第18話 「何でもする」
魔法を使って楠見を治すのはどうか。
罪悪感に耐えかねた野々香から確認程度に出た提案であったが、やはり二人の意見は同じく、否、であった。
「と、ともかく。複雑な気持ちはわかる。けど、ただの気遣いなら不要だ。収拾がつかなくなるよ」
野々香の怒りでべこべこに潰れたスチール缶を見て、若干引きつった笑いを浮かべる学駆。
「あたしもそれには同意。ん、ごめんちょっと気の迷い。もう魔法は使っちゃいけない、あたしは現代人で普通の姫宮野々香として、生きていく。みんなもそう、だよね?」
二人の意見、みんなの意見は一致していたはずだ。
それでもこういう時に、使ってしまえば……と感じることは避けられないことだろう。
「……あんまり、しょげるな」
珍しく軽口も何もなく学駆が優しい言葉をかけたのは、それだけ野々香の表情が優れないからだ。
楠見の事を思い出させるような話題になるとどうしてもそうなる。そう簡単に気分が晴れるものでもないだろう。
「そうだ、どっかで少しくらいはオフの時間貰えるだろう?こっちに戻るなら久々にシーナと会ってやってくれよ。あの子も会いたがってるし、お前も心の栄養補給になるだろ」
明るい方向に気持ちを変えてやろうと言う配慮か、学駆は話を変えた。すると狙い通り、いやそれ以上に野々香の表情がぱっと明るくなる。
「マジで!?会いたいって!?LoveLoveって!?シーナがあたしに!?やったぜ。」
勇者一行の1人、学駆の勤める藍安大名電校に通うシーナ……改め、日本で新たに付けた名前「涼城椎菜」は、野々香の大のお気に入りだ。
出会った瞬間から一目ぼれした野々香が、寡黙で引っ込み思案な少女をしきりに可愛い可愛いお持ち帰りと愛で尽くしたのはまだ記憶に新しい。
野々香に引きずられるように徐々に明るく話せるようになったシーナは、そうしてグイグイ来てくれた事が有難かった、と感謝しているのだが、放っておくと野々香の心の中のおじさんが暴れ出すのだけは問題であった。
「シーナとどんなことして遊ぼうかなぁ……着て欲しい服とかあるんだけど着せていいカナ!?いつも恥ずかしそうにするからもっと自信持っていいヨ!って言ってるんだけどね、でもその恥ずかしがる姿もとてもキャワ!イイネ!みたいな?デュフフ」
「まずい、名前出しただけで既に栄養素をオーバードーズしてる」
「天使のように微笑んで悪魔のようにささやくシーナちゃんにあたしは狂って狂」
「はいその心のおじさんしまっちゃおうねー」
もう手が届くなら直接ツッコまないとどうしようもないが、画面越しではメジャー流デコピンも通らない。すなわち止まらない。
「あのさ、真面目な話本人の前でそれやるなよ?何なら俺の前でもやらないで貰えるとありがたいんだが。怖いんで」
「はっ!つい!」
ニャンキースのチームで活動している間はどうしても近くに男しかいないからか、野々香は女子トークに飢えていた。
法奈や友人らともたまに通話はするのだが、キャンプ中はどうしても練習に忙しく、学駆との作戦会議でも結構時間を取るので、そういう機会が少ないのだ。
シーズンが始まればますますそんな時間もなくなるだろう。ストレス解消に、思いっきり付き合ってやるか。学駆は思う。
「まぁ、開幕までに困った事や辛い事があれば絶対に言えよ。こっち来てやりたいことがあればそれも言え。俺がしてやれる事なら、何でもするからさ」
「りょーかい、ありがとね。楽しみにしてる」
学駆はそうして話をまとめつつ、「もう一つの悪巧み」進行のため、準備を進めるのだった。
実は、シーナと野々香を会わせるのは、単なる野々香の気晴らしだけが狙いではなかったりする。
自分は表舞台に立つのを遠慮しつつ、自分がめいっぱい楽しめる盤面を作る。大泉学駆と言う男は、それを至上の喜びとする男だった。
楠見の怪我は数日で回復し、プレーに全く支障がないようになった。
そうして2月も中旬を過ぎると、いよいよ本格的なレギュラーメンバーの選定段階に入ることになる。3月に入れば、いよいよ他チームとの練習試合及びオープン戦が始まるからだ。
