第26話 「そんなんじゃねえ」
大諭樹は、元々能力は飛び抜けて高かった。選手としての信頼はあったし、周囲からも実力は認められていた。
しかし、能力が突出しているが故に、浮いていた。そして増長していた。
チームメイトのことは見下して、誰とも信頼を築けず。そんな状態で樹が少々打ったところでチームが勝てず、高校、大学共にプロスカウトへの目立ったアピールは出来なかった。
そして、興味を持たれても、チームメイトとの不和等を理由に危険性ありと判断されて、ついにはどこのチームからも声はかからない。
こんなはずはない、自分は真剣にやっている、付いて来られない奴が悪い。理解しない周囲が悪い。
プロ球団に関わる連中に直に実力を見せてやれば、すぐ声がかかるだろう。そう思ったのがこのニャンキース入団テストのきっかけだ。
「ところが、勝負をかけた大事なテストの1打席を、ド素人の女が潰そうとしやがる。打って当然の奴を相手させられるとか、とことん俺は不運なんだな、と思ったよ」
あの時点ではそう見えても仕方がなかったとは野々香も思う。
しかしそれでも、あの時の樹の態度は看過出来るものではなかったが。
「そんなに酷かったんすかあれ。何かモメてんなとは思ったけど。って言うか、今の樹見たら考えらんないっすね」
「僕も真面目にやってるつもりだけど、樹くんがチームで一番真面目に取り組んでると思うしね」
有人と助守もいまだ不思議そうな顔。
ニャンキースに入団してからの樹はまさしくプロのお手本とでも言いたくなるほどストイックで真剣だ。
と言っても野々香はプロの生活を直に見たことがあるわけではないが、プロへ行く人と言うのはこういうものなんだろう、と思える練習態度や密度。生活や体作りにおいても優等生にしか見えない。
「へー、随分丸くなったもんだなぁ、どんな心境の変化があったの?」
「……」
そんなことを素で聞いて来るのだから、この姫宮野々香と言う女は困る。
樹は右手を頭に当てると、頭痛がするという様なポーズを取って渋い顔をした。
流れ的に本人だけは理解出来そうな展開だと思うのだが、理解していないのだから。
「わかんねぇのか。おめーだよ」
樹は頭に当てていた右手を今度は野々香の方へ向け、ぴっと指を差す。
「おめーとの勝負の三球三振。あれで俺の妙な自信もプライドも全部ぶっ壊れた。おかげ様で、全部1からやり直しだよ」
正確には初球か。いきなり投じられた160kmストレート、一目惚れと言ってもいいだろう。それくらい気持ちの良い速球だった。
狭い世界で自己陶酔していた、こんな入団テストなんか通過点に過ぎないと言う態度でいた樹が、あれで目を覚ましたのだ。
「あはは、あたしもあれで気合入ったみたいなもんだしなぁ。あの球投げられてなかったら落ちたかもだし、お互い良かったんだね」
あの時、妙に力加減がどうのと心配していた野々香も、樹の謝罪で目が覚めた。
中途半端に150kmくらいの球を放っていたら、ヘタをすれば不合格、今こうしてはいられなかったろう。というか、160kmを投げてもこの有様だ。一軍はまだまだ遠い。
「まぁ、だからよ。上を見て気合が入るってのは悪い事だとは思わねぇぞ。お前に足りないのは、基本的な技術とか球種の幅とか、そういうのだろ。今出来ることやっときゃいいんじゃねえの。ただ、足元もちゃんと見とけとは思うけどな」
野々香が適当に放り込んでおいて忘れられた肉を回収しながら、樹は言う。
まだまだ野々香は半素人なのだ、基礎能力の高さに、少しずつ技術を追いつけて行けばいい。
こうしてずっと野球をして来た選手たちのアドバイスを受けられるのも、恵まれている。
「はい、ありがとーございます先輩方!」
来週、4/5の登板は土曜日。家族がわざわざ福岡までみんなで足を運んでくれるらしい。
