第二部・プロローグ
「貴様らが……勇者とその仲間たち、か」
禍々しい雰囲気の漂う城内。骸骨デザインのランプが部屋を照らしていて、黒光りする柱はやけに刺々しいデザインだ。
赤い絨毯は飾り気がない以外はシッサーク国の王の間と変わらないが、外壁や空間の演出のせいか、血塗られた色のように演出されている。
そしてこれまたごつごつしたドクロデザインの玉座に佇む、一人の男。
正確には、一人の男の形をした、魔族。
魔王、そう呼ばれている存在だ。
背も体格も人間サイズながら、一回り大きくがっしりした印象のその魔族は、横には側近らしき魔族を従え、無表情で勇者たちに視線だけを送っている。
「そうだよ。……魔王、今日があんたの命日だ」
びしっ、と剣を突きつけ、勇者は宣言した。
その表情はまさしく"ドヤ顔"と呼ぶにふさわしく、これ言ってみたかったんですよねー!と顔に書いてある。
「特に俺にはお前たちと戦う理由はないのだが、何故ここへ来た?」
「……は?」
しかし、魔王は思いもよらぬことを言って、首を傾げる。
戦う理由がない、その言葉を聞いて、勇者……姫宮野々香は困惑した。
「え、そうなん?正直、俺たちにもお前を倒す絶対の理由はない。こんな国、見捨てて帰っても良かったんだけど、な」
「はぁぁ?」
パーティーの一人、盗賊の男……大泉学駆がすまし顔で同意した。
野々香は味方にまで思わぬ回答を返されて、さらに困惑する。
「学駆さんや、さすがに今それは気が抜けちゃうからやめてほしいんだけど」
「けど、事実だろう」
「ののちゃんが、見捨てて帰るのは気が引ける、って言って帰るのやめたんだもんね」
「実際僕と学駆さんは止めましたよ。もちろん、野々香さんの意思なので尊重しますけど」
野々香と学駆が若干モメ始めた空気を察し、二人の魔術師……シーナとアリサも口を挟む。
実際、既に元の世界への帰還方法は確認済みだ。何なら今すぐにでも、魔術師シーナが魔法を唱えれば念願の現実世界へ帰還できる。
しかし、なんだかんだこちらの世界にも、見捨てるのはしのびない絆がいくつかできてしまった。
帰ってしまって国は滅びました。ギルドの受付嬢、宿の主人、魔法を教えてくれた貴族、いにしえの賢者、洞穴の竜、祠の精霊、その他の方々もみんな死にました。
というのは、勇者として見過ごせなかったのだ。
「魔王様」
「なんだ、グーチク」
互いに困惑の表情のまま妙な対峙となった二つの勢力に、ふと、魔王の横にいる魔族が口を挟む。
二足歩行する豚、という印象の、ローブを着た小さな魔物は、妙に甲高い声を発した。
「進言します。人間と魔族、これは相容れぬものなのです。我々がこうして外れに城を構え、暮らしづらい環境にいるのも人間のせいなのです」
「それはそうだな、お前が以前から言っている」
「なれば、どのみち戦う運命。目の前に現れた者は倒さねばなりますまい」
「それはそうだな」
魔王はそう言って立ち上がる。
今のやり取りの中に魔王の意思らしきものが一つもなかった。
戦う理由がない、と言っていたにも関わらず、部下の進言であっさりと戦意を見せる……それはまさしく。
「いっそ清々しいほどの傀儡政権!」
学駆が叫ぶ。
どういった事情かは知らないが、一つわかったことがある。
……この世界が脅かされていたのは、魔王の指揮によるものではない。
威厳や力の象徴としては強大なものなのだろう。
しかし、その本人には世界を滅ぼすための意思が感じられなかった。
「ドラゴンさんが言ってましたものね、王も魔王もアレだ。馬鹿と馬鹿が馬鹿をやっている、と」
「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない、ってやつかぁ」
魔術師二人、シーナとアリサも、不本意そうに納得する。
「待って、それじゃあ魔王。あなたが人間をやっつけたい、とか思ってるわけじゃないの?」
「人間、魔王様に余計な口を叩くな」
「あなたには聞いてないよ、豚さん」
「ぶひっ……!」
しきりに口を挟もうとするグーチクを、野々香は一言で黙らせると、魔王の答えを待つ。
学駆やシーナは、ここまでのやり取りで概ね察した。
「俺は魔族の長にして象徴。周りの者が人間を倒すべきというなら、俺も戦わねばなるまい」
やはり、だ。
この魔王には、自我がない。ただ長としての責任を果たすために人間と対立している。それだけなのだ。
