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第1話 「飽きた。」

「飽きた。」


姫宮野々香(ひめみやののか)は異世界を救った勇者である。

突如として現代から全く別の世界に呼び出された女子大生が、同じく集められた仲間と一緒に魔王を倒して、別の世界を救う……

そんな、今やありふれたフィクションに、ご多分に漏れず巻き込まれたのであった。

「転生」ではなく、「召喚」である。


その苦難の旅路はさておき、現在。23歳、勇者。身長は少しだけ高めの165cm、金色の髪にやや幼く見えるが活発な表情と絶やさぬ笑顔が印象的な元美少女勇者(一応通称。少が付くかはギリギリだ)、趣味は音楽鑑賞。リアルじゃ無職。

全く飾り気も飾る気もないTシャツとデニムのスカートに身を包んだ野々香は、肩まで伸びた髪を退屈そうにかき上げて、呟いた。


「何にだよ」

「いたた、こら、引っ張んないでよ髪」

野々香のかき上げた髪をそのままつまんで引っ張りながら言うのは、その仲間の1人である大泉学駆(おおいずみがく)。同じく23歳、盗賊。リアルじゃ教師。身長174cm、綺麗な目をしていていかにも頭の良さそうな印象を与える茶髪の頭脳系イケメンだ。

仕事帰りで着たままのグレーのスーツが、頭脳系っぽさをさらに増している。


高校時代から結構良い感じの仲で、あとは最後の進展待ち……なはずだったが、学生時代に一緒に異世界に飛んでって救ったり何やかやしてるうちにそんな雰囲気がグダり、ひとまずは一緒にいるだけの存在だ。

おそらくフラグは折れてないのだが、冒険が割って入って日常に戻る慌ただしさに一時保留になってしまっている。


「……人生に?」

野々香はやたら漠然とした返事をする。

そう。異世界に召喚され魔王を倒した4人の勇敢な仲間たちは、ふつーに現代社会に帰って来てしまっていた。

魔法もない。スキルもない。テレビがある。車も走ってる。


召喚師や王様からは帰る方法などないと言われていたし、思っていた。

まさかの珍事はまだ魔王城の位置すらわからない冒険のさなか、仲間の魔術師シーナが「行ける気がします」と言って転移魔法……RPGによくある「行った場所をイメージすると瞬時にそこに飛べる」系のメタ的便利魔法にチャレンジしたのが発端だ。

黒髪ロング、フード付きの黒ローブに身を包んだ16歳の僕っ子天才少女シーナは、


「先日空間使いと戦った時に、閉じ込められた異空間を脱するために転移魔法を習得したじゃないですか?あれ、単純な飛行移動でなく空間を隔てた場所にも移動出来たわけで……つまり応用すれば元の世界に帰れるんじゃないかと思うんです」


などと学駆と話していたのは覚えている。が、野々香はアホの子寄りなのであんまり理解していなかった。

ふーんいいねためそためそ、知らんけど。

みたいに軽い反応してたら。次の瞬間地球のどっかの国にいた。


いやね、それはそれで大変だったんです。パスポートとかないし。シーナ日本には飛べないってんで。

シーナが転移とは別の飛翔魔法で運んでくれたんだけど、地球じゃ普通人間て飛ばないんで。

うっかり海上飛行しててミサイルかなんかと間違って撃墜されたらさすがに勇者も死んじゃうので。

そそくさと飛行機とかに隠れたり島を渡り歩いたりしてどうにか佐世保辺りに辿り着いた時にはね、お祭り騒ぎでしたよ。

社長、住民は大歓迎でしたぞ。誰も見てなかったけど。

あの時色々助けてくれた釣り師のおじさんありがとう。


以上、野々香の回想。


そんなわけで帰還する術を見つけてしまった勇者一行だが、何だかんだファンタジーな冒険を楽しくやっていた一行は、異世界もう知らん、ほっといてリアルに戻ろう……とはならず。

いや、異世界そのものと、呼びつけた王様は非常に酷い物で、全く情は湧かなかったのだが。


何か、この空気さすがにアレじゃん。幼馴染みとお化け退治行こうとしたのに日和ってレベルだけ上げて帰って来た時の微妙な空気じゃん?

という良心とテンションと冷静と情熱の間で迷った末彼らはいったん異世界に戻り、魔王を倒してからの帰還となったのだった。

約1年の旅路であった。

精霊たち曰く、勇者一行の活躍で倒れた魔王は、全ての能力を失いまたどこか別の世界へ封印された、とか。めでたしめでたし。


しかし、ハッピーエンドの後も物語は続くのである。

波乱万丈の異世界生活を終えて学駆は単位を取り直し、本来の教師という道に戻った。

現在彼は、自身と野々香の母校である藍安大名電(あいあんだいめいでん)高校にて世界史教師と野球部顧問をしている。

シーナは元の国では生き辛い状況だったらしく、姫宮家のフォローと魔術のちょっとしたインチキによって現在は同校で花の女子高生。


しかし、野々香は。

……一応大学は卒業したものの、特に何もしていなかった。


する必要もないというのが正しいかもしれない。

勇者として貰った報酬には金塊や宝石類は、換金可能なものが多数あってひと財産になってしまったし、シーナの協力があればいつでもあちらに行けるのだ。

文化レベルの違うあちらに調味料や食品、道具類を持ち込めばあっという間に金塊に変身の異世界チート貿易だ。

早い話が既に人生あがりなのである。23歳でFIRE。何してても金はなくならない。稼ぐ、働く必要性がない。

きっかけは巻き込まれただけとは言え結末は夢のような話だ。急に多額の現金を得たテンションと、勇者の務めを果たした疲労、達成感もあいまって彼女はすっかり現代のフラストレーションと無縁の自由人だった。


