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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
4.後半戦

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第90話 「こうつうひ」

 突如現れた母のサプライズアタックに、野々香は内心、祈った。

 見送りに来た民地(たみち)も暇ではないだろう、この場は挨拶だけ済ませすぐに帰ってくれ、と。


「おや、お母さまですか。偶然ですな、今ちょうど野々香さんとお話させていただいたところで」


 あああああ。会話スタートしちゃった。

 野々香は頭を抱える。やむを得まい、この状況で出くわした親を無下にはできないだろう。


 最悪なのがこの場に現れたのが母単体だということだ。

 椎菜か法奈でもいればまだストッパーをしてくれる可能性はあった。

 しかし、彼女たちは南の方と合流するためにいったん別行動を取っているそうな。

 よって、母は止まらない。


「そうなんですよぉ、この子ったら昔からイケメンパラダイスに憧れてて!今ったらもう周りは男子ばっかりで、それみたいなものでしょう?少女漫画や乙女ゲームのヒロインみたいで、母も憧れちゃうくらい」


 どうにか口を塞ぎたい野々香だったが、民地が目の前にいては難しい。

 その一瞬の判断遅れの間に、案の定、母はさくさくと野々香の黒歴史を披露し始めていた。


 平時でも弱火力でコトコト来る母の娘自慢(自慢になってない)だが、アピールタイムだと把握するとそれはさらに加速する。

 黒歴史のレッドスターになる前に、どうにかしなくては。


「ごめんお母さん、話は切り上げてもう行こう?その、あたしちょっと、胃痛腹痛が……」

「イケナイ大腸ー!?」

「うるさいよ!」

「珍しいわねぇ、野々香が体調不良なんて。マジラブが1000%あれば疲れ知らずだって昔から」

「お願いだから追撃やめて、少し黙って。クラクラしちゃう」

「十六夜涙、流しちゃう?」

「もうやめてぇ!」


 頭を抱える野々香に、民地は苦笑い、雀は呆然としている。

 雀を呆けさせるとは恐ろしい母だ。いや、立場上、雀も野々香母に強くは当たれないので致し方ないが。


「はは、娘さんと同じで楽しいお母様ですな」

「違うんです、あたしは真剣にやってるんです、別にイケメン回転寿司が見たくて野球をしているわけでは、いま娘さんと同じっつった!?」


 ひどい風評被害だ、一緒にしないで欲しい。

 と野々香は思ったが、雀が「この親にして……」とかぼそっと呟いたのが聴こえてしまった。ひどい。信じていた仲間に裏切られて魔物(母)の元へ捨てられました。

 そのまま一方的な蹂躙が始まる空気だったが、しかし雀は冷静だ。そこに素早く割り込んだ。


「野々香さん、お母さんと会えて嬉しいのはわかりますが、民地様にちゃんとお別れをしてからにしましょう。お話はまとまっているのですから」


 ナイスフォロー。

 お互いに不快感を残すことなく、かつ民地と母による再面談の必要がないことをそれとなく指摘し、この場を辞するための的確な発言だった。

