんでいい」


ちなみに、ハッタリが大事と言う彼女の髪が金色なのは「異世界ファンタジーだし、向こうの流儀に合わせないとナメられる」と言う理由で染めたからである。

ヤンキーか。


11月、静岡にゃんキースタジアム。

ニャンキース監督、小林図(こばやしはかる)は、困っていた。


戦力が足りない。


プロの一軍となればよく優勝を逃した際にそんな言葉を発して負け惜しみの様に言われる監督もいるが、2軍のこちらは泣き言や負け惜しみで済まない、もっとリアルでガチでヤバい感じだった。

昨季、初参戦した二軍、西部リーグにおいて、ニャンキースは25勝95敗10引き分け。

勝率.227、借金、すなわち負け越し70は記録的な惨敗だ。


プロ野球はどれだけ弱くても3割程度は勝てるとされており、実際戦力均衡に努める一軍のペナントでは、創設時のチームやプロ野球発足当初の昭和時代を除けば近年の最低勝率は3割である。何なら黎明期のワーストに遡っても.230程度なので、本当に最低クラス。

つまり、現在のチームは悪い意味でのリーグのバランスブレイカーなのだ。


これで、せめてプロ入り出来るようなダイヤの原石を送り出せていれば、まだいい。

元より一軍プロへの素材を探すための球団でもある。もう少し勝てて、いい選手がいれば、勝敗は度外視と言ってもいいのだ。

だが、昨年プロのドラフトにかかったのはわずか2名。


投手の安部礼也(あべれいや)選手は防御率3.39、2勝5敗。

打者では外野手のシュン・カーター選手が打率.275、8本塁打の成績で声がかかっていたが……


どちらも原石ではあれどダイヤとは言い難い成績だ。誰も採用しないとそれこそ球団の存在を疑問視されかねないので、球界全体を慮った温情の面もあるのではないかと小林は思っている。


なればこそ、来季は必ず選手、チーム成績共に向上を見込まなければならない。

季節は11月。入団テストは慎重かつ思い切った見極めが必要な大事なイベントだ。

ところが……


「小粒だな……」


一軍の球団の入団テストであれば採用人数は初めから少ない。よって足切りのハードルも高く、倍率も高い。

一方のニャンキースの入団テストは……

募集の幅広さ、チームの成績も悪さもあいまって、明らかにワンチャン狙いや記念受験らしき者が紛れ込んでいた。


午前の部で50m走、遠投のテストを行い、数字でキッチリと足切りしたものの、本当にそれが出来ただけのやつがチラホラいる。


尾間(おま)ちゃん、これちょっとどうなの」

小林監督の横には、ヘッド兼打撃コーチの尾間当麻(おまとうま)コーチが控えてメモを取っている。

2人並ぶとヒゲでちょっと横幅の広い小林監督と、メガネでちょっと縦に長い尾間コーチで凸凹漫才コンビ感がある。


「既にこれはダメだ、って選手が多いですな。あそこの学生は体が出来てませんし、あっちのおじさんは100%記念受験ですし」

次グループに期待ですな。と半ば諦めたように尾間は呟いた。


「次グループは尾間ちゃん期待の子がいるそうだけど?」

「知人の紹介なのですな。選手の楠見玲児(くすみれいじ)くんが、昔のチームメイトのツテで紹介を受けたそうで。投打ともに見て欲しいとのことでしたが、手が空いていたのが私だったのでまず私が」

「ちょっとー、ツテってちゃんと見たの?飲み仲間の紹介とかだったらどうしてくれんの」

「ああ、ご安心を。ちゃんと見ております。少々…いやかなり驚かれるとは思いますが。フフフ…」


と話しているうち、他コーチやスタッフの声掛けで現在テスト中だったグループがはけると新たなテスト生たちがグラウンドに集まって来た。


姫宮野々香(ひめみやののか)、23歳!来年のプロ入り、二刀流目指してます!よろしくお願いしますっ!!」

その中でひときわ目立って騒いで、なんかパツキンのチャンネー(死語超えて古語)が来た。


ニャンキース監督、小林図は、困っていた。


…………うーん。女子か。女子来ちゃったか。

いやまぁ、ね。戦力欲しいからかなり間口は広げたし、受けたい奴はみんな見るよの精神でいたけど。禁止もしてないけど。

そう来たかー。


本来いるはずのない紅一点はどうあがいても注目を集めている。若い男子が多いので漂うソワソワ感が凄い。

母校のらしきユニフォーム越しでも、でかい、とまでは言わんが結構ある。いや、何でもない。


「おねえちゃん、悪いけどここアイドルオーディション会場じゃないんだよね、大丈夫?」


記念受験も極めつけのネタ枠が来たな。飲み会の話題にしよ、と思いながら小林は適当に声をかけていた。

こういう場所でもおねえちゃん、とか呼んでしまうあたりが飲み屋のおっさんくさい。


「えっ!それってつまり、あたしアイドルも行けそうって意味ですか!?」

「うんまぁ、お世辞じゃなく行けると思うよって一応言っとくけどそういう話してないね。てかキミ写真と顔違くない?」

「私は貧乳派ですので推せませんぞ!」


おい尾間ちゃんまでバグっちゃったじゃねーか。あ、でも、写真より実物のが素朴で好みだな。

じゃなくて。


と小林自身もバグりかけた脳を監督にモードに戻し、

「尾間ちゃん、悪いけどこの子は君が別枠で見てくれる?」

小林は温情のつもりで、野々香のテストを尾間に任せようとした。


来た子を何も見ずに帰すわけにもいかん。が、これだけ男子まみれの中で一緒くたにテストと言うのは晒し者になるし、酷だ。

あと男どもが集中出来なさそうなので。ていうかわしも出来なさそうなので。

……やっぱ結構あるよな。何でもないけど。

というのが小林監督の内心だった。


「別枠って……?あ、他の技能なら細かすぎる野球選手モノマネとかもあるけど見ます?尾間コーチの現役時代の歌とかやれます」

「それ黒歴史だからやめろ!……じゃなくて。いやいや別枠にする必要はありませんぞ。何故なら、彼女こそが楠見くんから紹介の子ですからな!」


テテーン!


と、SEでも聞こえて来そうな流れで両手をすばっと野々香に伸ばし紹介ポーズの尾間コーチ。

「どうも、金輪際現れない一番星目指してます!今日これから私の伝説が始まる!」

と、なんかノリで左手を腰に、右手をピースにしてこめかみのあたりに当てて決めポーズを取る野々香。

……うーん。もうなんか、シャワー浴びてそのまま爆睡したい。

小林監督は、ちょっと白目剥きながらそう思った。


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