第31話 「定番のあれ」
キャラクターおさらい
大諭樹……ニャンキース一塁手、4番で主砲。野々香が気になりつつ自発的にフォロー役をつとめる。
日暮有人……ニャンキース三塁手、1番。チームの鉄砲玉でムードメーカー。
助守白世……ニャンキース捕手。野々香とバッテリーを組んでいる慎重型。
涼城椎菜……異世界移動用の転移魔法を使う元魔術師。黒髪ロング黒ローブ。今は高校生。
須手場雀……同性が必要な場面で野々香をフォローする女性スタッフ。公式SNSも担当。
4月7日、月曜日。時刻は正午過ぎ。街は都内某所。
「来たぜ。都会の雑踏。僕らの街」
姫宮野々香は久しぶりに、私服でこの街に降り立った。
白のシャツに薄いブルーのジャケットを羽織り、グレーのチェックスカートをベルトで留めている。そんなにオシャレを楽しむと言う感覚はなく、動きやすく目立ちにくい恰好を選んだ。
ぱっと顔が見えてしまわないようにつばの長めなキャップも装着。まずないとは思うが、雀より一応身バレ対策はしておけと言う忠告を受けている。
ただ、目立ちにくい恰好をしていようが無闇にそわそわしていれば意味がない。
「はぁ……椎菜ちゃん大丈夫かなぁ……無事にここまで来れるかなぁ…途中で変なチンピラに絡まれたり異世界に転生したり、異世界に転生した上で変なチンピラに絡まれたりしてないかなぁ……」
最悪異世界に行っても椎菜だけは自力で転移、帰還出来るのだが。
待ちに待った日だけに、ぼそっと呟く野々香の心配は過剰なほどだ。
今日と言う日を楽しく過ごすためにしばらく生きて来たと言っても過言ではない。それくらい野々香は楽しみにしていた。
野々香の椎菜に対する執着ぶりはほんまにお前恋でもしとるんちゃうか、と言う程異常なものではあるが、これもまた異世界での椎菜が必要以上に人を遠ざけていたことに起因する。
とにかく自罰的で、放っておくと危なっかしい子だったのだ。今の彼女はそういう危うさもすっかりなくなったが、野々香の心配性だけが残ってしまい、こうなっている。
不意に、ポン、とスマホの通知音が鳴る。
「そろそろ着きます、もう少し待ってて下さい」と、椎菜からのメッセージだった。
「待てって、何秒!?」
勢いでスマホにかじりつく野々香。小学生の問答か。
気味が悪いくらいじーーーっとスマホをガン見している時点で、目立たない様にと言う思考が破綻している。
ほどなくして、そんな不気味な野々香の前に、柔らかい声で「お待たせしました」と言いながら彼女が現れる。
涼城椎菜、今日から高校3年生。約束の野々香とお出かけの日だ。
「わぁぁぁ!椎菜ちゃん、待ってたよ!」
満面の笑みで野々香は駆け寄ると、即座にぎゅーっと椎菜を抱きしめる。
往来で女子同士のハグに椎菜は若干引き気味だが、異世界の頃からこんな感じなので割と慣れている。いや、やっぱり恥ずかしい。
「今日はふたりでサボタージュしようぜ!」
「いえあの、ちゃんと始業式出てから来たのでサボってませんけど……」
今日は始業式で、学校は午前で終わり。
野々香完封劇の福岡観戦旅行から帰り、すぐ翌日のデート(野々香談)だ。
野々香は10日まで試合がないので余裕があるが、この日を逃すと椎菜が学校の授業開始になり帰宅が夕方になってしまう。
そこで、始業式の日にそのまま直行して貰った。
名目はデートと野々香がぬかしているがそれだけではない。
学駆と椎菜、並びにチームの広報も兼ねて今日の動向はSNSにアップする流れになっている。
念のため呟く内容はスタッフの須手場雀が逐次確認して、問題なければ選手・姫宮野々香公式のポストとして発信されて行く仕組みだ。
自由に呟かせて貰えないのは、もちろん野々香が何をやらかすかわからないからだ。
と言うのは雀の一存により決定しつつ隠蔽されている。
ひとまず食事がまだなので、静岡ではなかなか行けず椎菜も行った事のない店に目星をつけてごはんタイム。椎菜はいかにも乙女な様子でパスタに感動している。
食べるものはパスタだが、野々香は体を動かす仕事の都合上結構な量を食べるため、空いた皿が複数枚になっていた。
