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第2話 「野球おねえちゃん、始動」

「やりゃいいんじゃね?お前がヒリつきたいんなら、プロにでもなれば面白そうじゃん」


本格的に野球をやりたい。

呟いた野々香(ののか)に、学駆(がく)の返事はまさかの肯定だった。

ニヤッと笑うその表情は、イタズラを思いついた子供のようだ。

背が伸び大人びた顔になった今も、そういう時の悪ガキ顔は変わらないな、と野々香は思いながら。


「へ?今から?なれなくない?」

女子野球の話だろうか?と、野々香は一瞬考えた。

だが、男子に混じって野球をやれるほどの身体能力となれば、女子選手の方に挑戦してしまってはもはや現実離れしており、目立ちすぎる。チート無双がしたいわけではないのだ。


学駆もプロ野球選手になろうと思えば、むしろ野々香より簡単になれるだろう。

彼は「風の祝福」を受けており、スピード面での成長が異常であった。だが、異常過ぎるのだ。

本気を出すと靴が壊れても100mを8秒5とかで走ったりしてドン引きされかねない。

「やりすぎて目立ちまくるのは好みじゃないし、リアリティがなさすぎると変なのに絡まれそうで逆に怖い。俺は平和に普通の世界で、普通の人間でいたい」と、プロの道には遠慮がちでいた。


「可能性だけで言えば、なれるよ。お前もプロ野球選手に。ドラフトにかかんないといけないから、一軍球団入りには1年かかるけどな」


学駆が言うには、プロ野球選手になるにはまずドラフト会議で指名されること。

そしてドラフト会議で指名されるための条件は……

各プロ球団のスカウトの目に留まることだ。


「二つめ、いきなりざっくりになったね」

「そうだよ。ざっくりだけど、普通出来ない。でも、普通出来ないからざっくりなんだわ」

「なるほどわからん、要は女もいけるってこと?」

「おうよ、ダメとはどこにも書いてないんだ、これが」


学駆がスマホの検索画面をずいっと野々香の顔に突き付けてくる。確かに、規定はあれど、男じゃなきゃダメという記述はなかった。

そして、プロであれアマであれ、テスト内容は50m走や遠投、実戦形式と言った実力重視のものがほとんどだ。


「てことは、監督やスカウトの目に付く所で男子なみにやれるってわかって貰えれば……」

「そういうこった。シンデ……成り上がりプロ選手も可能、ってこと。面白そうだろ?」

「今シンデレラストーリーって言おうとしてこいつにゃ似合わねぇって言い直したよね?」

「気のせい気のせ、おい髪引っぱるなやめろ。痛い、痛い抜けちゃう」

「抜けたら死球の時帽子取れば笑って許されるからメリットだよ」

「そんな限定的なメリットのために長い友達失うのやだよ?」

「友達が大事なら今目の前の友達に失礼を働いた事を詫びろ」

「ごめんち!」


プチィ。

1本抜いたった。


「で、だ。一応プロ球団の試験は直に受けられる。そこで合格すれば次のドラフトで球団入り、これがプロ直行の最短ルートだ。だが」

学駆が再びイタズラモードの顔で悪だくみ披露を再開した。

「プロ球団はもう入りたい奴、取りたい選手が多くてそこまで誰でも相手にしていられない。三軍とかを作って所属人数を増やす球団もあるけど、そこから上がる選手は非常に少ないし……ヘタすれば実績なしの女じゃ書類で落とされるだろう」

