第12話 「シャワールーム」
野々香は男女の区別のないロッカールームにノコノコ入って来て着替えた上に、誰もいないことだけ確認するとそのままノコノコとシャワー室まで行ってしまった。
「………………。見張るわ俺、助守さんも来て」
脳内が謎回転中の樹はかなり時間がたった後それだけ言うと、シャワー室入口のドアの前に仁王立ちした。
着替え途中にそのまま固まってたため未だに上半身裸である。
え、僕も?と、こちらは一旦冷静に服を着た助守も、慌ててドアの前に付き添う形だ。
確かにこれだけ男がたくさんいれば、間違いを起こす者がいる可能性はある。見張ってあげるのは優しさだろう。
何故か樹が両手を股間に当てたまま立ちふさがる奇妙な姿になっているのだが、これはアレだ。フリーキック警戒なのでやむを得ないのだ。ボールが急に来るのだ。たぶん。
そうして服を着た男、助守と、服を着てない男、樹による謎の壁が、シャワー室前に立ちふさがった。
これでひとまず、奥へ入ろうとか中を覗こうと言う不届き者が現れても対処は可能……
「すまん二人とも。何故か、体が勝手にシャワー室に……!」
そして裏切者はまさかの身内に現れた。
「おい日暮お前!さすがにそれはダメだ通さねぇぞ!」
こちらも上裸のままわけのわからない事を謝りながら突撃を図るのは日暮有人だ。何かに操られたようにギンギンの目をしている。
「けどよ大諭!体が勝手にシャワー室に!」
「2回言ってんじゃねぇ!ンな言い訳が通じるかバカ!」
「そうだよ有人くん!今時それはほんとにダメだ、死ぬよ!?社会的に!或いはもしかしたら物理的に!」
そこはかとなくドアににじり寄って来る有人に、さすがに樹と助守の警戒が濃くなる。
社会的に死ぬのは間違いないのだが、野々香のあれだけのパワーを考えると先に物理的な死が待っていてもおかしくない。
樹は数歩前に出るとガッチリと両腕で有人の肩を捕まえた。
「姉さんとか舎弟とか言ってたくせに裏切る気かお前!二度とアイツに顔向け出来なくなるぞ!」
「お前だって言うほど冷静じゃねェくせに!クソッ、わかってるよ冗談だよ!諦めるから放せって!」
「さっきの目と態度のせいで冗談に聞こえねぇんだよ!」
そのままガッチリ体をホールドする樹。冗談めいた口ぶりではあったが、警戒度は明らかに高い。
「離せよ、暑苦しい!離せェ!」
「いいや離さねぇ!絶対に離さねぇぞ!」
これでは野々香が出てくるまでは少なくとも抑えておいた方が良さそうだ、と判断した。
ガチャ。
「ふー、みんな気を使ってくれてありがと……アッー!?」
その瞬間は思ったより早く訪れた。
これも気を使ったのだろう、早々にシャワーを済ませ服も簡単なシャツとジーンズに着替えて出て来た野々香だが、その目の前で、割と知ってる2人の男が上裸で抱き合っていた。
「あ…あらあらあらまあまあまあ」
おばちゃんか。
まだ乾ききっていないしっとりした髪をタオルで拭きながら、野々香のほんのり紅く火照った頬がさらに紅く染まっていく。
そこだけ見るととても可愛げのある仕草で、樹と有人は思わずそこに注目してしまうのだが。
「ちょっ、ごめん樹くん有人くん、気を使って急いだつもりだったんだけど早すぎた!?咲かせや咲かせ薔薇の花!?あたし、そ、そんな、そういうの見るつもりじゃなくて!」
有人に向けられていた疑惑は、野々香によって真逆の方向に、樹まで巻き込んで矢印の向きを変えてしまった。
「ち、違ッ…!違う、そうじゃない!」
「いやもうゆっくりしてた方が良かったならそう言ってくれたらいいのに!あたしもびっくりしちゃって危うく唇からロマンチカ吐くとこだったじゃん!?」
「待って!姉さん待ってって!ウェイト!アンドシー!」
