第32話 「野球選手さん、ピンクのフリフリ衣装で街を闊歩してしまうwwwww」
定番のあれ、着せ替えタイム。
ファンシー系の衣服や小物を扱うショップに足を運ぶと、野々香は即座に椎菜を試着室に押しやり、怒涛の勢いで服を物色し始めた。
「あの……野々香さん……?」
「あーほら、若い子が来る場所行きたいって言ってたでしょ?女子はやっぱりこれですよ、可愛い服」
試着室から顔だけ出して不思議そうな顔をした椎菜に、野々香はびすぃぃっと人差し指を立てて主張する。
「今日はアピールタイムも兼ねてるんでしょう?制服も一つの勝負服だとは思うけど、やっぱり何かおしゃれしたほうがいいと思って。あと、雑にイベントスチルぶち込むには最適だし」
なるほど、と椎菜は頷く。イベントスチルと言うワードにだけは首をかしげたが。
理屈としてはまぁ、通っている。ただ、少しばかり野々香の趣味が全開で暴走している点を除けば。
「とゆーわけでまずこれとこれね」
言いながら試着室の椎菜に主にピンク色でフリフリした何かをぽいぽーいと投げ込む野々香。
「えっ、えっ?」
言ってる事はわかるのだが、あまりに見慣れない、着慣れない衣装の数々に椎菜はただひたすら戸惑うばかりだ。
ローブと制服以外ほとんど着こなした事がないため、そもそもどう着たらいいかわからない。
野々香はそこからさらに物色してカチューシャやらエプロンっぽいものやらの小物類まで集めて試着室に向かう。
「どうだい、椎菜ちゃん。ふわふわタイム進行中かい?」
「えっと、どう、と言われましても……」
そこにはしゃがみこんだまま目を白黒させて渡された服を眺めているだけの椎菜がいた。
着替えは1ミリも進行していない。服も制服のままだ。
「椎菜ちゃん……」
「は、はい……?」
「ここまで来て、なんで服着て座ってるの?」
「これ僕がおかしい感じの流れなんですか!?」
野々香のあまりの剣幕に、滅多にやらないツッコミを椎菜がやることになった。
「試着室で着替えをしないのはおかしいことでしょう?ねえ、そうでしょう?初めてか?洋服着るの」
「そ、そうですけども、僕の選択権とかは……」
「もちろん、最終的には椎菜に選んでもらうよ。でも、あたしはこんな服装の椎菜をきっと大好きなのでまずは着てみてほしい。着てみせてくれるだけでいいんだ。それだけでいいの。好きだから仕方ない。ねえ、そうでしょう?」
「いや、あの僕が選べるならそもそも、もうちょっと派手でないものがですね」
「派手でない椎菜ももちろん可愛い、それは知っている。でもね、久しぶりに会ったあたしの心はね、レベルが上がり過ぎてちょっとじゃ満たせなくなっているんだよ。なぁなぁのバランスではきっと良くないよ。もう一度考えてみて欲しい、そんな装備で大丈夫?」
「ひぇ」
試着室は行き止まりだ。入口で真顔で迫られたらもうどうしようもない。
これは、どうやら逃げるコマンドを封じられたらしい。
人慣れしたからと言って椎菜の恥ずかしがりのパラメータが逆に振り切れるわけではないので当然めちゃくちゃ恥ずかしいが、椎菜はひとまず着るだけ着ておくことにした。
「ふおおおおお!!」
試着室のカーテンが開いて椎菜が姿を現すと、野々香が強烈なガッツポとともに叫んだ。
ホームラン打った時より派手なガッツポーズだった。
着て貰ったのはコッテコテのピンクワンピースにコッテコテのフリルとレースを飾ったコッテコテのフリフリ衣装だ。
普段は黒っぽい服装ばかりで、それも彼女のミステリアス感を演出していて良いのだが、どストレートに可愛いを叩き込んだ服も良く似合う。早くも野々香は幸福の絶頂ラッシュだ。
勢いで一枚パシャリ。
「あ、あの、撮影はさすがに決めてからにしましょ?」
先走って撮ってしまった野々香を椎菜が先手打って諫める。
球団の宣材写真だと言うのに試着しただけのものなぞ上げたら確実にアウトだろう。
お店によっては、試着だけしてSNSにアップされたりしないよう撮影禁止のお店もあるので要注意だ。
「椎菜ちゃん、違うよ」
「え?」
「これは撮影ではなく……光魔法、愛のイナヅマフラッシュだよ」
「ないでしょそんなの見た事ないですし。光なのにイナヅマって言っちゃってるし」
架空の設定が秒で看破された。
「ばれたか。ごめん、今の一枚はあたしの美しい人生の限りない喜びとしてメモリーに刻んでおくだけだから許して」
「……いいですけど、発信する際は特に気を付けて下さいね」
「ま、まぁまぁ。さっきも言ったけどほら、宣伝なら他の人から見て可愛いと思えるアピールって必要だし。あたしもどうせ街歩くなら綺麗な子と歩きたいわけですよ」
普段が綺麗でないわけではないのだが、特別オシャレしましたよーと言う子を見るのは格別である。
普段のイメージと違う雰囲気であればなお良い。
「で、どうしよっか、買っちゃう?お姉さんこの服着てくれたらお金いくらでも出しちゃう」
喜ぶのはいいが、野々香はいちいち発言が不穏だ。
いや実際、お金には余裕があるので必要であればサラッと買うのだが。
「さすがにイメージがあさっての方向に飛び過ぎてるので、シンプルに恥ずかしいです……。出来ればもうちょっと違う感じのが……せめてもう少し地味目に……」
「よしわかった」
そう来ると思っていたよ、とばかりに野々香の手元からさらに多数の衣装がドン!と出現した。
