第10話 「一度だけ」
勢いに乗った野々香は、投球の方でも気持ちを立て直し、3回も止まらない。
8番9番をさくっと三ゴロ、三振に打ち取ってツーアウト、そして再び1番・日暮との対戦だ。
「スライダー投げてみていいですか?」
同じまっすぐで何度も打ち取れるとは限らない、せっかくなので野々香も助守と相談して次のステップへ挑戦することにした。
スライダーは比較的覚えやすく、基本として習得する投手も多い。
そのため、高校での付け焼刃練習の中で何とか野々香が習得出来た、現状唯一の変化球である。
これが逆に相手の読みを外し、外の大きく外れるボール球を日暮は空振り。球速146kmのスライダーをまじえて2-2とカウントを整えると。
「イ・ウィステリア・フラァァーーッシュ!!」
最後に、魔法名と共に投じる今日一番の全力ストレートは、少し高目に浮くも日暮にかすらせもせず、見事に空振り三振となった。
そして、スピードガンは再び凄まじい数値を記録する。
「きゅ、球速、162km…!?」
音堂も呆然としている。落ちたアゴが塞がらない。残酷な現実が音堂の価値観を少しずつ壊して行く。
「あれ、170km出せるんじゃありませんでしたっけ?」と尾間はニヤニヤが止まらない。
尾間に見せた時点、そしてテストの時点での野々香はまだ「ちょっと野球をかじったことのある素人」に異世界の"祝福効果"を加算させただけの状態だったのだ。まだ普通の人間としての成長幅は全然ある。
女子離れした球速も、まだ伸びる。変化球もまだ増やせるだろう。
才能があってさらに伸びしろがある、理想の新人の誕生である。
……とは言え、まだ季節は冬。シーズン1年を考えたら仕上がりすぎだ。
1月から飛ばしすぎないよう、後で釘を刺しておこう。
と、本来釘を刺さなければならないのに何も言ってくれなさそうな男を横目に、尾間は思った。
その後4回以降野々香はライトに入り、守備も無難にこなす。動きはたどたどしいのだが、落下点に入れば捕球と送球は安定していた。
4回に大諭樹の意地のタイムリーツーベースで紅が1点を返したが、7回に野々香の四球をきっかけに打線が繋がり追加点。
試合は6-3で白組の勝利となった。
野々香は、投げては3回1失点5奪三振、打っては3打数1安打3打点1四球だった。
監督の評価が上がった。
試合後のスタジアムは、観客1000人程度とは思えない大きな歓声と拍手に包まれていた。
「と、言うわけでコーチ、あたしを認めて貰ってもよろしいでしょうかっ!」
無四球1失点、と言う音堂の条件を見事達成した野々香。
もはやどれほど意地を張ったとて、少なくとも1000人ほどが味方となった今日の試合。
単なる新人合同練習の一つでしかなかったはずの試合は、まるで公式戦のごとき盛り上がりだ。さぞかしニュースやネット界隈も盛り上がることだろう。
音堂はかろうじて落ちたアゴを元に戻しつつ、それでも不服そうに、
「た、達成しないと認めないとは言ったが達成したら認めるとは言っとらんし……!」
うわぁ。
レスバ負けた民かよ。
新風が吹く時に「新しい」と言うだけで過去を重い足かせにするのは害であり、それを老いた身ですることを「老害」と呼ぶ。
「音堂ちゃん、さすがにもういいでしょ」
「姫宮はニャンキースの、いや球界の新しい希望ですぞ。枯れた我々の常識に当てはめていても、既に誰もが見たことのない景色を望んでしまっているのです」
それにはさすがの小林、尾間もそろそろうんざりだ。おそらくテスト結果の時から長々としているであろう説得を、もう何度もやってられませんわと言う空気が2人ともに充満している。
ちょっと説得が強火オタっぽいけど。
「音堂コーチ、それに皆さん」
