番外編「 異世界に来た野球おねえちゃん」8-2
「俺は"火のキュジー"。覚えなくていいぜ。この後焼かれる脳に、刻む意味もねぇ」
突然の敵襲。
キュジーと名乗った魔物は、いわゆる「エレメンタル」と言うべきか。
"炎そのもの"が人型を取ったような容貌をしていて、顔面には見るからに凶悪な表情を思わせるドス黒い目と、ニヤついた口が付いていた。
「竜に力を借りに行こうってパーティーがいるって聞いたんでな。行く手を阻む気でいたんだが……ちょい、遅かったみたいでよ」
キュジーの姿は、こちらを向くアリサの背後を取って立っている。正確には、立っているような形をしている。
「竜の力を得た子と直に戦ったらしんどそうなんでな。代わりに、こっちの子に死んでもらおうかな?って言ったら、おとなしくなってくれたのよ」
背後から、手のような形をした部分が、アリサの首筋に触れていた。
それだけでも熱さを感じるのだろう、アリサが苦しげな表情でうめいている。
「ごめん、油断した……熱ッ」
確かに、油断はあった。竜と会い力を受けた直後、想定外の急襲だ。
ここまでに、魔王の手先が直に襲って来ることはなかった。何故なら、野々香たちはまだ眼中にすらないからだろう。
魔王と双璧を成すほどの強者と触れ合うことのリスクは、考えておかねばならなかった。
「その子を放し……」
「おおっと」
思わず叫ぼうとする野々香を、キュジーはすぐさま遮る。
「そんな陳腐な要求、意味がねぇよな。わかってんだろ、お嬢ちゃんよ」
放してと言われて放す敵はいない。残酷だが、事実だ。
「もうすでに、お前たちが俺の要求を飲むかどうか、って話だ。そうなってるよな?そこの嬢ちゃんも既に了承済みで、お前ら待ちだったのさ。まぁ要求も何も、黙って殺されてくれみてぇな、意味のねぇ話なんだけどよ」
シンプルな人質作戦。今、キュジーの機嫌を損ねれば、アリサは炎の餌食になってしまうだろう。
場所は既に洞穴の出口、竜の力は借りられない。嫌なタイミングを狙われた。
言葉を遮られた野々香も、悔しそうに歯噛みするしかなかった。
「そう、なってねぇよ」
しかし、対面する野々香とキュジーの間を、一陣の風が駆け抜ける。
その風は、正確にはその風を生み出した正体は、瞬く間にキュジーの目前にまで到達。
「トルネード」
学駆だ。少し強引であるが、瞬時に敵の目前まで迫った彼は、風の呪文をキュジーの腕らしき部位に叩き込んだ。
炎が吹き散らされ、一瞬スキが出来たと見るや、学駆がアリサを横へ蹴り飛ばす。
「いたっ!」
少し強引な引きはがしに、地面に正面から倒れ込んだアリサは一瞬衝撃に叫んだが、危機を脱したとわかると、すぐに立ち上がり距離を取った。
「だっりぃ。速すぎだろおめぇ」
キュジーが面白くなさそうに呟く。
"加速"。
シーナは回復・補助といった魔法も遠隔操作で放つことが出来る。
アリサが人質に取られた際、対処出来るのは学駆だと踏んだのだろう。
シーナは時間を稼いだのち、自身に目線が向いていないのを確認すると、即座に学駆に加速の魔法を放った。
それに気付いた学駆が、野々香の叫びのやり取りのタイミングを突いて、上手く立ち回った形だ。
しかし。
「ぐぁっ」
接近しすぎた学駆は、キュジーの逆の手から火炎をもろに食らってしまう。
かろうじて再び捕まるのは、後ろに飛んで避けたが、ダメージは大きい。膝をついてうずくまった。
「アイシング!」
「イ・ウィステリア・フラッシュ!」
ひとまずアリサの危険がなくなったのを確認し、シーナと野々香が攻撃魔法を放つ。
氷の魔法は炎の勢いに負けてさらりと溶け、光魔法は多少ダメージを与えたものの、大きな効果はなし。
動きをわずかに止めさせた隙に、野々香が学駆の手当てに向かう。
ヒールをかけると、荒くなっていた学駆の息が落ち着いていった。
