第98話 「ニャンキースのエピローグ」
10月5日、日本選手権。
二軍で行われる日本一決定戦だ。
日本シリーズは7戦を行うため盛り上がるが、こちらは一戦のみ。
それに、ホーム球場などでもなく、九州の両軍無関係な球場で行われる。
当たり前だが、一軍よりはイベントとして相当淡泊なものだ。
この試合が、公式戦におけるニャンキース野々香の、正真正銘最後の試合。
相手は東部一位、ウサピョンズ。
リーグが違う相手なので、あの原出真桜に敗北を喫して以来、久しぶりの対戦となったが、もちろん原出の姿はない。
リベンジの機会は、やはり一軍で、か。
少し残念な表情で、野々香はマウンドに上がった。
今年、ほぼ全てやり切ったとは思っているが、あの原出、宣銅による絶対的な敗北。
あれだけは、まだ悔しさを拭いきれていない。
その機会も出来れば欲しかったが、それは来年へのモチベーションに、強く心に刻んでおこう。
野々香は思った。
せっかくの追加一試合だ。
ここでニャンキースは、雀の主導で、最後の回収だとばかりに、野々香アピールイベントをぶち込んできた。
当然先発は野々香。
写真やグッズの販売もこの際とことんやっていく。
「野々香さんがいなくなったら、また閑古鳥に逆戻りしてもおかしくないんです。今のうちに、稼がなきゃ。来期に繋がる策も打っておかなきゃなので」
スタッフとしては、野々香が去ることは複雑だろう。
金の鳥を放すようなものだ。
とはいえ、それは避けられないことなので、現実を受け止めていかなければならない。
「ところで、野々香さん。樹くんは……行きました?」
野々香の着替え等準備を手伝いながら、雀が尋ねてきた。
なるほど、みんな察していたのか。
……本当にあたしだけ、気付いてあげられてなかったんだなぁ。
野々香は思う。もちろん樹の気持ちに応えることは出来なかったが、あの件で少し反省はした。
これからプロでやっていくにつれ、男性との関係性に関してもちゃんと気を張っておこう。
樹、有人、助守や楠見みたいに、善意のみで守ってくれる人たちに出会えるとは、限らないのだ。
……一瞬、茶渡実利と一緒のチームになる未来を想像して、野々香は背筋が凍った。
いや、あり得る話ではあるのだ。
だから、自分で自分を、守らなければ。
「来たよ」
「で、どうでした?」
「それは、樹くんに悪いから秘密」
「もう、普段ベラベラ余計なこと言うくせに、変なとこ口が固いんだから」
雀は不服そうだが、樹に悪いなどという発言が出る時点で、結果は察するものがある。
「変なとこなんかじゃないよ。あたしが、あの日のことを、大切にしたいから」
「へぇ」
一転、感心したように雀は声を漏らした。
「ド派手にへたれたと思ってたんですけど、案外頑張ったようですね。やるじゃんあのウドいつき」
「ひどい言われよう」
「だってぇ、こっちはずっとやきもきさせられてたんですよ」
野々香はその舞台裏も当然知らない。
ため息をつく雀にも、苦笑いを返すしかなかった。
……いや、思えばあれはそうだったのか、と気付いたシーンは何個かあるけど。
「強い人だよ、樹くんは。あたしが、彼に釣り合えないんだ」
「そういう鈍感気取りの自己否定も大概にしないと、第二第三の樹が誕生しますよ」
「刺客かよ。いや、そういうことじゃないんだけど……うん。今後には気を付けます」
「私だって……私だって、もうついて、いけないん、ですからね」
いつも通りお叱りを受けたつもりの野々香だったが、そこで雀が言葉に詰まり出したことに気付く。
「うぅ~……野々香さん、さびしいよぉ……」
いつも冷静でしっかり者の雀が、急に涙目になって野々香にすがりついた。
「私、お父さんに頼まれて何となくスタッフしてたけど、この一年が、一番、楽しかった。ただの仕事じゃない、野々香さんが、やりがいだったの」
「うん……うん。あたしも、雀さんがいないと不安だよ」
「絶対、一軍でも活躍してくださいね。ずっとずっと、輝いててね。応援してるから」
「ありがとう。……頑張ります」
樹だけではない。別れを惜しむ人たちは、ここにたくさんいる。
監督やコーチ陣、選手たちとも、今すぐ別れというわけではないが、挨拶をかわした。
