第19話 「開幕戦」
人物の整理のためスタメン表記を置きましたが、ここで増えた選手は便宜上配置しているだけであまり登場しないと思いますので覚えなくても大丈夫です。気付いた人だけ名前見てニヤリとしてください。
端末によってズレて見辛いと思いますが、ご容赦を。
開幕スタメンは以下の通り。()内は守備位置、そこから順に打席の左右、(背番号)。
1 日暮有人 (三) 左(25)
2 楠見玲児 (左) 右(3)
3 フック (右) 左(8)
4 大諭樹 (一) 右(6)
5 羽緒烈功 (二) 右(4)
6 来須塁守 (遊) 左(7)
7 鈴村歩 (中) 右(9)
8 助守白世 (捕) 左(10)
9 姫宮野々香(投・DH)右(17)
新人仲良し4人組は無事に開幕スタメンを果たした。
有人は長打力もあり安定した打力を買われ、樹はもちろんホームランが打てる打力、助守は捕手として安定していたことに加え打席での戦術の幅が広い事で起用を勝ち取った。
元のレギュラー陣からはバランスの良い楠見に加え、長打力のある(当社比)外野手のフック・フィールドと、鈴村歩。二塁手にも羽緒烈功が選ばれた。
コンセプトとしては、とにかく打って勝つという方針だ。
鈴村の守備はセンターとしては危なっかしいのだが、範囲自体は広いので球威で押して難しい打球が飛ばないようにしたい。
そして1回表のトリトンズの攻撃。
初の女性投手、姫宮野々香が公式戦のマウンドに上がると、球場は大きな声援に包まれた。
声援自体は大きなものながら、不思議と静謐な緊張感にも包まれた空間で、野々香の投球練習が行われる。楠見の一件以来、改めて野々香は制球に特に注意しながら投げて来た。
「姫宮さんは、元々狙った所にボールを投げる能力は優れているように感じる。あとはきっとわずかなきっかけと、集中力を切らさない事じゃないかな」
と言うのは捕手の助守の言葉だった。
例えば、ミットを的だと思って投げるようにしてみた紅白戦の投球は予想以上に成果があった。
変化球も同じく抜けさえしなければ、あれと同じ様にミットを敵か何かだと思って投げればいいのだ、と。
それらの経験を踏まえ、この大事な初戦で、最初に投じる球は……
やっぱりど真ん中、渾身のストレート。
「ストライーク!!」
審判のコールと共にまたも球場がどよめく。とにかく女性が投げるのも初、ストライクも初だ。
球速は160kmを記録した。いきなり女性初マウンド、初球にして160kmはとんでもない記録だろう。そう言う部分でも凄いことが起きたんだぞ、と言う空気を纏うためにこの選択をした。技術は身に着けた上で、それでもやっぱり最初に投げるのはこれだと。
打者も振って行くつもりだったにも関わらず、大幅に振り遅れての空振りだった。
次は速くなくてもいいので、制球に気を付けて、外。
(ここよ)
(うむ)
とか言うテレパシーが通じているわけではないんだが、通じた様な気になって助守は外に構える。
アウトロー、152kmのストレート。見逃し。良いところに決まった。手が出しづらかったのか、簡単にツーストライクと追い込んだ。
ならば……
たぶん、振る。
今度は再び全力投球だ。真ん中高めに浮きすぎたボール球は、それでもまるで浮き上がる様な軌道に見える勢いで伸び上がる。
「ストラーイク!バッターアウト!」
打者も思わず手が出て、三球三振。
「ワンナウトー!!」
オオオオオー!!