野々香の愉快な仲間たち、大諭樹、日暮有人、助守白世の3名も順調に評価を上げている。
特に、大諭樹の長打力は一軍でも通用しそうな、逸材と言えるレベルだった。
姫宮野々香は、そんな中で順調に成長し、成果を見せて行く。
投球における変化球の習得、および制球力の向上。打撃においてはミート力の向上、配球読みや判断の正確化など。チームメイトとの連係や、守備時のカバー、出塁時の動き、一つ一つを覚えて行った。
全てを完璧にこなすには時間がどうしても足りなかったが、それでも野々香には母校野球部との時間である程度の知識、技術は身についている。
プロとしての思考や意識の方さえまとまってくれば、それらを吸収するのは難しくなかった。
着々とプロ野球選手の雰囲気をまとい始める野々香に、小林監督や尾間ヘッドコーチも満足げな表情だ。
こっそりと音堂投手コーチも喜んでいるようなのだが、他の者の前では絶対に顔に出さないしずっとケチを付けてる。
「まだまだワシの若い頃に毛ほども及ばん」とか言ってたが、この男、現役時代は長髪でかなり毛量もあったので褒めているのかもしれない。
また、広報である盛留らの意向もあり、野々香のプレーに支障が及ばない範囲でファンサービスも行われた。
サイン会が概ねアイドルの握手会みたいになってしまったのは予想通りであったが、チラホラと野々香と絡んでいる樹にもひっそりファンが付き始めている様で、男女共に結構サインを求めている者がいた。
人数は野々香が圧倒していたが、鼻息が荒かったり圧が凄い野々香ファンに比べると、空気が平和そうだったのでちょっと羨ましいと野々香はこっそり思った。
細心の注意を払いつつのSNSでの発信も始めた。これには以前の事件以来着替え等に付き添いしてくれている女性スタッフ、須手場雀が協力してくれて、野々香得意のうっかり変な事言っちゃいましたが起こらないようにしている。
物珍しさと斬新さ、それと掲載されている野々香の写真が結構映えているおかげで既にフォロワーが万を超えそうな勢いだ。
写真や映像はプレー中の物のため「ノーメイクばかりでは恥ずかしいから」と野々香は再び盛りまくった写真を載せようとしたが、やめさせられた。
「ちゃんと盛れてるんならいいんですけど、野々香さんのそれは上質な料理にハチミツかけたみたいな顔してるのでダメです」とハッキリ言われた時はちょっとへこんでた。
逆に雀は「野々香は元が上質なんだ」と言っていることにはなるのだけども。
そうして2月の間に、前年では考えられないほどの盛り上がりを見せたニャンキース。
練習試合やオープン戦でも徐々に客席のファンも増え始め、それに伴って選手たちもモチベーションを上げて行く。
これらの流れの起点にして中心にいる新たなヒロインには、大役が任されることになった。
「えぇ、熾烈なレギュラー争いなんて言葉はね、申し訳ないけれどうちにはありません」
小林監督の開幕戦メンバー発表が始まった。
開口一番に出されたこの言葉はチームの苦しさを語っているが、入れ替えが多いと言うことは昨年とは違うと言うことでもある。
「なのでね、新人でも優秀な選手はどんどん入れ替えて最初から使って行く方針です。半数ほどがいきなりの開幕戦となりますけど、気負いはせず、でも覚悟して臨むように」
「打撃の方でも、特に突出したものがある選手を優先させてもらいましたぞ」
尾間コーチも同様の考えだ。とにかく見るからに秀でた部分のある選手をどれだけ目立たせるか。このチームの方針はそこが最重要であった。
そして、今年誰よりも飛び抜けた注目株の名前がコールされる。
「開幕投手、姫宮野々香!」
「はい!元気です!」
2月、キャンプでの練習をみっちり行ったあと、後半~3月前半は教育リーグと言う名称のオープン戦が行われた。
対外試合での調整やメンバー、戦術の見直しも終え、日付は3月14日。
にゃんキースタジアム、公式戦第1戦。ニャンキースvsトリトンズ。
ついに、開幕である。




