番外編「 異世界に来た野球おねえちゃん」1-2
「帰れないんじゃね?知らんけど」
王の適当極まりない一言に、まずは最初に頭の回る学駆の血の気が引く音がした。今ここで、得られる限りの情報を得ないとまずい。瞬時に彼はそう感じた。
「……これまでに、同じ様な召喚者はいますか?」
「まぁ、おるね。年に五人くらい呼んでて、今年も先に三人くらい……」
「その人らは魔王には?」
「そりゃ、会えてたら呼ばんよ、君ら。わかりきったことを」
「じゃあ、その人らも元の世界には……」
「そりゃ、帰れてないよ。わかりきったことを。質問する前に少し考えなさい」
まずい、まずい、まずい。
質疑を重ねるうちに野々香も、もう一人の子も顔色が変わっている。
「……その人たちの行方は?」
「そりゃあ、把握しとるよ」
良かった。知らん死んだんじゃね?とか言われたらもっとまずいところであった。
「毎日定時連絡で登城させとるからね」
「……なんて?」
「先に呼んだ三名のうち、一名だけ行方不明じゃけど、二名は毎日連絡に来とるからまぁ無事じゃ」
いやこれ、十二分にまずいな。
学駆たちは嫌な予感をどんどん増幅させていた。
「上への進捗の報告と言うのはね、大事なんじゃよ?報・連・相。そちらでも言われとるって、前に呼んだ奴から聞いたけど?」
「毎日報告のために登城って、それじゃどうやって魔王探索の旅するんですか」
「それは自分たちで考えて貰わんとねぇ……言われた事をやるだけじゃ成長せんよ?自分の頭で考えるくせを付けんと」
「いやだから、言われた事をしてたら目的を達成出来ないですよねって話してるんだけど」
「いやいや、与えられた仕事はきちんとした上でね?その上で自己判断能力を磨くと言うかね」
「その与えられた仕事、報告業務のメリットは?」
「ワシが把握しとくのって大事じゃろ」
「把握出来なくなってる一名どうなってんだよ」
「知らん死んだんじゃね?」
結果的に最もネガティブな展開へと自ら誘導してしまった学駆は、頭を抱えた。
さらに、初期装備やアイテム、お金も2名分しか用意されていないと言う話を聞き、頭痛が痛い。胃痛も痛い。
「いやぁね、国も予算とかあるんじゃよ。んでさぁ、年度末までに経費は使っておかないと来期の予算が減ってしまうじゃろ?だから、今日辺り二人くらい召喚して、召喚師費用を経費で落としとこって。けど三人分も出すと今年の分がねぇ」
年末の工事みたいなこと言い出した。
「偶然一緒にいた二人をまとめて連れて来ちゃったみたいでじゃなぁ、三名分となると費用とか物資が足りなくて。予算調整で予算オーバーしたら本末転倒じゃろ?ワシも困っとるんよ、今。わかる?あ、じゃあお嬢さん、せめて棍棒とか振るかね?」
「今それくれたらもれなく皆であんたの頭をぶっ叩くと思いますけど」
「や、野蛮人!」
半ば脅しのような形を用いてしまったが、三人はかろうじて、必須アイテムだけを巻き上げる事に成功する。
どうやら冒険においては、これも定番の"能力とか経験とかの可視化をするシステム"があるらしい。
いくら人数分物がないと言ってもこればかりは全員持てなければ話にならない。渋々、王はそれだけは三人分用意した。
「出世払いで返すんじゃぞ」とか言ってた。うるせぇよ。
腕輪の形状をしたアイテム、その名も、
「パラメーターメーターじゃ」
…………?
「……なんて?」
「腕輪を装着して"パラメーターメーター"と言うと今の自身の能力やスキル、経験値などが表示され……」
「ねぇなんで二回言うの?省略できないの?」
「何を言うとるか。まず能力や経験を示す値の事をパラメーターと呼ぶのじゃよ。それを示すためのメーターなんじゃから、そのアイテムはパラメーターメーターで合っておるじゃろがい」
「なんで実戦上の利便性優先しないの?馬鹿なの?毎回言うの不便すぎるって思わないの?ぴえん通り越してぱおんだよ、ダルい通り越してダルビッシュだよ?」
「あのなぁ君、不満を言うのは構わんよ、ワシもそれを受けるくらいの度量はある。じゃがまずはやってみるってことが大事なんだと学ぶべきじゃ。やってみて、それで提案をする、それなら良い。じゃが受け取った時点でめんどくさい!みたいな事を言って上に盾突くのは甘え」
「いやだからやるまでもなく面倒なのわかり切ってんだろうが!」
「うるさい!やれっつったらまずやるの!」
「学駆」
もはや終わりの見えない論戦に向かい始めた王様と学駆に、野々香がついに口を開いた。
「お腹空いたので帰ろう」
ともすればズッコケてしまいそうな理由と提案だが、そのタイミングが絶妙だ。
あらゆる事を計算と意図の元行動する学駆だが、ここぞの場面の的確な行動は野々香にかなわない。絶対当て勘と気分で動いているのに何故か最善のタイミングで最善の行動を取る。
一気に頭の冷えた学駆は、黙って"パラメーターメーター"を分配すると、今日は帰りますとだけ言って城を後にした。
「あ、定時連絡は明日の夕刻までに。忘れないでね。忘れたらチェックリスト作るから」