どうしても収まりそうにない事態に、野々香が自ら口を開いた。
「あたしは確かに経験も少ないし、女子の挑戦ってのが不安なのもわかります。こんなことが出来るってわかったのもつい最近だし。ただ、野球を好きになったのが最近ってわけじゃありません」
目線はハッキリと音堂を見据えている。まっすぐな目だ。
異世界での1年、仲間や誰かが不安な顔をするたびに、野々香はこの目で言葉を紡いで来た。
「あたしも、野球やれるならやりたかったです。でも、道がなかった。いや、ないと思い込んで自分で諦めちゃったんです」
高校生にもなって男子と一緒くたに野球なぞ、と、何となく流れに任せて道を閉じたのは自分だった。
そうして学駆や友達と一緒にいた時間や、高校、大学生活ももちろん無駄とは思わない。
笑ったり、泣いたり、笑い過ぎて泣いたりした日々は、自身を作り上げる上でかけがえのない大切な時間だ。
そして、大切な時間が作り上げたものに支えられて今野々香はここにいる。
それを簡単に終わらせてたまるか。
「でも、だからこそ、今こうして生まれたチャンスに全てをかけます。……一度だけ、手を貸して貰えませんか」
一度だけ手を貸して。
勇者としての野々香が何度となく言った殺し文句だ。
ただ相手から譲歩を引き出す手と言うだけではない。その一度だけで全てを解決させなければならない、自身を追い込む一手でもある。
が、それを野々香は全て何とかしてきた。
考えてみたら、もう少し早くこうして直に決意表明をするべきだったかもしれない。
そこは実力の世界ゆえに、いいタイミングがなかったとも言えるけれど。
だけど実力の世界だからこそ、今ここでこうして野々香が頭を下げる事が、最高の決め手となるのだ。
「お願いします!」
しっかりと、目を見た上で頭を下げる。
その思いは、音堂にも伝わって……
「……うーん、でもなぁ。やっぱほら、なんか女がプロ野球ってさあ……」
あああああああああああ。めんどくせえええええええええええ。
伝わってもリアルの拗らせジジイは永遠に面倒くさい。
異世界の経験値をフル活用した野々香唯一の誤算は、くそくらえな現実世界であった。
スパーン!
やたら気持ちの良い音が響いたと思ったら、尾間が手元にあったファイルで音堂の後頭部をひっぱたいていた。
「もうなんか、尾間ちゃんグッジョブ」
「さすがに推しが尊い事言ってるのに空気ぶち壊しにしたのは許せませんな」
「はー、時間の無駄だったね。音堂ちゃん出来れば納得して欲しかったけど、しなくても仕事はして貰うし最悪クビも切れるからね?」
「えっ、か、監督!嫌じゃなぁさすがに最後のは冗談というか……」
「言っていい冗談と悪い冗談がありますなぁ」
「わ、わかりましたわかりましたからクビはご勘弁を……!」
……くそくらえな現実世界は、最終手段「上からの圧力」によってくそくらえ気味に解決した。
なんだかなぁ……
あまり社会経験のない野々香は、むしろ異世界の王宮での思い出を蘇らせていた。
まぁまぁ、王がこんな感じだったもので。
結局、上下関係による嫌なしがらみと言うものは、現代でも異世界でも同じような物なのかもしれない。
「姫宮さん」
萎えた空気でだらだらっと退場しかけた3人だが、監督だけが野々香を振り返ると、
「改めて、明日からもよろしくね。期待しています」
しっかりと笑顔を見せて一礼した。
クセの強い人もいるが、この監督なら大丈夫かな。まずは、この人のために頑張ろう。
野々香は少し安心すると、こちらも微笑んで一礼した。
「はいっ!よろしくお願いします!」
礼のあとは、がっちりと握手が交わされた。
野球選手・姫宮野々香初の実戦は、3回1失点、3打数1安打3打点。順調な結果となった。