おかげで見た目の女子会っぽさはだいぶ薄れている。
最初に塩パスタないですか。とか注文しようとしたけどそんなもん洒落たパスタ屋にあるわけがなかった。いや、普通の店にも塩パスタはないが。
「椎菜ちゃん、2年生が終わったけど学校は慣れた?」
「はい、皆さん優しいですし、勉強も新鮮で楽しいですよ」
それを聞いて野々香は安堵する。
異世界から戻って日本の事を知らないまま高校に入った椎菜は、最初はわからないことばかりで大変だったのだ。
彼女の頭の良さと興味の深さ故に、何段も飛ばして知識を吸収して行ったが。
聞いた話によると、最初は困った時頻繁に学駆を頼ったせいで「転校生が教師に色目を使っている」と言う噂を流され、嫌がらせを受けたこともあったとか。元から知り合いで連絡先も知ってる学駆と椎菜のやり取りが多いのは当然なのだが、学駆も結構人気の教師だ。妬みによるものもあったのだろう。
ただ椎菜も野々香以上に異世界被害に鍛えられた子だ。ちょっとやそっとでは動じず、結局それもすぐに終息したそうな。
「最初はちょっと喧嘩になっちゃった方もいましたけど、今は仲良くしてますし」
多分、仕掛けた側はちょっとのつもりじゃなかったんだろうなぁ、と野々香は思う。
聞いた噂によれば、チンピラに襲わせたら撃退し、パパ活に巻き込んだらパパを従えて、直接口喧嘩を仕掛けたら相手がもう来ねぇよ、ウワァァンと言いながら逃げて行ったそうだが、詳細はなんか怖いので聞かないことにする。
「あはは、まぁ、仲直り出来たなら良かった……うん」
意外な事に椎菜も結構な量を食べていた。小さくて細くていかにも美少女然としたキャラなのによく食べる姿はギャップ萌え感がある。
「日本に来てから食事が美味しすぎて、つい食べ過ぎちゃうんです」
と椎菜がにっこり笑うのを見て野々香は悶えた。
「かわいい。正義。どんどん食べなさい」
量はともかく食べるのはややゆっくりな椎菜を、孫を見つめるおばあちゃんの様な視線で(だといいな)野々香は眺めていた。
とりあえず食べ終えた後、広報用に空になった5枚ほどの皿をSNSにアップしてみた。
椎菜の姿はまだ出さず、皿をメインに映して野々香が右下からひょこっと顔だけ出している様な写真だ。
呟きの下書きを見た雀が遠く静岡で「食う前に出せよ!どんな女子会だよ!映えねぇよこれじゃあ!!」と叫んだが、本人には聞こえるはずがない。
一応写真はアップされ、右下野々香のひょっこり顔だけでそこそこ好評を得た。
皿の数はまぁ、野球選手なので。あの体のどこに入るんだとは言われていたが、選手は食べないと体が持たないので普通の量だ。
食事を終えて、さて次は、と言う所で早速野々香の欲望が炸裂する。
「制服も映えるけども……やはり椎菜ちゃんを魅せるにはね、ファンタジー要素が必要だと思うんだよ」
びすぃ!っと人指し指をおったてて野々香が力説する。学校から直に来たため椎菜は制服のままだ。
藍安大名電の制服はブレザーだが、色が濃いので少し地味。もっとも、彼女は普段から黒系の地味な色が好きなので気にしないが。
細くてスタイル的には全体に控え目なので、異世界では黒ローブが特に良く似合っていたのだが、お出かけしましたよー的なネタを公開をするのであれば、ここは服装を一工夫入れたいところである。
自分の事はさほど映え意識してこなかったくせに、椎菜をプロデュースとなると目の色が違う野々香だった。
「僕はこういう深めの青系や黒い服好きですけどね。この色だとなんて言うんでしたっけ、濃紺?」
「の、ノーコンじゃないよ!最近は!」
「あ、そっちじゃないです。よしよし」
少しいじけてみせたが椎菜が頭を撫でながら慰めてくれたので野々香にとってはラッキーだ。
事実ノーコン寄りの自覚はあるので早めに改善していかないといけないのだが、それはそれ。今日は忘れた。
「やはり、制服のままでは何だし、ここは定番のあれがあるべきだと思うんだ」
野々香が言うが、定番とは?と、椎菜は首をかしげている。
そう、定番のあれとは。
着せ替えタイムである。




