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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
2.開幕編

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23/87

第20話 「開幕戦、結果」

投手兼DHって何?って思った方は、某メジャーの二刀流選手の名前で近年に追加されたルールをご確認下さい。

 ピンチを切り抜け、2-0のまま迎えた2回裏。

 当たり損ないの内野ゴロを助守が足でヒットにすると、一死一塁で9番、野々香の初打席が回って来た。


 二軍の試合は基本、DH制である。投手が打席に入るのは、一軍の模擬戦的に行うセリーグのチームくらいだ。

 いくら新人チームとはいえ、これまでの情報と、わざわざ投手を「兼DH」で打席に立たせる選択から、自信がありますよと言うのは丸わかりなのである。つまり、セリーグ一軍で見られる、打てない投手であれば力を抜いた球を投げてくる……みたいな展開は期待出来ない。

 全力投球の投手をしっかり打たなければいけないのだ。


 そこで、野々香は右打席に立つと両目をしっかりと見開き、

「ここで、意表を突いた!自分も生きようと言うバントォーッ!!」


 かひょっ。


 思いっきりバントを空振りした。


 …………。


『アホォーッ!!!』

 ベンチから思いっきり罵声が飛んできた。


「大してバント練習なんかしてないだろおまえ!」

「出来ない事しなくていいぞ!」

「大体どこ転がしたって君の足じゃセーフんなんないからね!?」

「推しがドジで尊いですぞ」

 口々にツッコミが入って唐突に空気が逆方向へ傾いた。


 逆にセリーグの一軍を見慣れた事による悪いクセだ。とっさに「バントなら二死二塁で1番に回るから悪くないんじゃ?」と言う思考が働いた。苦笑いすると、野々香は気を取り直して構える。

 バントもあると踏んだためか、1球大きく外すと、2球目も外へのボール球が来た。カウントは2-1。

 なるほどなるほど、と野々香は思う。


 そもそも、姫宮野々香は、色々と持ってる女である。なので、そうなるはずはなかった。

 記念すべきプロ初打席を送りバントでお茶を濁すなど、するはずはなかったのだ。


 カーン!


 いくら油断ならない打者だと思われていても、やはり投手相手では投げにくいと言う事はあるらしい。

 まして、女子だ。いきなりのインコースは、おそらくない。以前学駆が話していた思考を、野々香はまたしても最大限利用した。

 ……最初くらい、いいよね。ちょっとズルい女だけど。

 思いきり踏み込んでの外角球、狙い撃ちが炸裂する。打球はセンター方向へまっすぐ、一気に伸びると、バックスクリーンに直撃した。球場がこれまでで最大の大歓声に包まれる。


 姫宮野々香、初打席初本塁打初打点。さらに、まさかのバックスクリーン弾だ。

 にゃんキースタジアムは実は広い方であり、センターまで122mある。おかげでチームの本塁打は昨年から寂しいものであったが、そこにぶち込んだ女子の話題は一瞬にして日本中を駆け巡った。


 試合もニャンキースは4-0と、トリトンズを大きくリード。

 勢いに乗ったチームは投打、守備ともに冴え、5回まで4-0のリードを守ったまま終了。

 野々香も捻じ伏せる投球で2被安打1四球無失点。まだトリトンズは選手の調整、選抜段階であることも幸いしピンチらしい場面もなく切り抜けて行った。


 しかし、6回。3巡目の先頭から始まるこの回、1本ヒットを許してしまい、4番北仁屋(きたにや)に打順が回る。ツーアウト1塁。走者を増やすのも良くはないのだが、ホームランを打たれるよりは無理に勝負をしない選択肢もある場面だ。