「それならばこれとこれとこれもお願いしたい、是が非でも」
「ひえぇ」
そこから、ガーリー、クール、スポーティー等々、怒涛のファッションショーが始まった。
着替えるたびに野々香のガッツポが炸裂する。発現する。爆発する。
「はい可愛い!はい綺麗!はいかっこいい!」
「いいねぇ~最高だよ!」
「いいよぉ椎菜!ちょうだい!そういうのもっとちょうだい!」
目まぐるしく入れ替わる衣装に一生懸命着替えて対応してくれる椎菜だが、テンションの上がり過ぎた野々香は限度と言うものを知らず大量の衣装を引っ張り出して来た。
当人としても幾分かは好意と受け止めて喜んでいたが、完全に着せ替え人形にさせられている状況に、徐々に不満もつのって行く。
それでも野々香は止まらない。
衣装チェンジでのガッツポーズがチームの勝利や自身のホームランでした数よりも多くなるころ、椎菜の優しさも限界に達する。
「えぇっとね、じゃあ次は~」
「野々香さん」
「は、はい」
それまで恥ずかしそうな笑顔やふんわりとした笑顔を見せていた椎菜だが、どことなく笑顔の質が変わっていることに野々香がようやく気付く。
「そうですね、概ね目星がついたので、そろそろ良いのではないでしょうか?」
あっ、あかん。これはやりすぎた。
瞬時に野々香は悟った。
彼女は元々控え目な性格だが、本気で怒らせたり派手にやらかしたりした相手には、結構容赦がない。
以前からそこが椎菜のいいところで、主人公属性なのだと公言していた野々香だが、今回は見事に自身が悪役側ムーブをしてしまっていた。
「それと……どうせなら綺麗な子と歩きたい、と仰ってましたよねぇ?僕も、綺麗な野々香さんと街を歩きたいなぁ~……」
「あっ……あはは……さーせんした椎菜ちゃん、あの……お手柔らかに……」
かくして、選択権・拒否権は逆に野々香の方から失われた。
「じゃあ撮るよー、ぱしゃり」
衣装チェンジを終えた2人は、服屋さんでお友達とお着替えタイム!と言う内容のポストをするため、まずは街での簡単な1枚を撮ってみることにした。
今度は椎菜の全身像をしっかり画面に入れつつ、撮影者である野々香は再び右下からひょこっと首だけを出している。
椎菜の服装は、結局黒が主体のものになった。
さんざん着替えさせておいて何だが、なんだかんだ彼女に一番似合う色は黒だ、と野々香も思っている。
ただ飾り気のない黒では寂しいので、胸元に大きな白いリボンをあしらった黒のブラウスに。下は白のレース・フリルが付いた黒のロングスカートで、いわゆるゴスロリ的な格好にまとまっている。
以前から着ていて似合っていた黒のローブ姿に、装飾だけを施したようなコーディネートだ。
ファンタジー要素を取り込みつつ、リアルに街を歩いてもいいくらいの姿に落ち着いた、と思う。
「よし、これで可愛いあたしのお友達でーす、と……」
「野々香さーん?」
投稿のためにスマホを出し、再び右下映りの自撮り形で撮影しようとした野々香のピンク色の肩を、椎菜ががしっと捕まえた。
「は、はい」
「別にそんな無理した撮り方しなくても、カメラを逆向きにすれば2人一緒に映れるんじゃないですか?」
「あっ、そ、そういえばそうだね。何か野球選手の写真ってこうしなきゃいけないような気がして」
「もしかして、その姿をポストするのが嫌だったり?」
「いやいや、そういうわけじゃないよ。ただほらあくまで主役は椎菜ちゃんと言うか、あたしは年齢的に青春コンプレックスだし今回モブみたいなケチな存在ってなもんで、三つ指ついて半歩後ろをしゃなりしゃなりと歩く役割みたいな、椎菜より先に寝てはいけないし起きてもいけないみたいな」
「いえいえせっかく可愛く着飾ったことですし、ほら街の皆も注目していますよ。2人主役ってことで、一緒に映りましょう?イナヅマフラッシュで」
すっかり攻守逆転した椎菜と野々香の関係は、既に野々香に有無を言わせない状況となっていた。
笑顔で言っているが背後からゴゴゴゴゴという擬音が聞こえてくる。気がする。
「大丈夫ですよ、僕もちょっと恥ずかしいですけど。この恥ずかしさを分け合いましょう?さぁ」
「うぅー、わかりました撮ります!撮ってアップします!」
かくして、黒地にフリフリしたゴスロリ衣装の少女と、それ以上にフリフリにしまくったピンク色のヒラヒラフリフリ服の野球選手の写真が、球団公式SNSよりアップされた。
意趣返しとばかりに逆に椎菜の着せ替え人形をさせられた野々香は、結果、一番最初に勧めたピンクのフリフリを自身が着て街を歩くことになっていたのだった。
目立たないとは何だったのか……。
そして某校での休み時間。大泉と言う教師がスマホを眺めながら唐突にブフーッと吹き出して笑いが止まらなくなっていたそうだ。
ストッパー役のはずの須手場雀さんからは「いいぞ、もっとやれ」と言うメッセージが送られて来たのに気付いた。
「この路線で!?」と困惑して返した野々香だが、グッドサインスタンプ一発返されて黙られてしまった。
そして直後、「野球選手さん、ピンクのフリフリ衣装で街を闊歩してしまうwwwww」と言う様なスレッドが各野球関連まとめで乱立して大騒ぎになったそうだが、この時点では椎菜も野々香もそんなことには気付いていない。




