第11話 「ロッカールーム」
キャラクターおさらい
姫宮野々香……異世界帰りの野球おねえちゃん。アホの子。
大泉学駆……野々香のパートナー。頭脳派イケメン。
大諭樹……野々香の初対戦相手。入団後はチームメイトに。ファースト。
小林図……ニャンキースの監督。小さくて横に長い。
尾間当麻……ニャンキースのヘッド兼打撃コーチ。縦に長くて細い。
音堂瀬流久……ニャンキースの投手コーチ。おじいちゃん。
さて、順調な滑り出しを見せた野々香のプロ野球生活だが。
ひとつ、実は急務となる問題が目前にあった。
入団テストの際にも来た場所なので野々香は把握済みの事ではあるのだが、このにゃんキースタジアムは地方の野球専用球場だ。
或いはコンサートや男女混合スポーツを行う場所であれば違うかもしれないが、ここは野球する場所、逆に言えば野球しかしない場所だ。
つまり。
「いやぁ、姉さんやべぇわ!ありゃ本物だろ!」
野々香が試合後音堂の説得に心を砕いて本当に心が砕けていた頃、他の選手は思い思いにシャワーを済ませ、ロッカールームで着替えを始めていた。
興奮気味に野々香の話題を持ち出したのは、1番打者として唯一野々香と2打席対戦して抑えられた男、日暮有人だ。
茶というより赤色寄りの短髪に、鋭い目つきと鋭い歯、身長も187cmと高い。いかにもヒャハーとか言い出しそうな見た目の男だが、今は清々しい表情を見せている。
「あんな真っすぐ、そう簡単に打てねぇよ。大諭だっけか?おめぇ良く打ったな、あれ」
今日唯一野々香から打ったのは大諭樹だった。彼は日暮に話を振られると、こちらも満足気に語る。
「俺は入団テストの時見たからな」
「そんでそれからずっと姉さんにお熱です、と」
「違っ…!そういうわけじゃねぇぞ!?あれはうっかり」
「照れなくていいっての。別にヘンな意味だけで言ってねぇよ。ありゃ惚れるわ、俺も一目惚れだぁ」
微妙にヘンな意味も混じってるのか、と若干疑わしげな目を向ける大諭樹に、横にいた助守も話題に混じって来る。
「姫宮さん、凄いよね。あんな球見た事もないし、僕も受けてて気持ち良かったよ」
平成初期頃の野球少年像をそのまま大人にしたような雰囲気の助守白世は、168cmと小柄な体で有人と樹を見上げながら言った。
社会人から入団の26歳捕手は、落ち着いた人格者であることが雰囲気でわかる。
「どうも、音堂コーチと折合いが悪いらしくて、まだグラウンドのほうで説得してるみたいなんだよね。ちゃんと認めてくれたらいいんだけど」
「あンの、老害コーチかよ」
露骨なほどに舌打ちして日暮は肩をすくめた。野手であるこの3人は直接関わりを持つ事は少ないので実感は薄いが、頑固で若者に上から目線なのは雰囲気で見てとれた。
「ま、あいつ1人で騒いだところで監督や他のコーチも黙ってないだろう」
「どーしても認めねェっつんなら、俺たちも参戦したろぉぜ」
「そうだね、もしそうなったらフォローしてあげたいよ。彼女は絶対的戦力だし、ぜひ一緒に野球がしたい」
優れたプレーと言うのは人を惹きつける。早くもチームにも3人の心強い味方が出来始めていた。
「そんなに長話にもならなそうだし、そろそろ戻る頃なんじゃないかな?」
「おォよ、姉さんとも是非いっぺん話してみてぇしな、俺はここで戻るのを……待っ……」
その時、とある事に気付き日暮有人に電流走る。
この瞬間、彼は野々香が抱えていて、もうすぐ直面する大事な問題に気付いた。
「あの子、男しかいないここに来ンの?」
そう。つまり、野球しかしない球場には。
女子ロッカールームがなかった。
「そういえば、ロッカールームもシャワールームも男女とかの区別がないな」
樹が冷静に周りを見回す。
「僕らに限らずみんな普通に半裸だし気にもしないでシャワー行っちゃってるね」
助守はバツが悪そうに、自身の着替えを急ぎだした。
「ちょっ、まっ、お、おち、落ち着、おちちつつけ!」
有人はひたすらパニクった。
『お前が落ち着け』樹と助守がツッコんだ。
試合で全ての選手が激しく汗をかく以上、ここでシャワーの利用や着替えは必要なことだ。
大体男まみれで野球をしてきたここの連中は、特に気付くことなく普段の調子で半裸で歩き回っている。
そもそも、ベンチから引き上げた通路の先は自動的にここに繋がっているので、何にせよ野々香は必ずここを通るだろう。
「やべェ、マジか。ドキドキしてきた。どうするよ、オイ」
健康で年頃な男子陣がこの事実に気付いてしまえばもうダメだ。そもそも配慮するならさっさと退出すべきであるし助守はその方向で動き出しているようだが、何となく落ち着かないまま時間は過ぎ。
「お疲れ様でーす!」
首脳陣との対話を終えた野々香が、ほどなくして入室して来た。