「学駆も王家主催の聖剣争奪戦に盗賊なんかダメって書類で落とされたもんね」

「ドサクサにディスんのやめてくれる?」

「実績ってオークの討伐は含まれますか」

「含まれねぇよ」

「でも学駆が風魔法のノモ・トルネードでオーク一網打尽にした時言ってたじゃん、我らが前に立ち塞がりし敵をホームラン。みたいな」

「葬らん、な?ていうかやめろ!今になってそういうの思い返すと恥ずかしい」


異世界は中二の憧れ、『呪文詠唱』がいっぱい出来て楽しかった。


「……話を戻すぞ。まずはプレーを見てもらわにゃならない。そのために俺からの案が……新規参入した二軍球団だ」

「コシタンズとニャンキース、あっちにいるうちに増えててびっくりしたよね」


プロ野球は昨年……すなわち野々香たちが異世界に行って魔王を戦っている間。

その間に、12球団とその二軍12チームに加え、新規に二軍のみの球団を2つ、参入させた。

現在は一軍12球団、二軍14球団と言う編成になっている。

この球団でのプレーをきっかけに一軍球団からドラフト指名を受けた選手も数名いたし、逆に戦力外通告を受けた選手が再起に賭ける受け皿としても機能しようとしている。が、しかし。


「現状、俺はそこまで成功してないと見てる」


ドラフトでプロ入りしたのはほんの数人。それらの成績も、他を圧倒して一軍確実と言うほどでもない。

戦力外通告からのプロ復帰、ゼロ人。二軍での勝敗表も、東部リーグではコシタンズ・西部リーグではニャンキースが圧倒的最下位であった。

どちらかと言うと見えていたのはプロの壁の厚さ、希望よりは苦しい現実だ。


「このままだとチームを増やした意味を問われかねない。出来ればここで1人くらい、上がった選手が一軍で花開くデカいサクセスストーリーを求めてるはずだ。チームも、何なら球界全体ももしかしたら」

「なーるほど。あたしがそれになればいいと」


学駆はそういうこと、と頷いた。


「俺も一応元野球部、現野球部顧問だ。知り合いでニャンキースの選手やスタッフしてる奴がいる。俺から女がテスト受けますって言えば真に受けはしないかもだが、見てはくれると思う。そっからはお前の実力だけど、お膳立てとしちゃ充分だろ?」

「用意がいいっすなぁ、さすが学駆。パーティーの便利屋!盗賊技能!ずるっこ!」

「よーし褒めてねぇな」

「褒めてるよぉ、何だかんだ舌打ちしながら手を貸してくれるのが得意技だもんね!舌打ちするけど」

「よーし褒めてねぇわ」


なんて言ってるが、学駆は自分でそれっぽいことを言って盗賊になったのを野々香は覚えている。

性格的に名脇役スタイルが好みなのだ。あっちの世界でもとことんブレインに徹してくれていた。


「いいよ、そこまで準備が整ってるならやってみたい。……にしても、なんか整い過ぎてない?」

「いやぁ、あるもん使ってるだけだし。それに言ったろ?そんな気はしてたって。じっとしてるのはまず、お前の性に合わないからな」


と言ってまたニヤリと笑う学駆の表情が野々香には心地よい。

「はー、理解のあるパートナーを持つとありがたいことですわ」

勇者としての自分を支えて貰った礼に、教師としての学駆を支えているつもりでいた。

けれど、彼はそうしながらも、野々香のことを理解し、いざとなれば手を貸す準備を整えてくれていたのだ。


お互い意図せず同じタイミングで微笑み合うと、パン、と右手を交わす。向こうで大事な時に何度かやった、景気づけのハイタッチだった。


中学時代から野球が好きだった。

けれど、その分可愛さとか恋愛とは無縁の生活を送っていた。

高校で学駆と出会って、女の子として見てもらうために髪を伸ばした。メイクも覚えて、顔も整えて、体も結構成長した。

女子からの人気が高かった学駆が、野々香を選んでくれたことがうれしかった。

そしてその人が、新しい夢の支えになってくれると言う。

それならやるしかないじゃないか。

少しずつ昂る気持ちのままに窓から星空を見上げた野々香は、ふいにその昂りを声に出していた。


「いっちょ、やってやりますか。プロ野球選手!やれそうな気がする。そう、恋の逆転ホームランを打ったあたしなら……ね」


「あんまりうまいこと言えてないっすね」

「聞いてんじゃねぇよ!」

「あ、ホームベース踏み忘れてません?」

「お前をホームベースにしてやろうか!」

「おい踏むなやめろやめて新しい扉開いちゃう」


こうして、異世界帰りの勇者・姫宮野々香の、前代未聞のチャレンジがスタートした。



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