 それを陽代や野々香は当然察せていないが、雀の視線を民地がきちんと察してくれた。


「ええ、楽しいお二方で名残惜しいですが、明日は大事な試合ですからね」

 相手に察してもらうというのも少し情けないが、それは野球メインの選手を支える以上、ある程度必要なことだ。

 会話を落ち着かせる展開を作ってくれた雀に、民地は何かを思い出したように、


「……そうだ」

 と、懐に手をかけ何かを取り出した。

 封筒だ。


「これは、少ないですが交通費としてお受け取りください」

「こっ、こうつうひ!?」

 それを聞き野々香は戦慄する。


 "交通費"。

 噂に聞いていたが、まさか本当に存在したのか、その文化が。

 今回試合のついでに球場で話しただけ。移動費がかかるわけがない。

 この場合渡される封筒の意味は、すなわち。交通費などではなく。


「う、受け取っていいんですか……?」


 その昔、「逆指名」「希望枠」というシステムがあった。

 選手側から入団する球団を選べるというシステムだ。

 その頃、噂によれば視察や面談の際にスカウトから"交通費"という名目の何かが渡されたことがあると聞く。


 しかし、現在はそんなシステムはない。野々香に何かを渡したところで、結果入団の可能性が上がるわけではない。

 なので大丈夫なはずだ。それとも、最後に試されているのか。しかし断るのも心象が悪いか。


 どうする。

 思考がぐるぐるとして混乱する野々香を見て、これも雀が素早くフォローに回った。


「ありがとうございます、スタッフとして代理で受け取らせていただきます。この場で開けさせていただいても?」


 そう言って民地に確認を取ると、封筒を開封してしまう。

 なるほど、こうした上で対応を検討すれば問題は起こりにくい。

 中には、お札が……


「に……二千円……」


 本当に"交通費"が入っていたことに、野々香と雀は安堵し、

「あらぁ、あらぁありがとうございます!それじゃちょっと贅沢して、法奈との待ち合わせにタクシー使っちゃいましょ!」

 陽代は呑気に喜んでいるのだった。



「胃が3つくらい潰れた……」

 タクシーの中でぐでーっとシートにもたれかかりながら、野々香は呟く。

「満塁にしてから抑えるクローザーの登板後みたいな気分だよ」


 母は強し。

 普段引っ掻き回す側一直線の野々香が、ひたすら引っ掻き回される役回りになるのは珍しい。


 とはいえせっかく遭遇したので、野々香は雀と別れタクシーに乗り込み、一度法奈たちと合流することにした。

 椎菜と南の状況も気になるし、かつての仲間たちに会ってパワーを貰いたいとも思った。

 いくら普段ポジティブ一直線の野々香でも、今夜をずっと一人で過ごすのは少し不安なのだ。


「縁起でもないわねぇ、明日が優勝決定戦だって言うのに」

 誰のせいじゃ。と野々香は思ったが、諸々疲れているので何も言わないでおく。


 合流地点に行くと、笑顔の3人が待っていた。

 椎菜と法奈は満面の笑みなのに対し、南は少しだけぎこちない、居心地の悪そうな空気だが。


「あっ、お姉ちゃんも来たの?」

 予定外の遭遇に、法奈は心から嬉しそうにしている。なんだかんだで、直に会える機会は少ない。密かに寂しがりやの法奈は、口だけは素っ気ない印象だが、真っ先に野々香に向かってきた。