だが、ヒールはそこまで高い効果も即効性もない。学駆が戦線復帰するのは難しいだろう。
「いったん、ここにいて」
「悪いが頼む」
そうして学駆がいつもの表情に戻ったのを見て安堵した野々香だが、その回復の間にキュジーが次の行動に出ていた。
「おいおい人質に逃げられるたぁプライドが傷つくぜぇ、こうなりゃあのガキを殺さないと気が済まねぇな!」
そう言いながら元に戻った右腕と左腕を振り上げると、その両腕から空中に大きな火球が出現した。
特大ファイヤーボールだ。
アリサが最大出力で放つものより少し小さいかもしれないが、それをアリサが食らえばただで済むはずがない。
「させません」
キュジーを挟んで反対側にいるシーナが、その動きを止めるために、キュジーとアリサの間に入り込もうとする。
「へへ、スキありだ」
しかし、あろうことかキュジーは、その火球をそのまま自身のいる真下に振り落とした。
「あっ」
動きの速いシーナであるが、アリサの方へ放つと思っていたそれに、対応がわずかに遅れる。
キュジーを追い越そうとすれ違う瞬間に、真下に放たれた炎は、そのままキュジーと横にいたシーナを巻き込んだ。
シーナの体が、炎に包まれる。
「あっち向いてりゃあ、お優しいお前はかばいに行くだろうと踏んでたよ。俺自身は、ガワの炎に何されても体の中心部が無事なら何でもねぇ。……せっかくの実力も、こんなのに引っ掛かってちゃ意味がねぇなぁ」
倒れ伏してうめくシーナに、キュジーが勝ち誇っていた。
幸い、竜の祝福の力か、相当に威力は軽減されている。
しかしそれでも、四天王を名乗る敵の最大級の炎をまともに食らったのだ。
悔しそうな表情でシーナはキュジーと距離を取りながらヒールを唱えているが、当然ダメージは大きい。回復魔法も、距離を取る速度も鈍っていた。
「遅ぇっ!」
火炎の追撃。炎の集合体なだけあって、次の魔法が発射されるのが早すぎる。
この瞬間、退避不可能と判断したシーナは、既に自身の生存を諦めていた。
予想以上に早かったが、せめてこの人たちのために。
この命を使おう。
そう判断すると向き直り、正面から火球を見据え、腕を広げた。
ドォン……!
その見据える視界に、何かが覆いかぶさった。
「死のうと、したでしょ。シーナちゃん」
野々香だ。
野々香がシーナに被さる形で、キュジーの火球の直撃を背中に受けていた。
「どう、して」
シーナはぽかんとして自身を抱きしめる野々香へ、呟くように聞いた。
こんなかばい合いなどしていても戦況は良くならない。今のスキに、攻撃を一発でも撃ち込んでくれたら、違ったかもしれないのに。
「だから、死のうとしたからだよ。あなたが」
野々香の息は上がっている。背中側に光の防護膜を張って軽減はしたが、ダメージは大きい。
そこにさらにもう一発、火球が放たれる。
野々香はさらにシーナを強く抱きしめると、もう一発の火球も全て背中で受け止めた。
「熱っ……」
声が弱々しい。このまま食らっていてもジリ貧だ。シーナを犠牲にしても、野々香は反撃に転じるべきだ。
思わず気休め程度のヒールをシーナは放っていたが、そのわずかに戻った体力で、野々香は崩れ落ちそうになりながら、言った。
「あなたは死なせない。言った、でしょ。……シーナちゃんがいないとあたしが生きていけないんだ」
「だから、どうして!」
「仲間、だから」
仲間。
出会った時にしたやりとりを、シーナは思い出した。
そんなことを言われても、わからない。
シーナに仲間が出来たことはない。
「わかりません」
「じゃあ、これからわかれよ」
ふと、背後から声がした。
アリサだ。
「うちは野々香さんがシーナを見捨てられない人だって、わかってる」
少し離れた位置にいたアリサが、シーナの隣に来ていた。
「わからないじゃないだろ。シーナ、お前が本当にうちらの、野々香さんのために何か返したいと思うなら。今、わかってあげなきゃいけないんだよ」