イラッ。
「ワイ将、夢の異世界召喚された結果ー!」
「ブラック企業の入社式を受けた気分ンゴー!」
三人は軽く挨拶を済ませ、城を後にしたが、外に出るなり野々香と学駆は息を合わせてそう吐き捨てた。
「受けた事ないけどありそうだよねー」
野々香が珍しく疲れた顔で学駆に同意する。ブラック社長の地雷コメントみたいなのがわずかなやり取りの中にも無数にあった。
「異世界って……もうちょっとこう、希望に溢れた感じじゃなかったっけ?ここ裏切りのティルナノーグなの?」
「中途半端過ぎるんだよ。楽しくもないけどしんどすぎもせず、拘束ばっか無駄に多い。いっそ逆に追放されたかったレベルだぞ。追放されても次のターンまでにもっかい唱えられそうだけど」
学駆も愚痴が止まらない。言えば言うほどまさしくブラック企業みたいで笑えなかった。
「いやでも、学駆さんが理路整然と反論してくれたから助かったよ。うち、まだガキだからわけわかんないまま何も言えなかったし」
そう言いながら微笑みかけてくれたのは、もう一人の仲間の子であった。
なるべくポジティブに話題を転換しようと言う姿勢が見えて、いじらしい。
「うわ可愛っ。やばい、お姉さん養いたさのパラメーターが急上昇してるよ」
「そんな超ごく一部の人間にしか存在しない値を設定しないでくれ」
彼女の微笑みはとても素直で、嫌味がない。
養うのは行き過ぎているが、守ってやりたくなる笑みだ。
何でも、野々香たちの前に呼び出されたにも関わらず、「ワシらの都合があるので待ってくれ」と王様に言われて1時間以上も待たされたとか。
本当に自分勝手な王である。いっちょ前に自己保身の詭弁とその場限りの正論だけを振り回すのが最悪だ。
「これからどうしようか」
学駆が不安そうに呟く。これから、とは直近の行動もあるし、大きな意味での行動指針の事でもある。
思った以上に事態は深刻だ。勝手に別の世界に飛ばされて、魔王を倒す手段も、元の世界に逃げ帰る手段も、差し当たり生活して行く手段もまるっきり不明。
協力してくれそうな人も現状不明だ。いっそ追放でもされていれば、武器屋の親父が何とかしてくれた気がするが(印象論)。
全てが暗礁に乗り上げている中、たった三人で、どうにか生きる道を構築して行くしかない。
そして、ともすれば命の危険もありそうな状況で、野々香を守らなければならない。
何から手を付けて、どこでどうしたら良いか。学駆はひたすら考えたが、考える程頭が痛くなるばかりだ。
しかし。その学駆に、野々香はカンフーバットをぼこぼこ鳴らしながら、
「言ったじゃん」
と、バットをびしっと向けて言う。
「ご飯を食べよう」
そのあまりに目先過ぎるが絶対に必要な提案に、少女の方があははっ、と笑う。
「うち、野々香さん好きだわ。考えてなさそうなのに、言ってる事は大正解!ってとこがさ」
「あんまり褒めんなよぉ、簡単に好きとか言うとお姉さん勘違いしちゃうぞ」
「素直な感想だよ?」
早速、この二人は打ち解け始めている。元からお互い相手の懐に入るのが上手そうな二人だ。相性も良いだろう。
「確かに考える事は多いし、王様はクソみたいな奴だったけどさ。異世界ってテンション上がるじゃん?お金は一応あるしまず飯食って、それから観光気分で楽しもーよ。色々見てるうちに解決策も見つかるかもしれないよ」
確かに、お気楽なようでそれは正論だ。何もわからないなら、何でもいいから知ること。それはRPGの基本でもある。
街の外を歩いていればやがて夜になりましょう。とか当たり前っぽい事を言われながら探索するのもまた、楽しみの一つだ。
「そーそー、大丈夫だよ」
野々香は少女に同調すると、再びびしっとバットを向けて、
「学駆がいるから」
そのたった一言を聞いて、もやもやしていた学駆の心と視界は一瞬にして開けた。
「一人とか、知らない人とだったらあたしも怖かったかもしれないけど、学駆と一緒だからね。この人は頼りになる人だから。安心して一緒に行こう」
頼りになる人だから。そう言われただけで、これまで考えて悩んだ事が何でもなかったことの様に思えて来る。
不思議な感覚だ。
それと同時に、学駆も気付く。
「そうだな、お前もいるからな」
言葉にして再確認した。野々香がいる。ずっと一緒だった野々香がいるのだ。
根拠なんかはないが、それで大丈夫な気がする。
そんな理屈を超えたポジティブさを与えてくれる何かが、野々香にはきっとある。それを確かに感じた。
「君も、苦労かけるかもしれないが、これからよろしくな。それと、野々香。まぁ、あれだ。ついでだからもっかい言っとくわ」
学駆は、その日最もスッキリとした良い顔になって、野々香に改めて向き直った。
そして、イタズラっぽい笑みを浮かべ、右手を振り上げると、言った。
「もう俺と野々香は既に運命共同体となっておりますので、どうか最後までお付き合いください」
学駆と野々香、共に笑顔のハイタッチが交わされた。
姫宮野々香と大泉学駆、そして仲間たちの冒険は、こうして幕を開ける。