「監督としても、素晴らしく充実した一年だった。考えて、気遣って、悩んで、熱くなって。こんな気分は、現役の時以来だったよ。ありがとう。ニャンキース首脳陣一同、これからも応援しているよ」
最後に小林図監督からいただいた言葉には、野々香も涙が出てしまった。
……とても幸せな一年だった。
ニャンキースに残る人たちに向けて出来ることはひとつ。
あたしはここで育った選手なんだぞ、ここはいいチームだぞ、と、胸を張って大活躍することだ。
野々香は新たに背負ったものの重みを噛みしめて、マウンドに向かった。
日本選手権は、さすがに小規模に行われるため、毎年5000人程度の観客しかいない。
それも二軍の試合としては大入りなほうだが、この日は一万を超える観客が集まった。
女性初の選手野々香と、二軍参入二年目にして奇跡の優勝を掴んだニャンキース。
話題性十分のこのカードは、試合の勝敗というより、最後の顔見せだ。
笑顔で楽しそうに振舞う野々香のマウンドさばきに、会場の観客も大きく盛り上がった。
ウサピョンズは二軍でも手強かったが、それでも、野々香にとっては原出がいた時よりは手ごたえがない。
3イニングをキッチリ0に抑えきると、試合は裏の攻撃で樹、野々香を中心に高い攻撃力を発揮し、3点を先制。
残りのイニングは主力投手によるリレーで繋ぎ、頻繁に点を取られつつも、都度突き放し、7-3。
ニャンキースはその話題性を存分に生かし、日本選手権も見事に勝ち取った。
こういった実績も、少しくらいは、今後のチームへの置き土産になってくれるだろう。
10月のその後は、フェニックスリーグ。
二軍や育成選手らが集まり、リーグ形式で競い合う一つのイベントだ。
期待の若手などが多く出場するため、スカウト陣はもちろん、新人の活躍を観たいファンなども、結構注目していたりする。
このリーグに関しても、野々香や樹ら、可能性のある選手たちは試合でアピールするために出場した。
また、10月頭からこのリーグ中、スカウトたちとの面談も何件か行った。
最終面接みたいなものなので、少しばかり緊張感もあったが、母がいないのだから問題はない。うん。
感触も基本、良さそうなものだった。
しかし前述の通り、ドラフト指名がありえる選手は、このリーグは途中で切り上げ、本拠地静岡で待機せねばならない。
指名された段階で不在でも別に問題はない。指名された瞬間は野球ゲームで遊んでました、などという選手も実際にいたりする。
だが、ニャンキースとしてはきちんと指名された選手が露出することは必須だ。という意見が盛留、雀から出た。よって可能性があるレギュラー選手は帰還、待機となった。
それに何より、姫宮野々香は。
「ドラフト会議の会場に参加……!?」
「当然です。ちゃんと、お話が来ましたよ。今年の会議であなたと椎菜ちゃんを呼ばない理由がないわ」
「あの、あんまり好きじゃない球団に指名された時にちょっと苦笑いするやつ、やらないといけないんですか?」
「なんで苦笑い前提なんだよ」
「監督が協賛企業のロゴを当たりと勘違いしてガッツポーズしたら笑い転げていい?」
「それは転げてもいいかも」
ドラフト会議で「ほぼ指名確実」とされる有望、有名選手は会場に参列させられて、その場で指名時にリアクションしたりインタビューを受けたりで、注目が集まるようになっている。
中継もある会議そのものの話題性を考えたら、野々香と椎菜は当然呼ばれるのだ。
「あたし、試合とかでは今更緊張とかはしないけど、ああいう固い感じのはちょっと……」
「今更逃げようったってダメですよ。あなたと椎菜ちゃんは今年の目玉なんだから」
「メダマッチャになっても良ければ」
「知らないわよそんな劇場版にしか出てないマイナーなやつ」
「知ってんじゃん!」
「とにかく!ちゃんといい子で、可愛く、いい感じに映ってきてくださいね?ずっとずっと輝いててくれるって、言ったじゃないですか?」
「うぇぇ……感動の適用早いよぉ……」
そんなわけで、野々香たちはドラフト会議の現地に参戦する。
いよいよ、一軍選手になれるかどうかの、運命の日がやって来るのだった。




