第99話 「ドラフト会議」
姫宮家のリビング。置かれているモニターには、とあるホテルの会場が映されている。
父・昌勇。母・陽代。妹・法奈。それと、学駆。
テレビの前で、家族が緊張の面持ちで佇んでいた。
今日はついに、ドラフト会議。
プロ球団から選手が指名されるこのイベントは、テレビやネットで生中継されており、全球団ファンが注目する日だ。
姫宮家+学駆は、一番長く中継されるネット配信のチャンネルにセットし、揃ってモニターにかじりついていた。
もちろん指名されるかどうかが最注目ポイントではあるのだが、もう一つ懸念がある。
主に、何かやらかさないかが心配だ。
中継開始時点では候補者はまだ着席しておらず、これから徐々に関係者が入場してくるものと思われる。
「あっ、お姉ちゃん!」
スーツ姿で登場した野々香は、引き締まった表情でテキパキと動き、着席。
思った以上にちゃんとしている。
法奈をはじめ、一同はほっと胸をなでおろした。
「心配してたけど、大丈夫そうねぇ」
野々香は、顔を上げた。少し、髪を整える。
「いいぞー野々香、かっこいいぞー」
野々香は少し立ち上がり、顔を下げた。服装だろうか、何かを確認している。
「中身はともかく見た感じちゃんと大人の女さんしてますね」
野々香は、座った。
「落ち着かないのは伝わるね……」
野々香が立ち上がる。顔を上げた。緊張を緩和するためか、表情を動かしている。
「あぁ、落ち着かない。お母さんも緊張してきちゃったわ。抱かれたい男一位に脅された時くらい」
野々香は、座った。
「なんか様子おかしくないか?あと陽代、後で話がある」
野々香は立ち上がり、顔を下げた。
「野々香……?」
野々香は、座った。
野々香は、立ち上が
「ちゃんとしてるの気のせいだった!アレ絶対テンパってる!」
「ごめんお父さんさっきのは二次元の話で!」
「何回立ったり座ったり顔動かしたりしてんだあいつ!」
「地の文ヘタクソな小説かよ!」
実際の心情に気付き、家族一同総ツッコミだ。一人全然違う話をしてたけどそこはほっとくとして。
緊張すること自体は無理もない。無理もないのだが、隙あらばカメラが捉えて来るのでハデに目立っている。
その挙動は、さながら物真似芸人のロボット演歌歌手だった。
本来、手綱を握る役の監督も、大諭樹らチームメイトも、ここにはいない。
ここに同席するのは、話題性があり、指名確実な選ばれた選手のみなのだ。
その時、トントン、と背中を叩く影。
涼城椎菜だ。
ちょうど、後ろの席に入場してきたところらしい。
振り返って照れ笑いをすると、頭を撫でて、嫌がられて、その後何やら椎菜から言葉をかけた。
おそらく落ち着けとでも言われたのだろう。その後、野々香は今度こそ着席し、しっかりと静止する。
そうだ、落ち着かせ役として、この子がいた。
一同は椎菜に称賛を送ると、再び中継に集中する。
椎菜は主催側のたっての願いで、女子制服姿での参戦だ。ドラフト会議の選手待機席に女子高生が座っているのもまた、とんでもなく貴重な絵面である。
野々香と椎菜のやり取りも見逃せないと、カメラが再びそこに集中していた。
「大卒よりもっと上の年齢で、高卒の子に世話してもらう大人の女さん……みっともねぇなぁ、ほら椎菜は落ち着いて席につ」
どがしゃぁーん。
「二次惨事!」
ついでに椎菜も椅子から転げ落ち、学駆が変な叫び声をあげる。
スカートが少し際どいことになり、カメラがさらにぐいっと寄る。あかんあかん。
「椎菜ちゃんが危ない!」
法奈が叫ぶ。そうだった、椎菜も大勢に見られる状況は苦手なのだ。
このままだと収拾がつかない。二人揃って余計に、はわわはわわと混乱を倍増させている。
しかしそこに救世主、浅利南が入場してきた。男子制服なのに相変わらず女子に見える。
彼も緊張はしているようだが、野々香と椎菜の肩をポンポン、と叩くと一声かけ、席を直し、テキパキと着席を促す。
意外とそういう場面で冷静な南。彼が来てくれなければ、コードを引っかけた軽音部みたいになってドントセイレイジーだった。
「やっと落ち着いた……」
「なんか既に疲れたんだけど」
開始前だと言うのに疲労感にやられる法奈と学駆。ある程度映したら満足したか、進行が入り画面が切り替わる。
そして、いよいよ一位指名選手を下位球団から順に発表していく流れになった。
指名選手、及び関係者にとっては、この瞬間が最も緊張する時間だろう。
流れとしては、まず順に一位指名選手を発表。
12球団全てが発表を終えたら、重複しなかった選手はそれで一位指名に決定。重複した選手はクジ引き。
クジを外した球団は、「ハズレ一位」と呼ばれる形で新たな選手を指名する。
一位が全球団決まった後、二位指名からはクジ引きは行われない。
最下位チームから順に指名し、指名された時点でそのチームとの交渉が確定する。
三位は逆に上位から、四位は最下位から……と続き、最後に育成選手指名もして、全球団が指名をやめたら、そこで終了だ。