季節は冬、ある程度は引いたとはいえ、運動した汗は早めにケアしないと風邪をひく恐れもある。
普段のロッカールームでは聞くことのない女の声が聞こえると、他の男子陣にも緊張が走った。
慌てて服を着始める者や、シャワーから出たばかりでほぼほぼ全裸のため思わず再びシャワールームへ引っ込む者も。
どうするんだ、どうしたらいいんだ。
緊張の面持ちで状況を見守る男子勢の合間をツカツカと、野々香は何事もないように通り過ぎると。
有人、樹、助守3人の近く、自分のロッカーらしき場所を開け、普通にユニフォームを脱ぎだした。
「ちょっ、ちょっ、姉さん、おまっ」
「なに堂々と脱いでんだお前ー!!」
「ひ、姫宮さん!?ごごごめん、わざとじゃ、わざとじゃないんだ!不可抗力だ!」
こうなると男子陣は逆にパニックだ。予想外すぎる。
と言って下着姿とかになっているわけではないのだが、タンクトップとスパッツ姿を晒してそ知らぬ顔でいる野々香の姿は、男まみれで過ごしている者の多い男子野球チームには劇物だ。毒薬だ。1人眠る夜の夢を熱くしてポイズンだ。言いたいことも言えない世の中だ。
それにしても、改めて見せられるとこの体のどこから160km級のストレートが投げられるのか。少なくとも、顔に似合わず相応にガッチガチの筋肉質なのだろうと思い込んでいたがそんなことはなくもちろんそれなりに鍛えた痕跡は見えるしスレンダーながらも体つきは普通の女性とほとんど変わらずむしろ一般的に比べても美しいボディラインというかあれもうなんかテンパってキモい思考しかしてないなこれ。キモすぎか。俺キモすぎか。キモすぎだ。
(樹の心境と心の俳句)
ところがどっこい、当の本人が一番冷静で。
「あ、いやさすがにこれ以上脱がないよ!?おかまいなく!でもさすがに触られたり撮られたりしたら怒るけどね」
と言いながら汗拭きシートやらタオルやらを出して体のケアをしている。
「ね、姉さんさすがっすわ!もうなんか色々規格外っすわ!」
「これ以上も何もこれでも充分困るってんだよ!なに堂々一緒にお着替えしてんだ!」
そもそも、野々香は入団テストの時点でこの事実に気付いていた。
ユニフォームで来て終了後帰宅で良かったため、テストの日は問題なかったのだが。
これについても、学駆には報告、了承済である。触られたり撮られたりしたら学駆の風魔法が解禁されて、その男の周囲の空気を奪い窒息させて意識を奪った後くしゃみ一つで全裸にしてネオン街に捨て、ある意味での死体を生産する予定。と言っていたので、そこは自重してもらいたい。
ただ、ロッカーの件は気付いた上で、必要以上の対応は取らなかったのだ。特に、他者にそれを求めるわけにはいかないというのが野々香の考えで。
大きなタオルをぐるっと巻き付けて一応体を覆っておきつつ、野々香はキッパリ言い放った。
「だって、男子の世界で頑張るって決めたのはあたし自身だし。自分で飛び込んでおいてあたし女ですので配慮して下さい、ってのは筋が通らないでしょ」
「……か……カッケェ……!」
男子3人衆は素直にそう思った。有人は声に出てた。
無理をしているとか意地を張っているとかでなく、彼女はこれを言えるだけの力があってそう言っているのだから凄い。
本当に身ひとつ実力一本で、男しかいないこの野球界をのし上がる気なのだ。
「姉さん、この日暮有人、舎弟にしてください!」
早速有人が舎弟1号になった。言いながら詰め寄ろうとする有人を野々香ははしっかり腕で抑えて距離を取りつつ「あたしその筋のモンじゃないからいいかな……」と苦笑い。
「いやけどそれとこれとは別だろ!こっちだって落ち着かねぇから!今後に向けてはちゃんと決めてだな」
「そ、そうですね。先に姫宮さんに着替えてもらうとか……」
「それはだめだよ、みんなに迷惑かけちゃうじゃん」
野々香が来てからずっと冷静さがどっかに転移している樹と、常識度の高い助守が配慮の方向で話を進めるも、野々香は「他の人の迷惑になる配慮であれば不要」の徹底したスタンスだ。
「だからってなぁ、お前が配慮いらないっつってもこっちも困るんだよ、お前もお前に配慮してる俺たちに配慮しろ!」
わかるようなわからないような、微妙にわかるようなことを言い放つ樹だが、野々香には伝わっていない。
「まっ、こっちは気にしてないから気にすんなよ!ってことで。とりあえず、誰もいなくなったっぽいからシャワー浴びてくるねー」
タオルを巻いたまま着替えを用意すると、野々香は概ね他の選手が済ませたのを確認して、シャワールームへ向かう。
え、これこのまま行くの?シャワーまで?
という周囲の驚き顔を横目に、一応入って来ないでね、とだけ告げるとスタスタと行ってしまった。




