番外編「 異世界に来た野球おねえちゃん」2-2
依頼を受けてコカトリス討伐に向かう学駆、野々香、アリサの三人+自称案内人のジャヒー。
森を少し進むと、木々がなくなり広めの草原に出た。
「コカトリスはこの辺りに出るはずだぜ」
と、一応案内役を務めてくれるジャヒー。この草原が商人たちの休憩所になっているのだが、近くに住み着いたコカトリスが餌場として空から攻撃してくるため休まらない、とのことだ。
ひとまず草に危険そうな要素がないことを確認して、野々香は適当に腰を下ろした。
「つまり、休んでる空気を出せば襲って来るかもしれない。みんなも座って、そして歌おう!ある日ーパパとーふたりでー、みぎてにてつのつめラララー」
「なんで歌うの!?どうせなら休もうよ!」
「あっ……パパ、もう会えないのかもしれない……」
「急に自分の歌った内容で凹んだ!」
「なんなの、最初のスキル、自爆でも習得したの?やだよ自爆持ちの仲間。嫌がらせで友達から自爆持ちの伝説モンスタートレードされたことあるけど」
しかし、野々香の歌に学駆・アリサのツッコミでうるさく騒いだことで機嫌を損ねたか、空に不穏な影がふたつ、現れる。
人間と同じくらいの大きさの、ニワトリの様な姿をしている魔物だ。翼は小さいのに、何故か空中で自由に動き回っている。
露骨に敵意を向けて来るのがわかるので、通りすがりの動物さんなはずはない。
「あれ、コカトリスだよね?」
アリサの問いに学駆が頷く。絵姿とも一致した。
「ニワトリがなんで飛ぶのんー!?」
「ニワトリじゃねえからだよ!いいから立て、構えろ!」
慌てて武器を用意しながらのんきな事を口走る野々香に、学駆は指示を出しつつ、武器を構えた。
「ジャヒーさん、アリサの護衛をお願いします!」
「お、おうよ!」
頼りない返事だが、ジャヒーも応じてアリサの方へ回る。
敵は空中。スピードのある学駆がまず対応する必要がある。
そう判断し身構えると、コカトリスの一匹がこちらへ突進して来た。速い!
「ファイヤーボール!!」
咄嗟に回避行動に出ようとした学駆だが、その一瞬前に、背後から大きな火球が飛来、空中で着弾した。
火球の勢いに押され、翼を炎上させたまま、コカトリスは数メートル先に落下。そのまま火炎に全身を飲まれて、動かなくなる。
「あ、当たったー!良かったー!」
魔法を使える事に高揚しているアリサの判断と行動は早かった。突進に対して撃てば的を外すこともない、的確な一撃で1匹めを絶命させることに成功する。
明らかに脅威はあそこにいると判断した2匹めのコカトリスは、大きないななきと共にアリサの方へ空から突進して来た。
「アリサちゃん!」
「大丈夫、もう一発!ファイヤーボール!!」
突進して来るならば、することは同じだ。アリサは野々香の声に応えると、すぐさま再び火球の発射を試みた。1匹めを簡単に倒したこと、倒せてしまったこと。それが、ここでは完全に災いする。
火球は、出なかった。
「あれ……っ」
その瞬間、脳が揺さぶられるような感覚にやられ、ふらつくアリサ。
まだパラメーターの扱いに慣れず、気付かなかった。魔力切れだ。
「ジャヒーさん、守りを……!」
学駆がそう言いながらコカトリスの方へ向かおうとするが、その時ジャヒーがまさかの行動に出た。
「わ、悪ぃ!俺、無理だわ!」
悲鳴のような引きつった声を上げると、ジャヒーはあろうことかアリサをコカトリスの方へ突き飛ばし、一目散に逃げだした。
「お、お前ぇぇ!」
「ふざけっ……」
野々香と学駆が抗議の声をあげながら大急ぎで駆けつけるが、間に合うはずもない。
「ぐぁっ!」
コカトリスの突進をまともに胸部に受け、アリサは突き飛ばされる。
幸い胸当てがあるので致命傷ではなかったようだが、その衝撃でアリサは動けなくなった。荒く息をつきながらうずくまり、うめいている。
学駆がどうにかコカトリスの注意を引こうと背後から攻撃を仕掛けるが、大したダメージにはならない。銅剣で叩けば多少ひるみはするが、幾度か叩かれても構う事なく、アリサを足で掴み拾い上げると、再び空へ舞い上がった。
「アリサ!」
「連れて行く気!?」
鳥の姿をしている以上、可能性として考えられるのは餌だ。そのまま連れて行かれれば、おそらく巣に運ばれて……
「くそっ、いきなりこんなの、許せるわけねぇだろ!おい、そいつを放せ、おいっ!!」
学駆は猛スピードで追いかけるが、しかし空中に行ってしまった敵に接触出来るはずもない。
せめてもの一矢に銅剣を投げ付け、一瞬悲鳴を上げさせたが、それまで。
声が枯れる程大きな声で叫ぶが、コカトリスは相手にしてくれない。
どくん。
その時、野々香の元に何かが目覚める感覚があった。
仲間を想う気持ちと、理不尽な悪党に対する怒り。
こみ上げて来たそれが一気に最高潮に昂ると、何故か自分が今「やらなければならないこと」が自然と浮かんでくる。
そして、それをするために必要な力もまた、不思議と心に浮き上がっていた。
静かに息を吸う。
この感覚は、久しく感じていない。
ここは、マウンドだ。
男子と一緒にグラウンドを駆けずり回り、楽しく野球をしていた中学の頃の、感覚。
右手に力が宿る。
敵は届かない場所にいる。ならば、やらなければならないことは、一つ。
浮かび上がり、右手に発現した"光"を、全力投球であれにブチ当てること、だ。
「イ・ウィステリア……フラアァァーーーーーッシュ!!」
ピッチャーのように振りかぶり、コカトリスの方へ視線を向けると、そのまま野々香はまっすぐ。
叫びと共に生まれたその光球を、投げた。
ばしゅん!