そして、この指名が最後まで行っても、名前が呼ばれなければ……プロにはなれない。
なので、呼ばれるまではとにかくプレッシャーのかかるイベントである。
しかし、緊張の面持ちの家族の表情は、一瞬でやわらぐことになった。
【タッツ 姫宮野々香 ニャンキース】
【イラブションズ 涼城椎菜 藍安大名電】
「いっ、いきなり!!」
セ・パの各最下位球団から、いきなりの一位指名が入った。これで、ひとまず野々香と椎菜は、少なくとも一軍選手確実となる。
早速テロップと共に、カメラが大きく野々香と椎菜の表情をアップにした。
野々香は小さくガッツポーズをして、椎菜は安心した表情を浮かべながら頷く。
「やったぞ!!」
「の・の・かぁーーーっ!!の・の・かぁーーーっ!!」
「お父さん、うるさい……」
騒ぐ父を横目に法奈は冷ややかに言った。
しかし、法奈もそこでカクン、と肩の力が抜け、足を崩してへたりこんだ。
「ふわぁ……あー、緊張したぁ……よかった、よかったよお……お姉ちゃん……椎菜ちゃんも……」
涙目の法奈。
学駆の方は、実は指名そのものは確信していた。
だから学駆だけは一応ひと安心、といった程度だが、野球の仕組みにそこまで詳しくない法奈や陽代は不安を拭いきれなかったのだろう。
二人とも涙を拭いながらモニターに再び視線を戻している。
野々香、椎菜、野々香、野々香。
……なんと驚くべきことに。
野々香は6球団、椎菜が4球団からの指名となった。
「おおおおお!」
一声かかるごとに画面の野々香や椎菜も驚きの反応をしている。
テレビで見ている家族も、そのたびに大盛り上がりだ。
指名された、しかも、ほとんどの球団が野々香か椎菜を評価してのことだ。
これは本当に、嬉しい。
……しかし、一つだけ。
「これだと、お姉ちゃんと椎菜ちゃんは確実に別のチームになっちゃうね」
そう。一位同士で指名を受けた時点で、同じチームへ所属することはなくなった。
「ふっふっふ……」
しかし、学駆はおなじみのイタズラ顔を浮かべ、言う。
「知ってた、わかってた。一位同士なら敵になる。こうじゃなきゃ、面白くない。やっぱ、初の女性選手はライバル同士のが、面白いだろう?」
「学駆さん……こじらせてるね……」
そうしている間に、くじ引きが行われ、結果が発表される。
【横浜ネイチャーズ 姫宮野々香】
【千葉イラブションズ 涼城椎菜】
セリーグとパリーグ、別のリーグに野々香と椎菜は所属することになった。
イラブションズは長年優勝から遠ざかっており、スター選手不足にも泣いている。より若い椎菜に白羽の矢が立ったのだろう。
野々香は、始球式の頃から懇意にしていたネイチャーズが引き当てた。
唯一の女性球団社長のチームだ。12球団の中でも、特に野々香への配慮が手厚いチームに所属出来たのは、さらなる幸運だ。
画面でも、野々香は期待通りのチームへの所属に、喜びの表情が見てとれる。実際に観戦したことのある球場、チームで野球ができるというのは、さらに嬉しいことだ。
この二人が公式で対戦するのは、交流戦か、日本シリーズということになる。
「いいね……このくらいの方が、いざ戦う時に盛り上がるからな……ふふふ……」
「学駆さん……ちょっとキモいわ……」
自身が見て楽しめる盤面を徹底して整えた男、大泉学駆。
彼の目標がひとまず達成され、ひたすらほくそ笑む姿に、法奈も少しばかり引いていた。
そんな学駆をよそに、一位指名は終了し、二位以下の指名に入る。
一位指名は基本、投手を指名するチームが多い。投手は特に何人いても困らないし、光矢園でエースを張っていた選手なども多数いるからだ。
野手を指名するなら、ある程度の年齢・経験を積んでいる大卒・社会人から即戦力を期待して……ということが最近は多いようだ。
多数の競合リスクを踏んでくじを外した球団、及び野々香、椎菜を指名しなかった球団は、安全策に入ったか。投手や社会人からの即戦力野手を指名した。
そして、高卒のスター野手などは、二位指名からが本番……という流れに。
となれば、次に最下位から指名されたのは……
【イラブションズ 浅利南】
「椎菜ちゃんと南くん!」
「同じチームか!」
これもまた運命のいたずらか。最下位チームへの所属となった椎菜のあと、高卒で期待の高い南が同チームから即座に指名された。
そこまでは学駆も計算していなかったが、野々香はプロの舞台で、椎菜と南の二人を迎え打つ形となる。
……もっとも、リーグが別なので、大舞台での対決は、互いにCSを勝ち抜いての日本シリーズで、となるが。
「それはそれで、楽しみだ」
既に両者のライバル対決を空想でもしているのか、学駆はひたすら満足げにうなずいていた。
うん、やっぱキモいな。法奈は思った。
そして、残る興味と言えば、ニャンキース選手たちの行方だが……
「え」
「おー」
「あらぁ」
「は?」
これまた野球の神は、果たして誰に味方したのか。
家族が驚きの目で画面を見つめる先には、もうひとつの運命のいたずらが待ち受けていたのだった。
二位指名。
【ネイチャーズ 大諭樹】