野々香が叫ぶと、ナインと球場のファンから一気に声が上がる。
基本パターンにして行こうとチームでも話している流れだ。そう毎度上手くは行かないはずだが、今日の野々香は集中力が違った。
これは間違いなく良い状態である、とナインも確信した。
"元勇者"姫宮野々香は、決めるべき場面を逃さず決める。自信に満ちた表情の野々香は、見事にそのまま初回を三者凡退に仕留めた。
「姉さん、過去イチじゃねえの。さすがすぎっすわ」
「ありがと、んじゃ得点よろしくね!」
ベンチに帰る道すがら、日暮有人とハイタッチ。お調子者の男だが、チームのテンションはこの男がしっかり握ってくれている。
その裏、有人がすんなり安打で出塁すると、楠見は粘っての進塁打、2死2塁として4番大諭樹を迎えた。
この男もここまで役者の違いを見せて来た男だ。初打席となれば、集中力の高まり方が違う。
ベンチの方をふと見てひと息つくと、初球のフォークを見逃し。高目の直球を見逃し、2ボール。
円熟した4番なら勝負を避ける選択肢も考える場面であるが、ここでストライクを取りに来た外の球を見逃す男ではなかった。
カーン!と綺麗な音で右中間に運ばれた打球は一気にフェンスに到達し、タイムリーツーベース。
弱小チーム、ニャンキースが新エースと新4番の初お目見えに相応しく、初回に1点をもぎ取った。
樹が二塁ベース上からベンチに向けて腕を振り上げる。普段それほど大げさに喜びを表現しない男なだけに、これもチームに効果的に火を付けて行った。
さらに5番羽緒のタイムリーで、ニャンキースが2点先制となった。
しかし2回表。ここでいきなりの試練が訪れる。
「向こうの4番、北仁屋さんかよ……」
北仁屋望。190cmほどもある大柄の男が打席に立つ。31歳の円熟期を迎えてアゴに蓄えたヒゲ、ぱっと見優しそうな印象の目からも貫禄のような物が見えている。昨年トリトンズ一軍の不動の4番として、32本塁打90打点と言う成績を残したパリーグ本塁打王がいきなり野々香の相手になった。
二軍専用であるニャンキースと違い、向こうは二軍公式試合でも一軍の選抜・調整戦である。
さらに現在一軍はまだオープン戦期間。一軍の名のある選手がバリバリこの試合に調整としてやって来ても、何らおかしくないのだ。
「ど、どうだい、姫宮さん」
助守が意気込みを訪ねると、野々香は犬のように素早く首を振って嬉しそうに即答した。
「わくわくすっぞ的な」
「そ、そう来なくちゃ」
「大丈夫、噂によると打点がホームランの3倍ない選手は大したことがないって」
「それはめちゃくちゃ眉唾だよ?」
マウンドに向かう前に声を掛け合うと、バッテリーはしっかりとした足取りでグラウンドに向かった。
……いやそうでもなかった。助守はちょっと震えている。ビビリ癖は割と相変わらずである。
幸い、2点のリードがある。胸を借りるつもりでここは挑戦者を演じれば良い。一軍の本塁打打者ともなれば、もはや160km以上のストレートも見慣れたものだろう。
ここは打ち損じを狙って変化球を試す。
いくつか変化球を伝授してくれた音堂は、大きな曲がりの変化球より、小さく変化する球を得意としていた男だった。
ツーシームや、カットボールと今は呼ばれている球種。そう呼ばれる様になったのは、音堂の現役生命も残り少なくなってからではあったが、質は一級品だ。
ちなみに未だにカットと言う呼び名が脳内に定着していないのか、音堂は「ワシの真っスラを教えちゃるからのぉ!」と、若い野々香にはピンと来ない呼び名を自信満々に言い放ち、「マッスラ……って何ですか?」「真っスラは真っスラじゃろがい!」「だから真っスラって何だよ!!」ともめる一幕があった。
以前はストレート(真っすぐ)とスライダーの間の球を"真っスラ"と呼んだそうな。厳密にはカットボールとは違う球なのだが、もはや"真っスラ"の呼称はほぼ使われる事がないので、カットボールと呼ぶのが伝わりやすいと思われる。
音堂直伝のツーシーム、カットボールで打たせて取る方針。
ところが、これが「打たせて」も取れなかった。
タイミングを外して打ち上げさせたツーシームはそれでも力に運ばれてライト線へ。いきなりのツーベースを浴びた。
最初のピンチにナインがマウンドに集まる。
「こ、これは、仕方ない。1点は割り切ってアウトを増やして行こう」
助守は冷静な立ち回りだ。いや、冷静に立ち回ろうと振るまいながら弱気の虫が鳴いてる時の顔だ。
「おっと助守さん、それはちょっと弱気じゃねェか?」
しかし、サードの有人から待ったがかかる。
「俺たちは挑戦者だ。それも最弱からのな。思い切った事やって、思いっきり盤面ひっくり返さなきゃいけない立場だぜ」
「有人くん、良い事言った!生き残りたい!」
「助守の気持ちはわかるが、俺も逆だな。1点取られるまでは0に抑える気でやらないか」
あくまで強気の精神を貫く新人3人に、他のメンバーは苦笑混じりだが納得してくれる。
続く打者は強烈な三遊間へのゴロ。これに有人は横っ飛びつかみ取ると、走者を鋭く睨みつけて1塁へ送球。
1死2塁とすると、続く打者も強気に攻めてセカンドゴロ、レフトフライに打ち取り、ピンチを切り抜けた。




