第27話 「家族参観日」
迎えた4月5日。4度めの姫宮野々香先発の日だ。
ニャンキースはここまで、8勝8敗2分とまずまずの成績で、西部リーグ3位と健闘していた。2割強だったチームの勝率が5割なのだから、大健闘、大躍進とも言っていい。
ただ今年はそれをしっかり支えるだけの投手陣、打撃陣がいた。
日暮有人は打率3割、出塁率.350前後をキープしてリードオフマンとして成長している。
大諭樹は4番として絶好調。既に4本塁打16打点を挙げており、勝利打点を稼いでいる点でも評価が高い。
助守白世は野々香以外の日はスタメンを外れる日もあり、打率こそ.240程だが、しぶとい打撃と捕手にしては貴重な3盗塁、嫌らしい打撃で上位に繋ぐ役割をこなしている。
そして姫宮野々香。彼女は打撃の方も少しずつ開花を始めている。
荒さは健在だが、それでもホームランが打てるのは何より大きい。現時点で.274、2本塁打、12打点。ホームラン狙いが多いのだが、それでもそこそこの率を残せるのは超常的な戦いで培った目と勘の良さ故だろう。
今日対戦するサルガッソーズは現在12勝7敗1分と首位に付けており、チームの躍進のためにも勝ちたい相手。その2連戦の初戦を野々香は任された。
そして、この試合は家族3人に加え学駆と椎菜を加えた5人が観戦に来る記念すべき日でもあり、3月31日に誕生日を迎えた24歳姫宮野々香の初登板日だ。この試合の後、翌日6日を休養日とし、さらに試合のない7~10日までの5日間、野々香は東京に帰れる事になった。
長いシーズン、まとまった休みを取れることはほとんどないのだが、スケジュールに奇跡の空白があったのだ。
普段であれば登板翌日であっても試合に出して欲しいと主張している野々香だが、前回の炎上を受けて監督やコーチから休暇の打診をして貰えたので、お言葉に甘えることにした。
試合後は家族と合流し、6日には一緒に実家に帰る予定でいる。
少し遅れての誕生日祝いをしてもらったり、約束していた椎菜とのお出かけをしたり、学駆の家でクダを巻いたり、楽しみな事がいっぱいだ。
そして、それらすべてをいい気分で迎えるために、今日は気持ちよく勝たねばならない。
前回の汚名を返上し、自身もチームも勝ち越しの状態で休暇を迎える。
そのために今日は特に入念に準備をして来た。
「さぁ、行きますか!スケさんカクさん」
「助守さんしかいないんだけども」
「どっかにいるだろう、カクさんも!」
「……こないだ一軍の試合でカラス追い払ってたね」
「球が高い!控えおろう」
「縁起の悪い自虐やめろ」
今日は家族観戦に配慮してもらい、打順を上げて3番ピッチャーとして出場する。
1番日暮、2番楠見、3番姫宮、4番大諭の順だ。ビジター先攻なので、初回に打席が回る。
本来そのくらいで配慮されるべきではないのだろうが、そう言う面でもこのチームの首脳陣は優しい。盛大に活躍してゆっくり休んで来なさい、と言う監督と尾間コーチの言葉に応えなければならない。
初回、いきなり日暮有人が出塁する。野々香も気合の入る一戦ではあるが、今日は有人も顔つきが違った。高い集中力で相手投手のフォークを見極めると、3-2から真っすぐを狙い打ってセンター前。
楠見に回るところで、ネクストバッターズサークルに野々香が移動すると、聞き覚えのある声が耳に響いた。
「の・の・かぁーーッ!!」
父だった。
父かよ。いや、父かよ。
なんだかめちゃめちゃ声が響いて来て物凄い気が散る。
元よりそんな大声で応援するような空気がまだこのチームにはなく、まして今日はビジター、サルガッソーズホームの宝珠スタジアムだ。
当然応援団や応援歌で盛り上がっている事もないので、大騒ぎする人がいたら当たり前に目立つ。
それが父、昌勇だった。
「の・の・かぁーーーッ!!」
いや、父かよ。なんでだよ。
心の中で3回くらいツッコミを入れながら野々香が振り向くと、一塁側内野の固定席付近に、いた。
父の昌勇、母の陽代、妹の法奈、そして大泉学駆、涼城椎菜。
みんなが笑顔で手を振ってくれている。
以前は遠慮したのだが、こうして見慣れた顔に囲まれていると不思議な感情が湧いて来る。心強い。
「の・の・かぁーーーーッ!!」
うるさいよ、父。
こういう時、それまではスカした顔してた父親が一番娘の応援に気合が入っていたりするあるある。
