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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
3.前半戦

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33/87

第28話 「なんぼでも」

 完璧だ、と野々香は今日の自分に手ごたえを得た。反省点も生かせている、応援席のみんなのおかげで気持ちも安定している。5回のイニング間に一息つきながらベンチに座っていると、音堂コーチと監督が話し合いをしているのが聞こえた。


「姫宮、なんぼまで行く?」

 そして、音堂コーチから声をかけられた。なんぼ、とはイニングの事か、球数のことか。

「そりゃ、なんぼでも行きますよ」

 どちらでもいい、野々香の返事は決まっていた。


 一軍戦では勲章として、或いは中継ぎの休養のため、完投するだけのスタミナのある投手は重宝される。しかし、二軍戦に完投・完封などと言う概念はない、と言ってもいい。

 それだけのことが出来る選手ならそもそも一軍のある球団は一軍に呼んでいるだろうし、先発の勲章や中継ぎの休養と言う必要性が二軍にはないのだ。

 だがしかし、一軍の存在しないこのニャンキースにはわずかに意味や必要性がある。「完投」はきちんとデータとして残るから、充分な一軍球団へのアピールになるはずだ。


「今日が一番やれそうな気がします。やらせてください」

 コンディション、球数、点差、ついでにその後のスケジュール。

 それらの条件が揃わなければ妥協することもあろうが、この日は全てが整っていた。

 点差。これはあまりに差があり過ぎれば、先発に無理をさせずに交代するのが妥当だと言う考えもあれば、余裕があるからこそ個人の記録に拘らせてやれるとも思える。

 チームとしては、野々香をそんなに長く投げさせる必要はないが。


「そうねぇ。1点取られるか、8回までに100球投げていたら交代させるからね」

 逆に言えば、それを満たさない限り続投。

 監督の実質ゴーサインが出た。


 6回は下位打線。そのままスイスイと行かすかとばかりに粘られたが、力で押し込み三者凡退。ここで73球。

 そして7回表、野々香が再び先頭バッターだ。

「ののかぁーっ!!のーののののののーのののー!!!」

 父、何の歌だよ。


 スポーツでよく「ゾーンに入る」と言う表現があるが、今の野々香はそれに近い。

 あらゆる物事に対する集中力が最高潮にあり、本来ならば相手もいて容易には上手く行かない様なことも出来てしまう。

 極めるとあさっての方向へ向かったボールも勝手に本人の元へ吸い込まれて来るとか。ごめん嘘、そんなことは普通ない。

 ないが、まるで本当に吸い込まれたように、野々香へ投じられたボールは絶好の真ん中付近に来た。


 そうなれば今の野々香はそれを見逃す道理がない。

 カァン!と鮮やかな音と美しい放物線を描いた打球がレフトスタンドへ。

 チーム19試合目にして初の猛打賞となる打球は、これまた初のマルチ本塁打となる4号ソロホームラン。

 この打球を皮切りにチームはさらに打線が勢いづき、8-0と試合を決定づけた。


 こうなると、投球の方も楽になる。相手も細かい戦術などをする余裕もなく振り回して来る淡泊な攻撃になりがちだし、打たれたからと負けに繋がるようなこともない状況なら気持ちにも余裕が出てくる。

 7回、8回も2走者を許したのみでスイスイ投げ切り、88球で2安打2四球無失点。

 9回完封勝利、そんな言葉が目の前に見えて来た。


 そして8-0で迎えた9回裏。

 サルガッソーズは、最後の抵抗に出た。


「代打、茶渡(さど)!」

 9回2死で代打に出て来たのは、昨季二軍本塁打王の茶渡実利(さどみのり)だった。

「よっしゃあ!あの子めっちゃ可愛いじゃん。対戦できるの超~楽しみにしてたんだよ」

 いかにもお調子者、と言う態度でベンチから現れた、紫が入った金の短髪の男は、好奇の視線と軽い態度で野々香に手を振りながら打席に向かった。


 恵まれた体躯に常人離れしたパワーを持ち、芯を食えばどんな球でもスタンドに運ぶ男だ。

 悪く言えば「二軍の帝王」と呼ばれる存在で、二軍ではいくらでも打つ代わりに一軍では大きな活躍がなく、また素行面でも不安視されているため二軍での出場数、打席数が多い、結果二軍でホームランが多い。と言う選手でもある。