空中にいる相手の動きを捉え、かつアリサには当たらない最高のコントロールで。
その光球はコカトリスの体を撃ち抜いた。
「心臓……止まるかと思った……!」
ぶっつけ本番の一撃で見事にコカトリスを仕留めた野々香は、荒く息をつきながらその場にへたりこんだ。
学駆がアリサを受け止め、生存を確認。さらにコカトリスの死亡も確認すると、アリサを抱えて野々香の元へ走って来る。
「やったな、野々香」
「ありがとう……ほんとに、ありがとう……!野々香さんは命の恩人だよ」
学駆、アリサとハイタッチを交わすと、疲れ切った姿ながらも野々香は笑顔を見せる。しかし同時に、震えもこみ上げて来た。
「ほんと……ほんと、良かった……アリサちゃん、死んじゃうかと……」
これから生死を共にする仲間とは言え、出会って間もないアリサの事を本気で心配して、安堵の涙を流す野々香の姿にアリサは胸を打たれる。
「うう……怖かった……よかったよぉー……」
同時に、アリサの方も緊張の糸が切れて、涙がどんどんこぼれて来た。
学駆もそれを見て緊張が解けそうになったが、脅威が去ったとは限らない。
俺だけは、冷静さを保っていないとダメだ。そう思い周囲を見渡しながら、しばらく二人でわーわーと涙を流し合うのを眺めていた。
「光の祝福……光魔法みたい、あたしの力」
帰り道。
パラメーター(メーター)にコカトリスの討伐を確かに刻み込み、ダメージや疲労、後遺症がない事を確かめると、一行はすぐ帰路についた。
倒して終わりではない、帰り道こそ気を付けるべし。
二度と会う事もないし会いたくないし会っても会話するまでもなくぶっとばすであろう、ジャヒーの最後の教えだった。
「うちはめっちゃ納得だなー。学駆さんはブレインで、野々香さんがリーダーって感じ」
"イ・ウィステリア・フラッシュ"。
この新たな力が人の命を救うために力が覚醒した、のか?それは野々香本人はわからない。
しかし、事実救われたアリサにとってはまさしく恩人だ。これを勇者の目覚めと感じてしまうのは自然なことだろう。
あれから、ただでさえ気の合っていたアリサはすっかり野々香に懐いてしまった。
「うち一人っ子だから、姉ちゃんに憧れてるんだよねー。あのさ、ののちゃん、とか呼んでもいい?」
「うへへ、いいぞー、かかって来い」
「わーやったー」
「じゃあ、あたしはずっとアリサちゃんって呼ぶね」
「あれっ!?それは……うーん、断りにくくなったなこれ?」
野々香がごくたまにするデレッデレな顔を見せていることに学駆としては少し複雑だが、ああも衝撃的な出来事があっては仕方ない。
それに学駆も、野々香の力の発現は、野々香の性格的長所がもたらしたものと思ってもいる。
「光の勇者、野々香……か」
「うぇぇ?学駆、急に恥ずかしいこと言わないでよ。中二か?」
思わず呟いた学駆に、野々香の方が戸惑い顔だ。普段なら先に野々香の方からアタイが光の勇者やぞ!とか言って学駆に冷めた目で見られるパターンだけに、先に言われると不意打ちを食らった気分である。
「いや、意外としっくりくると思ってな。いいんじゃねえか、勇者。そもそも、俺がそういうガラじゃないしさ」
「学駆って暗躍タイプだもんね」
「何か人聞きが悪いけど否定はしない」
「光の野々香。陰の学駆。……うん良いかもね!これでいこう」
「待ってなんか違う微妙にニュアンス違う凄い悪口に聴こえる」
学駆は自覚症状的には"風"だそうだ。とは言え、それも野々香に比べれば勇者には適さない事に変わりはない。
陰属性、なんて呼ばれると何だか別のダメな人っぽいのでごめんだが、陰から支えるタイプのサポート役として、自分はいるべきだろう、と判断した。
「命の危険もある事だから、もちろん危ない事は俺が引き受ける。けど、俺たちパーティーの旗印としちゃあ、野々香。お前に任せるよ」
「よろしくな、ののちゃん!」
こうして仲間たち(まだ二人だが)の支持を得て、野々香は暫定勇者の称号を得る事になった。
光の勇者、野々香。
後に見事魔王を討伐する勇者と、そのパーティーが誕生した。