「見たよ!もう充分見たよ!シャワーとかだとさすがに警戒しとかないと間違いも起こるかなぁとかは思ったけど、思ったけどさぁ!まさか逆にそちら側からご提供があるとはお姉さんも露ほども思わなくて!止まらない気まぐれなロマンティックが浮かれモードだよ!」
「落ち着けーーーっ!!」
「誤解だーーーーっ!!」
かろうじて助守がいてくれたおかげで全員を冷静にさせて、どうにかその場はおさまった。
が、根本的な事件の発端、有人の動機を野々香に言うわけにはいかないため、そこはかとなく樹と有人の間には情熱の薔薇が咲いてるような感じになってしまった気がする。
有人は自業自得なので、何とか頑張ってもらおう。
樹は……なんかごめんな。
その後、監督らも含めキッチリ話し合いの場を持ち、ロッカールームの件も決着。
野々香を先に済ませると言うのは他全員のケアを滞らせるからと野々香が固辞したため、男子全員が終わった後で、わずかにいる球場の女性スタッフ、須手場雀さん(守備走塁コーチ、経男氏の娘。22歳)にシャワーの付き添いを頼むと言う形になったのだった。
「ってことで、大体みんなに受け入れて貰ったよ」
夜。
通話にて学駆への定期報告だ。
大きな変化や問題があった際に備え、常に会話の時間を作ることにしている。
あと寂しいので。
紅白戦の展開などについては聞かずとも勝手にニュースやSNSで拡散されていたので学駆も知っていた。
なので主な話題は環境面、余計な邪魔が入らず落ち着いて野球が出来ているかどうかだったのだが。
話を聞いた学駆はむしろ若干、樹に同情した。この天然フラグ建築士め。自分は立ててる気もないので厄介である。
でもそのフラグ育たれても困るので折れたままにしてもらうけど。
とはいえ、実力があって味方になってくれる者が近くにいるのは心強い。お好きにどうぞの精神の学駆も、不安はあるのだ。
「上手くやれてるんならいいさ。この分だと開幕戦から試合出してもらえそうだしな」
「目指せ開幕投手、だね」
1軍の開幕投手にはやはりエースないし前年の最優秀投手を出す事が多い。が、候補がさほどいなければ将来性重視という事はあるし、まして2軍のニャンキースにとってこの話題性を逃す手はない所だろう。
あとは音堂の元でへそを曲げられない様に投球の幅が増やせれば上々だ。
「まぁ、油断はするなよ。新人同士仲良くなれたからって、既存のレギュラー達にも認めて貰わんとだしな」
そこは橋渡し役として、昨年レギュラーであった楠見玲児がいるので、これまた出来る用意はしてある。
高校のチームメイトだった仲だが、真面目な男なので信用出来る。既に野々香に関しても「救世主が来た気分だ」と絶賛をいただいた。
新人の合同練習はもう少し続くが、次の本番は既存チームメイトとの合流段階だろう。
そこに焦点を絞って行く、という事で今回の作戦会議は終了だ。
「ところでですね、学駆さんや」
「なんですかな、野々香さん。めちゃくちゃ余計な事を言いそうな気がしてなりませんぞ」
「あたくしこれこれこんなわけで、今とても薔薇獄に放り込まれた乙女な気分なのですが、野球チームですと男子しかいないわけでこう言った事は通常運転なのですか?ふんすふんす」
「寝ろ。そんで寝言は寝て言え。」
「乙女のルートは一つじゃないと思って良いのですかしら」
「それに関してはバッドエンドに向かってしまってくれお前は」
「学駆さんも現役時代は、追いかけても指の間をすり抜ける、そんな薔薇色の日々を……」
「過ごしてねぇ、寝ろ。そんで美しく散れ」
楠見におかしなこと言わんように釘を刺しておこう。
いや釘刺してもダメそうなので先に謝っておこう。
と、学駆は思いながら通話をぶった切った。