……そして、その自我を誘導しているのは、間違いなく。
「……一回だけ、聞かせて。あなたからその周りの者に働きかけて、人間と共存を目指すことは出来ないの?」
「人間ン!何度言わせる、魔王様に……」
再び慌てて言葉を遮ろうと数歩前へ出たグーチクの元へ、"風"が吹いた。
「今は勇者と魔王の会話中なんすよ。……少し黙ろうか、黒幕さん?」
「ぐっ……」
後半は囁くように言って、学駆はグーチクに短剣を突きつけた。
反撃はない。この魔物自体は、どうやら大した力もなさそうだ。
「あなたもあたしも、多分あんまり頭が良くないから、他の人の言葉を聞いて動いてる。でも、あたしに言葉をくれる学駆やアリサ、シーナも人間の王のことが嫌いだし、ここには他の大事な人が殺されないために来たんだ。あなたが動くのも、あなたの周りの魔族のためなんでしょ?なら、何とかするべきは魔族がとか人間がとかじゃない。お互いに悪い所を直せば、戦う必要はないんじゃないかな」
もちろん、許せないことも多々あった。悲しい思いもしたし、魔族は倒してしまわねばと思ったこともあった。
実際に倒してしまった魔族もいる。こちらが恨まれていることも、あるだろう。
しかし、憎しみの連鎖はどこかで断ち切らないといけない。
その、最後の可能性に、野々香は賭けてみた。
しかし。
「ちょっと難しくてよくわからないな」
「……えぇ…………」
その勇者の言葉は、むなしく響くのみだった。
「相容れぬ者は、戦い、排除する。それしかあるまい。それだけだろう」
野々香は時に「難しいことはわからないけど」と言いながら本質を射抜き、問題を解決してきた。
この魔王も、同じだ。同じであり、真逆なのだ。魔王にとっての本質は「排除」というだけなのだろう。
「ディベートしがいのねぇ魔王さんだこと」
「ブフフ、そうだろう。ワシが育てた」
ため息をつく学駆に、何故か誇らしげなグーチク。
瞬間、横薙ぎに斬りつけた短剣が……空を切る。
学駆の攻撃はかわされた。グーチクは瞬時に後方の壁際に移動していた。移動魔法の類か。
「ブブブヒーッ!おま、お前っ!今の流れと間合いで即斬りかかってくるって、問答無用が過ぎるだろ!人の心とかないんか!?」
「だって決裂したじゃん、今」
「そうだけども!」
「野球の偉い人も言ってた、先に点を取った方が有利だって」
「点取りゲームなら当たり前だろ!知らねぇけど!」
「こっちもお前んとこも、リーダーさんはあんま頭が良くないみたいだしな。俺が情とか取っ払って、頭回してかなきゃなんないんだよ」
とはいえ、奇襲は失敗。深追いは禁物。
学駆もいったん下がり、仕切り直しの構えだ。
「なんか、調子狂うなぁ。ラスボスがアレって」
「乗せられやすいタイプの強者というのは厄介なものですよ、善にも悪にも転びますから」
少し緊張感が抜けてしまったアリサとシーナ。
実際、人間、オデ、ゴロジダ。とか言ってくれた方が気合も出るものだが、それはグーチクとかいう奴の方に向けた方が良さそうである。
「善にも悪にも……つまり魔王野々香の世界線もあった……ってコト!?」
「うおおい!アリサちゃん今凄い失礼な話してない!?」
「野々香さんは、乗せられても悪には転ばない方ですから、大丈夫です」
「シーナちゃんも乗せられやすいとこは否定してくれない!」
「でも、どんなことがあっても僕は野々香さんを信じてますから」
「正義とはジャスティス!田中とはジャスティス!あたしはシーナの信頼のため悪を討つ!」
「めちゃくちゃ乗せられてる!」
野々香の宣言に、魔王も立ち上がり、構えを取った。
果たしてこれがラスボス戦でいいのか疑問の余地しかないが、互いに譲れぬぶつかり合いなのは間違いない。
向こうの目的がこちらの排除であれば、譲れぬ一線はある。
「絶対、倒すよ」
勇者、姫宮野々香は剣を突きつけ、魔王の名を呼ぶ。
「魔王"アーラ"。勝負っ!今日があんたの命日だ!」
「野々香、もうさっき聞いたぞそれ」
「うっさいなぁ!微妙な空気になっちゃったんだから、盛り上げる努力をしろよ学駆!」
これは、冒険を終えて帰還した異世界勇者たちの、新たな人生のお話。
というわけで、第二部開始です。
開始を随分巻いてしまいましたが、次回は少しだけお休みをいただき、2月11日から第二部本編を開始します。その後の更新ペースは変わらず、2日に1話の予定です。よろしくお願いします。