アリサの手元には、火球ではない。氷塊が生まれている。
先の"継承"の影響か、窮地による開花か。アリサはシーナの氷魔法をも習得してしまったようだ。
「手を貸してくれよ……この馬鹿っ正直なおねえちゃんを、助けるために!」
瞬間、さらにもう一発。
容赦のないキュジーの炎が撃ち込まれ、野々香に直撃。野々香が苦悶の表情を浮かべた。
「シーナ!」
アリサが叫んだ。同時に、心臓が跳ねるような衝撃をシーナは感じると、その手は自然と魔力を生み、その腕は前へ差し出された。
「ダラッダラくっちゃべるの、待っててくれると思ってんなら意味ねぇぞぉ!」
そう言いながらさらなる追撃の準備をするキュジー。
ばしゅっ。
四発目の炎が飛ぶ前に、その本体を覆う炎が風に巻かれ、大きく散った。
学駆だ。わずかながら、時間を置いて回復した彼の魔法だった。
死角から放たれたトルネードがキュジーの攻撃を止め、瞬間、体を覆う炎も散らして「中心部」らしき箇所も露出させた。
魔力で出来ている球体のようなものが、人間でいう心臓辺りに存在している。
「アリサさん、露出した箇所に全力の氷魔法を!中心部を凍らせれば、倒れるかもしれません!」
「りょーかい!」
アリサとシーナ、二人の手から放たれた魔力は、互いの魔力同士が絡み合い渦を巻くようにして、その規模を大きく広げて行く。
『アイシング!!』
キュジーの火球を上回る規模の無数の氷塊は猛吹雪となり、散りかけている炎の壁の熱を簡単にぶち抜き、中心部に着弾。
その箇所を凍り付かせると、そのまま"元はキュジーであったもの"は消滅。
凍結した球体だけが、その場に残されていた。
「今日は……もう報告、行けねぇな」
「ボロボロだねぇ、あはは」
最もボロボロになった野々香が、学駆の肩を借りながら茶化すように笑う。
他の三人は軽傷……とは言えないが、動ける範囲だ。野々香だけは、火球を三発も貰って、回復魔法でも追いついていない。
しかし、竜に会いに来て襲撃された以上、無理にでもここは離れるべきだ。
「ボロボロに、なったのは、誰のせいですか、もう」
シーナが横について回復魔法を唱えながら言う。
その言葉が途切れ途切れなのは、感極まっているからのようだ。涙ぐんで、つかえながらの言葉は、しかし責めているわけではない。
「へへー、あたしの、せいでーす……」
本当は、シーナ自身が可能性を放棄して、卑屈なまでの自己犠牲に走ったせいだ、と、シーナは自分でそう痛感している。
だが、それで再び自身を責めていては、何も進歩がない。いや、一度「僕のせい」などと言いかけたのだが、アリサにそれを制止された。「だから、それで野々香さんが納得すると思うのか」と。
やってる事は変わらないのでは、と反論するシーナに、さらには学駆も返した。
「違うよ。ただ犠牲になろうとしたお前と違って、あいつはお前の力で全員を生かそうとしたんだ」
これには、シーナも反論が出来なくなった。
なんて無理やりな人なんだろう。シーナは思う。
無理やり信じて、無理やり庇って、無理やり生き残ってしまった。
いまはまだ、絶対の強さを持っているわけでもない。竜の力もシーナに与えられてしまった。
それでも、いや、だからこそ。
不思議と支えたくなる人なのだ。
姫宮野々香は、そういう心地よい強引さを、シーナに突き付けてくれたのだ。
「一応聞いとくよ、シーナ。一緒に街へ帰るか?」
学駆が尋ねる。
「今来るなら、もう二度と僕なんかーなんて言わせないぞ。元の世界に帰るまで、ずっと一緒だ」
反対側で肩を貸している野々香ごしに、イタズラっぽい笑みを浮かべる学駆。
この人も、ずるい。シーナは思った。
……答えなんて、わかっているくせに。
シーナが浮かべた、少しだけ涙目の笑顔。
その美しさに、野々香が再び興奮して体を跳ねさせて、痛がっていた。