父の機嫌は野々香が決めている。
見れば自分で野々香の写真を張り付けただけの謎お手製メガホンを振り回している。いかにもおじさんが頑張ったけどもローテクな感じなのが切ない。
父をあまり相手にするとこちらが恥ずかしいので、椎菜の方に向かってそっと手を振った。
彼女がふわっとした微笑みで手を振り返してくれる。相変わらず着飾らない椎菜は異世界で着ていた黒ローブが黒ワンピースに変わっただけのような地味な装いだが、柔らかい微笑みが野々香の愛しさを加速させる。
「いいぞ!いいぞ!ののかぁ!」
まだなんにもしてねぇよ、父。
そうしている間に楠見は四球を選び、繋いだ。無死1・2塁。
友人である楠見にも学駆が観に来ていますよ、と伝えたのだが、「ここで燻っているのはむしろ恥ずかしいくらいなんだ」と苦笑いされた。
一般的には二軍でも充分凄いと思うが、本人からすると一軍との壁は厚い。
前回の反省として力が入り過ぎないよう気を付けていた野々香だったが、改めて家族の顔を見ると妙な安心感がある。
学駆も再三アドバイスを送ってくれて毎日話を聞いてくれた。椎菜との約束は直近の野々香の生きがいみたいなものだ。そして野々香は、誰かが見守ってくれている、誰かのために頑張ろう、と言う意識がある時が一番強い、そんな勇者メンタルだ。
第一打席、余計な肩の力が抜け、軽く振り抜いただけのスイングは、これまでで最も綺麗とも思える軌道と共にボールをレフト方向へ運んだ。
グングンと伸びた打球は、そのままレフトスタンド最奥の芝生にポーン、と弾む。
第3号の先制スリーランホームランだった。
『いいぞ!いいぞ!ののかぁ!!わーーーーーーー!!!』
何故か誰も先導してないのに父の叫びに呼応して結構な集団コールが湧いた。
ホームを踏み次打者の樹とすれ違うと「今日の主役はお前に譲っとくわ」と言いながらハイタッチ。そのまま、観客席の家族の方へ野々香は大きく右手を突き上げた。
打席へ向かう樹が、野々香が手を上げる家族の方をじっと見つめ、何かを察したようにふと頷いて打席に向かったのだが、野々香はそれを見ていない。
「すご。お姉ちゃん、本当に野球してる」
ホームランの余韻に一息つくと、法奈が呟いた。
わかっていたはずなのだが、実物を見るまでは夢のような話だ。本当に、ホームランを打つ姉なるものが実在した。
「お姉ちゃん、凄いわねぇ。小さい頃から野球大好きだったものねぇ。急に背中からバット出したり」
「それは多分関係ないと思う」
言ってる事はとぼけているが陽代も感無量と言う表情だ。昌勇は……なんというか、まだやってる。ずっとやってる。
「改めて、思ったよりいいチームだな」
「日暮さんと楠見さん、4番の大諭さんまでの打線は優秀に見えますね。野々香さんも含めて、この4人で安定して得点出来そうですし、昨年の倍以上のペースで勝っているのもうなずけます」
「だな。大諭も相当の打者だから、椎菜もよく見とけよ」
「はい」
感動する家族たちを横目に、コーチ業兼務の学駆と最近野球にハマっている椎菜は大まじめに試合の考察なんぞをしていたりする。
「さて、先制点はいいとして、あとは前回派手に空回りした誰かさんがどうなるかね」
前回が嘘のように今日の野々香の投球は冴えていた。
「終わったら椎菜ちゃんとデート抑えたら椎菜ちゃんとデート……」
ぶつぶつ呟いている内容が派手に邪気をはらんでいて若干気味が悪いが、高低の投げ分けとカットボール、スライダーの精度が今日は圧倒的で、初回を三者三振。
2回も絶妙に芯を外すカットボールで引っかけさせると今度はゴロの山で、5球で三者凡退に抑えた。
今日はとことん気合が良い方向に回っている。
悔しい負けから1週間、変化球やコントロールを磨き直した成果が出ていた。
3回表、回の先頭打者で迎えた野々香の打席は丁寧にセンター返しを心がけて、ポテンヒット。
7番・鈴村歩のタイムリーで生還し4点目が入る。
「ののかぁー!!!ノ、ノァーッ!ノアァーーーッ!!」
父、うるさい。
ホームに還るとまた客席で家族が湧く。そうして応援してくれる人がいると言うのは格別だ。
野々香はどんどん気を良くして、3回もポテンヒットを許したのみ。それも助守が盗塁を刺して、4回に四球で出た走者はファースト・樹の好守で併殺。5回まで打者15人を無失点、球数も58と完璧な試合運びだった。