「法奈、よくぞ来た。明日はきちんと応援するのじゃぞ」

 謎の王様口調な野々香に法奈は「はいはい」とだけ、やっぱりそっけなく返すと、


「南くん、めちゃめちゃ可愛いね。私服だとほとんど女の子じゃん。この際南くんもうちで養わない?養いたさメーターが」

「あたしと同じこと言ってる!」


 まさかの、南がぎこちないのは法奈に対してだったのか。

 今日の南は最初に異世界に飛んで来た時のような、大きめのパーカーに膝下くらいのハーフパンツ。普通にボーイなのに何故かボーイッシュと呼びたくなるような格好だ。


 ふんす、と鼻息荒く野々香に迫る法奈に野々香は思わず初対面のことを思い出した。

 うん、自分も言った。養いたいとかなんとか。こんなところが姉妹でかぶるとは野々香としては若干心配になる。

 でも男子高校生を養いたいお姉さんをしている場合ではない。


「ごめんね南くん、うちの法奈が粗相を……」

 一応姉としての立場を通そうとする野々香。

 南はちょっと伏し目がちな、ジト目に近いような表情で視線を返した。


「したと思いながらその顔見るとちょっとあたしもしんどいというか、いいですねその目線、もっと貰っていいですか。出来ればもうちょっと顔を赤らめて」

「おい、姉!」


 あっさりと姉の立場をブン投げた野々香に南から直接抗議の声があがる。


「はしゃいでごめん、南くん。お姉ちゃん見たら急に申し訳ない気持ちになった」

「わかってくれたらいいんだ」

「人のフリ見て我が不利に!」


 姉を見てあっさり謝る法奈に、南は和解の意を示す。結果的にまた野々香だけが空気を読めてない感じになった。


「野々香さん、元気ですね。今日も大事な試合に面談までしてきたんでしょう?」

 こうなると、さりげなくフォローに来てくれるのが椎菜だ。

 はしゃぐ空気をいったん落として、野々香を立てようとしてくれる言い方が健気である。


「元気だよ!何せ、試合前にみんなに会えるって聞いて椎菜ちゃんにも会えるんだから!今日も可愛いよ椎菜ちゃ」

「うわぁ、こっちにも来た」

「うわぁ!?椎菜ちゃんにうわぁって言われた!?」

「そりゃ今の流れでそう行ったらうわぁってなるよ、ののちゃん……?」

「ほんとですよねぇ」


 椎菜と南、二人が寄り添って野々香に抗議の視線を送る。その様子を見るに、二人の間で会話もできないような不仲にはなっていないようだった。


 二人とも元から優しい子なのだ、ちゃんと話して、わかり合えたのだろうか。

 結果的に完全な道化になってしまったが、野々香はそれを見て少しだけ安心した。


「もう、野々香。若い子のエナジーを吸うのもほどほどにしなさいよ」

「あたしそんな美少女戦士の敵ボスみたいな挙動した……?」

「私は二人目の四天王の死に様でキュンキュンしたわね」

「誰も聞いてないよ」


 状況をのんびりと見ていた母、陽代からも声をかけられる。

 野々香は不服ではあったが、大人しくするしかない。いや、挙動に関しては、したといえばしていたし。

 そして大人しくなった野々香に、母はつかつかとすり寄りながら、


「野々香がやたら空元気を振り撒いてるのは、実は不安、って時なのよねぇ」


 核心をついてきた。

 唐突な指摘に、野々香はすっかり黙り込んでしまう。


 まったく、母は強し、だ。

 少しだけ黙ったあと、野々香は再び同じ感想を浮かべ、ふっと微笑みを浮かべる。

 そして、言った。


「ああもう、そうだよ!あたしだって緊張してるんだよ!寂しくて家に帰りづらいんだよ!みんな、あたしを励ませー!安心させろぉー!」


 半ばヤケ気味に開き直ると、この際全力で甘えることにした。

 その態度に他の皆も微笑みを浮かべると、


「ほんとお姉ちゃんは手のかかる」

「人のこと言えないけど、素直すぎだよ、ののちゃんは」

「でもそこがいいんでしょう?」


 法奈、南、椎菜がそれぞれに野々香を囲んだ。


「よし!そうだいいぞぉ、仲間のパワーで充電だぁ!」


 それから、五人で時間の許す限り、他愛のない話をした。

 チームメイトもいるとはいえ、選手は基本、試合を離れれば孤独だ。だからこそ、大事な戦いを前に、自分が一人じゃないことを確認出来たのは嬉しい。


 休むのは必要なことだが、それまでの時間を、大切に、大切に。旅立つ前の勇気を、家族や仲間から貰っておいた。

 ついでに、帰ったら帰ったでちょっと寂しくなって、気を紛らわすために通話で寝ている学駆を起こした。起きてるかい電話はやめろと怒られた。



 そして朝、球場前。

 大切な人達に見守られて、これから最終決戦が始まる。


「それじゃあみんな、姫宮野々香、いってまいります!」

『いってらっしゃい』

 最後はたった一言、満面の笑顔で言葉を交わすと、野々香は一人、その場を後にする。


「じゃあゲン担ぎで、試合結果はあらかじめ書いておくわね」

 と、別れ際に母から何か不吉な予感がすることを言われたので、全力で遠慮しておいた。


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