 だが、完封勝利を納めるのにこれほど厄介な打者もいない。


「正直、歩かせてもいいと思うんだけど……」

 助守がマウンドに来て言う。ベンチも思案しつつマウンドの状況を見守っているようだが、野々香は首を横に振り、ついでにベンチに×印を作ってアピールしてみせた。


「勝負か」

「姉さん、そういうとこ漢!って感じでかっけえよな」

 樹と有人も納得、と言う表情で頷く。

 今日はこの2人はじめ内野守備も集中力が高く好守も連発している。野々香の好調によるテンポが守備にも好影響を与えているのかもしれない。

 ベンチからもサインが送られる。勝負。好きにやってこいと言うことだ。


「なぁなぁ、キャッチャーさんよ」

 打席で茶渡が助守に声をかける。


「あの子、やっぱあんたんとこのチームの誰かと付き合ってんの?」

「はい?」

 何の声掛けかと思ったら、いきなり軽薄極まりない質問が来た。

「知りませんけど」

 本気だとしても揺さぶりだとしても、付き合う義理もない。

「あっそ。誰も声かけねぇんなら俺も今度立候補しよーっと」

 そんな態度なら無駄だよ。そう助守は思ったが、そのまま無視を決め込み、構える。


 1球目、詰まらせるつもりで投げたインハイのストレート。

 これを無理やりな体制でいきなりレフトへ運ばれた。

「ファール!」

 飛距離充分な当たりだったが、レフトスタンドの5m程左の方へ消えた。


「おっほぉ。すげぇ球」

 茶渡は感心しているが、それを平気で運ぶこの男も、やはりセンスは凄まじい。ともすればどこでもホームランにされてしまうのがこういう打者の恐ろしい所だ。


「ゾーンで勝負すると何を投げても危ない気がしますね」

 客席で、考察部隊の椎菜が呟いた。

「椎菜ならどうする?」

「ん-……たぶん、ストライク投げないです」

 学駆の問いかけに、椎菜が苦笑ぎみにはにかみがら答える。

「俺もそう思うが、あいつアホみたいに正々堂々だからなぁ」

「だけどそれがいい、んじゃないんですか?」

 少し意地の悪い顔で椎菜が学駆をからかうと、珍しく学駆の方が少したじろいだ。


「お前にそんな言い方されるようになるとはな」

「僕も、野々香さんのそんなところがいいと思ってますから」

 意地の悪い微笑みから、再び柔和な笑顔に戻って、椎菜は言った。


 助守も同じ考えを持って外にボール球のスライダーを要求した。野々香が首を横に振る。

 このバトルジャンキーめ。若干助守は不満な表情を浮かべた。

 冷静でリスク回避思考の彼からすると、ここでうっかりスタンドへ叩き込まれる方がよっぽど面白くない。それでも勝負、勝負と言い張る野々香。おそらく集中力が高ぶり過ぎているのだろうか。


 2球目は結果インローのスプリットがワンバウンドしてボール。

 3球目はアウトハイの速球を空振りしてくれた。カウント1-2。

 こうなれば少なくともあと2球はボール球でいい。ストライクいらないよ、入れるなよ、と助守はサインをしつつアピール。

 野々香は頷いた。

 助守は立ち上がって中腰で構える。捕手が高目のボール球を要求した時にするポーズだ。


「なるほど、おちょくってんなぁ?」

 茶渡も気付いて不服なような、楽しんでいるような態度で顔をにやつかせる。

 冷静に考えれば見送ればいいのだが、これを意外と打者は振る。挑発されたと思ってしまうのか、慌ててしまうのか、それは良くわからないが。

 そして、高目に渾身のボールが投じられる。


 ッカァン!!


「っしゃあーっ!!彼女ゲットォ!!」

 何の確認も約束もしていないが、勝手に脳内でそういう事になったらしい茶渡が歓喜の声を上げる。

 茶渡にとってはそれもおかまいなしか。無情にもボール球をひっぱたいた当たりは大きな飛球となってレフトへ飛んで行った。

 打球は高く高く上がり、風に乗って伸びて、伸びて、大きく頭上を襲う。

 そして……


 パァン!


 フェンスをあわや超えようかと言う所まで行った大飛球を、レフト楠見がスーパーキャッチ。

 あとほんのわずかの所でボールは失速。それをジャンプ一番もぎ取ったのだった。


 姫宮野々香

 投球成績 27回8自責点27奪三振 防御率2.67 3勝1敗

 打撃成績 打率.278 4本塁打16打点 出塁率.333 OPS.855



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 日曜の例の人さん、こんにちは。 「異世界帰りの野球おねえちゃん 第28話 「なんぼでも」」拝読致しました。  二軍で完投は意味がない、わけでもない。  データとして残るんですか。そもそも一軍が無…
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