ついに、初の家族参観試合。それに、そのあと少しだけオフもある。
1週間で出来る事を出来るだけしよう。
野々香はそう決心すると、慰める会の会計を全額支払いに行った。さすがに立場がないのでやめてくれ、と特に助守に止められた。
……冒険で失われたもの、金銭感覚。
「……で、途中でさらっと反省会に話題を戻してやがったけども、なんでもっと押さないのかね樹くん?」
解散……というか、他3人は同じ寮なので野々香だけが離脱して、その後。
有人は非常に不満と言う態度で呟いた。
「日和ってるやついるぅ?いたよなぁ!?」
「今できることをする!って自分で言ってたよねぇ樹くん」
助守も露骨に不満を露にはしないが、疑問手だと首を捻る。
「そ、そんなんじゃねえからだよ」
2人の追及に樹は知らん顔をするが、若干の動揺はやはり見える。
「ウソつけや。今のエピソード話したタイミング以外にいつやるの?って流れだろうよ樹ィ。」
樹が野々香に対してただならぬ想いを抱いているのは、少なくとも有人と助守にはバレバレだった。何なら、気付いていないのは野々香だけではなかろうか。
そして2人の繋がりを生んだ大事なエピソードも披露した。
ここで想いを打ち明けないことには絶対に進展などしないだろう。有人と樹はそう言っている。
「大体だよ、あンだけ完璧美少女の姉さんがフリーだと思うか?あんなの男がほっとくわけねぇだろ。そういう面で見ても、まずは行くだけ行って玉砕なりしてみろってのよ。横目にチラチラ見てるだけじゃあそのまま折れんぞ、そのフラグ」
そもそも、男だらけのこの世界に飛び込んで来るのに単身なわけもないはず。誰かしら男の関係者の力は借りないと、まず入団すらままならなかっただろう。と有人や助守は考えている。
……そうでなければ、有人も思う所がないわけではないのだ。
実際に、この3人が知らないだけで、野々香には学駆と言う実質婚約者みたいな存在がいる。
結果としては想いを伝えても玉砕間違いなしなのだが、もどかしい態度のままの樹の背中を、2人がついでに押した格好だ。そもそも樹の過去の話を振ったのが野々香自身であったのも好都合だっただろう。
「そうだ、送るとかなんとか言って追いかけて来いよ。俺らがいたら話しづれぇのはあるもんな」
有人は江戸っ子気質の、口調は荒いが人情家タイプの男だ。
樹とは入団から結構な付き合いだし、友情を優先させて背中を押したい気持ちが強いのだろう。
だが、しかし。
「行かねぇ」
今度は確かな決意を持って、樹は言った。
「日和ってるわけじゃ、ねえのか?」
「お前の言う通りだよ、有人。あいつは多分これからも男に絡まれる。けどそいつはプロ目指すにゃ邪魔な存在でしかねぇ。元から男がいるとしても、ここにいて野球やってる限りはそいつは何にも手助け出来ねぇだろ」
学駆が出来る事は通話をもって互いの状況を語り合う事くらいである。
もっとも、その気になれば静岡まで飛んでくる事も出来なくはないが。
「俺とあいつは、真剣にプロ野球選手として生きてる途中だ。だから、あいつが1軍に指名されるまで、余計な邪魔から俺が守る。多分、俺らしか守れねぇ。そんで、その上で俺もあいつと一緒にドラフトに指名されなきゃいけねぇ。だから、そんなんじゃねえんだよ。それは、余計だ」
樹の表情に迷いはない。
まず何よりも優先されることは、野球選手として花を咲かせること。
それが、野々香と出会い変わった真剣で不器用な男の結論だった。
「わーった」
有人はすんなりと一言で納得の意を表すと、
「俺たちで姉さんを守ろう。そんで、プロんなる。言えなかった泣き言がありゃあその時聞いてやるよ」
いつも以上にさわやかな笑顔で、友人の肩を叩いた。