そしてわりとすぐ飽きた。


「ん-まぁ、そんな気はしてた。お前マグロだもんな」

学駆は引っ張っていた髪を放してやり、ソファに座る野々香の頭を雑に撫でながら、納得した顔で言った。

マグロとは一生泳ぎ続ける魚であり、転じて「動いてないと死んじゃう性質」の人間を指す。

適性をちゃんと持ちながら勇者を野々香に譲った学駆としては、予想通りのことだった。


いっぽうの学駆は「異世界どうのと言っても戻って来れた以上やりたかったことはやるし、何が変わるってこともないよ」と、都内の2LDK程のアパートに部屋を借りて普通の教師生活に勤しんでいる。

学駆からすれば自由人する野々香を止める理由もなかったのだが、「とりあえず、学駆の世話を焼いてあげましょう」などと通い妻モードになった野々香は、教師1年目の大変な時に加え異世界ボケに苦労する自身にとってありがたかった。今日も仕事帰りに食事を作ってくれていて、今は夕飯を終えてゆっくりしていた所だ。


「で、どーする。なんかやる事ある?うちの部のだったら何度でも来てくれって、あいつら鼻息荒くしてっけど」


学駆が受け持つ部は野球部だが、1年目の新任に顧問を任せる以上言うまでもなく弱小だ。任されたと言うより押し付けられた。

彼が野球好きで経験者だったことで、かろうじて需給が一致している、そんないわゆるブラック顧問だ。

今は8月の半ばだが、高校野球部なら誰もが夢見る光矢園(こうしえん)……どころか予選ともろくに縁もなく敗退し、練習だけまったりやっているようなチーム。

部外者の野々香が紛れていても誰も気にしないので、運動不足解消に付き合ってもらっている。


人数ギリギリだったが、最近不良とか怪我してた奴とか野球嫌いになってた奴とか、才能も実績もあるのに近いからを理由に名門蹴って通ってた奴とかがちょいちょい戻って来て、思い込んだら君は何かが出来て青に似たすっぱい春がドラマチックらしい。

週1~2で謎の熱血コーチモードを発動している野々香の影響がかなりあるようなのだが、本人は気付いていない。


「それはとりあえずまた行くけど。あ、サルくん元気?」

「今日も元気に色んなポジションぐるぐるしてたぞ」

「もうちょっと落ち着けって言っといてあげて」

「サルもお前に言われたくないだろうよ」

「あたし落ち着いた大人の女ですよ?」

「たった今落ち着かないアピール始めたとこだよ?」

部員の1人、布施猿彦(ふせさるひこ)くんは何でもやりたがる困った子だけど、やる気はあるのと元気が余ってるのが野々香と気が合い、お気に入りの子だった。


名目上は非公認コーチとなっている野々香だが、みんなと混ざって野球をやるのは楽しい。

もちろん今日からこの女がコーチだ!光矢園に連れてけ!ドン!なんて普通は通じるわけないのだが、都合よく絡んでくれた孤高気取り系ピッチャー三瀬龍二(みせりゅうじ)くんから異世界仕込みの特大ホームランをぶち込み、態度悪い系パワーヒッターの結城栗栖(ゆうきくりす)くんを150kmの直球で見逃し三振にしたら秒で通じた。

だって異世界パワーだもの。


元々中学まではおてんばの限りを尽くし、男子に紛れてスポーツをしていた野々香。特に、野球が大好きだ。高校時代、野球部にいた学駆を見ては「混ざりてぇ」と連呼して彼の顔をゆがませていた。だがそこには普通の女子には届かない、絶対的な身体能力の差があった。

その悔いを晴らすように、異世界で光属性の魔法と祝福を得た野々香は、運動なら男子顔負けの身体能力を持つようになってしまっている。


魔法を進んで使っているわけではない。シーナ絡みはまだしも、異世界貿易はもはや良心が痛むレベルで儲かってしまい、逆にドン引きした。そして「よほどの事がなければ魔法は自粛しよう」と皆で誓ったのだ。

ただ、異世界お約束の成長度アップ「祝福」と言う効果がある。これは向こうの世界でしか恩恵を受けられない効果だったが、それにより勇者一行は普通の人間より遥かに体が強くなってしまった。

野々香は「光の祝福」の持ち主だった。"光"は勇者らしく万能で、攻撃、回復、補助、かっこいいポーズあらゆる恩恵がある。


コーチも楽しいし、やれる、とは思う。彼らを手伝ってあげたい気持ちもある、のだが。

「……うん、楽しいんだけどね。あそこにいると、本格的にプレーしたいなーって思いが、まだ出てくるんだよね」

年の割には童顔に見られやすい大きな目で、野々香は天井を見上げながら、呟く。

野々香に一つ後悔があるとするなら、「混ざりてぇ」のまま結局野球が出来なかったことだ。

野々香はアホ寄りだが何も考えられないわけではない。次第に生まれる体力の差、体格の差に、好きだった野球から離れた。高校生になったのだし、女子としての青春を色々してみたいとも思った。

だからこそ、ここから先はと自分で線引きした。それが今になって、もどかしかった。

出来るものなら、もう一度野球をしてみたい。


「魔王との戦いはキツかったけど、それとおんなじくらいの…緊張感とか、ヒリつきって言うのかな?そういうのが野球なら味わえるかもって」


「やりゃいいんじゃね?お前がヒリつきたいんなら、プロにでもなれば面白そうじゃん」


その呟きに、学駆が思いもよらぬ返しをして来たのだった。


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