「勝負で、行きますよ」

 初めてマウンドに向かった小林監督を前に、野々香は迷いなく言い放った。

 まだ先程決めた方針は解けていない。0点で抑えている限りは強気で。


「ああ、構わないよ。せっかくの1軍選手との対戦機会だ、しっかり勝負して来なさい」

 これを小林監督は支持した。一軍主力との対戦を避けてしまう様では本末転倒とも考えられる。

 ここまで野々香の球数は87球。回を追うごとにストライクが入りにくくなるのが今の課題点で、少し球数が嵩んでいる。


 そのため、野々香はこの回を完了したところで交代、と告げられた。

「わかりました。この勝負に全力出して来ます!」


 北仁屋望(きたにや のぞむ)は、この状況を密かに楽しんでいた。

「どうだい、彼女のピッチング?」

 ふと二軍監督から出たその質問に、彼は満足気に笑う。


「噂に聞いただけでは眉唾ものだと、相当の贔屓目で見られてるだけなんだろうと思っていましたけどね。これはいい、あの子本物だよ」


 どん詰まりの二塁打の次打席は、ほぼ芯で捉えていたと思われたが、危なっかしい動きのセンター鈴村がうまく捕球した。結果で言えば2打数1安打だが、捉え切れてはいない。

 あくまで調整段階とは言え、昨年のパ最強打者に火を付けた。

 真剣勝負であるがゆえに、勝負師の性、色気を出してしまうと言うことがある。

 ここまで強気の攻めを貫いて結果を出した野々香と助守のバッテリーだが、ここの真っ向勝負はまだ少し早かった。


 力対力。バッテリー自身も希望通りのストレート勝負、こういう場面でこそさらに調子を上げる野々香の、ここに来てこの日最速の161kmの直球を。


 カーン!


 打たれた。


 ピンポン球のように、と言う例えがあるがまさにそれだ。大きく弧を描いた打球はレフトスタンド、さらに奥の方へ飛び込んで行った。

「さすがに新人の直球を3打席も捉え損なったんじゃ、ホームラン王の名が泣いちまうからね」


 4-2となるツーランホームラン。

 完璧な打球を見送った野々香は、それでもどこかスッキリした表情だった。

 ベース一周を終えてホームを踏むと、ベンチに帰る前、北仁屋はキャッチャーの助守とすれ違う。そして、こっそりとつぶやいた。


「間違いなくいいピッチャーになるよ、彼女は。1軍で会える日を楽しみにしてるって、伝えてくれ」


 4安打2失点で6回を投げ切り野々香はマウンドを降りた。

 ナイスピッチ!とチームメイトやファンからの声が心地よい。

 そんな中で、本塁打王と真っ向勝負して、完璧に打たれてしまった。


「けど、楽しい。あたしこう言うのがやりたかったんだ……!」

 それでも今度の野々香は、全く下を向いたりはしていない。

「助守さん、次はもっと、もっと完璧に抑えようね」

 バッテリーごと交代となった野々香と助守は、ベンチで早速今日の投球内容について語り合うのだった。


 姫宮野々香、本日の成績。

 投球、6回4被安打2失点、7奪三振、1四球。

 打撃、2打席2打数1安打、1本塁打2打点。


 6回にて投手捕手、またDHも交代となったニャンキースだが、この日残りの3イニング、すなわち姫宮野々香初勝利がかかった3イニングは、これまた他の選手のモチベーションも違った。

 この勝ちの権利を消すわけにはいかない。


 勝利数と言う指標は結局の所展開や運に左右されがちなので、勝ち星を稼いでいることに価値を見出さない考え方もある。だが、試合に出て活躍をした以上、まして開幕戦と言う大きな舞台を任せた以上、この勝利を掴むと言う事は今後に向けて重要なピースだと思えた。


 7回裏、1番から始まる攻撃でまたもヒットの有人、楠見の送りバントでチャンスを作り、樹がタイムリーで返す。

 8回に1点を返されるも、9回、今期の抑え投手として期待のかかる2年目、三古頼雄(みこ よりまさ)が走者1人を出すのみに抑え、スリーアウト。

 開幕戦は、5-3。ニャンキースが見事に勝利し、姫宮野々香は無事に開幕戦で「女性初の勝利投手」の記録も手にしたのだった。


「勝ったー!みんなありがとー!!」姫宮野々香、6回2失点、2打数1安打1本塁打2打点。

「いやー、出てる最中もガチガチだったけどベンチで見てる3イニングの緊張感凄いね!」助守白世、2打数1安打。

「姉さんの勝ちをツブすわけにゃいかねぇっすよ!最後正直ガチガチだったけど」日暮有人、4打数2安打。

「俺もさすがに最後の送球捕る時はめっちゃ緊張してたわ。プロの試合って全然違うな」大諭樹、4打数2安打2打点。


 全員がきっちり仕事をして、きっちり試合に勝つ。

 有望な新人たちの登場した開幕戦に、チームもファンも確かな手ごたえを感じていた。

「今年は違う」と。


 ……こういう言い方されたチーム、大体死亡フラグなんだけど。

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― 新着の感想 ―
 日曜の例の人さん、こんにちは。 「異世界帰りの野球おねえちゃん 第20話 「開幕戦、結果」」拝読致しました。  さて、野々香の開幕戦初打席。  DHでピッチャーが打席に立てるのが大谷ルール。降板…
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