第89話 「スカウト面談」
三連勝で優勝が決まるタッツ戦で、見事に二連勝を飾ったニャンキース。
各選手がしっかり活躍して、その熱も冷めやらぬうち、デーゲームでの試合後に野々香はすぐに移動を開始した。
というのも……
「面談?」
「そう、スカウト面談」
この試合が始まる少し前。野々香たちにやって来たのは、スカウトからの面談の打診だった。
プロ野球のドラフト会議は日本シリーズ直前、10月下旬ごろ行われる。
そのため、指名を検討している選手への最終チェックが、9月後半から10月前半にかけて行われるのだ。
単純なプレーならば試合等を視察に来れば済むが、素行面や態度、性格なども最後に確認する必要がある。
二軍や独立リーグであればもちろん試合の真っただ中だったりするのだが、目的は何より指名されることなのだから仕方がない。
最終戦を目の前にして、試合後の夜に面談というのはハードだが、先方の都合に合わせなければ。
そんなわけで、野々香はタッツのスカウトから、お呼びがかかったそうだ。
「あの、すいませんがお母さんは連れて行かなくていいですよね?」
しかし野々香は、話を聞くなりすっとぼけた質問を返してきた。
「来なくていいに決まってるでしょ。っていうかなんで。お母さんその日近くにいるの?」
「います」
「えっ、いるならまぁ、大事な娘さんのことなので同席させてもいいとは思うけど」
きょとん、として小林監督は気遣いを見せようと、面談プランの再考にかかろうとする。
しかし、野々香はその肩をがしっと掴むと、
「逆です。絶対に同席させたくないんでさくっと終わらせましょう。あたしだけで。粛々と」
「えぇ……?もちろん成人しとる君が無理に連れていく必要はないよ。高校生とかなら保護者の方とも話す必要はあるが」
「あ、あはは、そりゃそうですよね。あたしももう大人ですもんね。自分のことは自分でちゃんと話せますし、お母さんなんていらんかったんや」
小林監督も普段の野々香とは違った謎のテンションに困惑している。
やけに鬼気迫る空気は、普段の彼女からはあまり感じられないものだ。
母を極端に嫌がる理由はシンプルなもので、うっかり同席するとかえって不利になる情報をバンバンばら撒くからだ。
では野々香ソロなら問題なくやれるかと言うと怪しい話だが、進路相談で教師の前で「最近神様はじめましたと言っていたわ」とか「将来でしたら会長でメイドになって俺様なティーチャーと結ばれたいって言ってたわよね」とかぶちまけられたトラウマを思えばいない方がましだ。
是非陽代には欠席していただきたい。
実は、名古屋の最終戦に母・陽代と妹・法奈、そして椎菜と南が観戦に来ることになっている。
父・昌勇と、学駆はさすがに平日なので、確定もしない予定に呼ぶわけにはいかず、四人だ。
条件は厳しいが、可能性があるならば直に見届けたいと、法奈と椎菜が学校から帰った後すぐに新幹線を飛ばしての前乗り。
南も椎菜と会う点では複雑な心境もあるのか?と心配はあったが、「行くに決まってんじゃん!」と嬉しそうにしてくれていた。
学生組は翌日の学校を休んでまで応援に乗り出して来てくれるという。
なので、夜ごろには三人で名古屋に到着し、南と合流する手はずだ。
せっかく前日に来てくれるのだから、家族に挨拶くらいはしたいところだが仕方がない。
スカウトとの対話は何より最優先だ。
野々香は試合後、球場の会議室へ、雀を連れて向かって行った。
「やっぱりスカウトっていうと、釣り目・三白眼のチョビヒゲで影から目を光らせてたりするの?」
「野々香さんの知識偏りすぎじゃない?」
「007に警戒されないように気を付けないとだよね」
「それ言われた選手、大体ろくな活躍しないですからね」
一応野々香でも緊張はしている。会議室前でくだらないやり取りを雀と済ませると、ひと息だけついて会議室のドアを叩いた。
「失礼します」
この謎の緊張感は大学の面接以来だ。
いや、強いて言うなら竜との対面の時以来だろうか。
いざ会話すれば野々香は持ち前の強心臓でぐいぐい行ってしまうのだが、それでも会う前というのは少しばかり固くなるものである。
「どうも、スカウトの通称007、影山です」
「…………!」
野々香がぱくぱくと口を開いて雀の方を見る。
ほら見ろ、やっぱりそうじゃんと言わんばかりの顔で。
「すいません嘘です」
「嘘なの!?」
しょっぱなからネタをかまされた。
どうやら中に入る前に会話していたのを聞かれていたらしい。随分なおちゃめさんである。
そもそも、見た目は全然野々香の想像と違い、白髪混じりの短髪に眼鏡にスーツ、と普通の中年ビジネスマンだ。
「スカウトの民地寧三と申します。どうぞよろしく」
「姫宮野々香と申します。このたびはお招きいただき大変光栄に存じますわ」
「どこの舞踏会よ」
謎のカーテシーのポーズを取る野々香に思わず雀もくだけたノリを披露してしまう。
いや、概ね華やかさや楽しさと無縁だった異世界でも、一応あったのだ。
令嬢ものでしか見られないような、舞踏会的ステキイベントが。
先方のノリが軽かったのでついやってしまった。
名刺を受け取る一般的な儀式を済ませると、挨拶と握手をかわして着席する。
「いやぁ、常に楽しそうな雰囲気でやってらっしゃるから心配はしませんでしたが、見ていた通りの方ですな、姫宮さんは」
「あはは、元気だけが取り柄みたいなもんですから……褒めていただいてますよね?」
「褒めていただいてると思いますよ。まぁ、口はよく滑らせますけどね」
スカウトが直に視察に来る理由は、実力面だけで測れない素行や態度、真摯に取り組む姿勢などを判断するためだ。
特に近年はここを慎重に見ておかないと、常識や社会性を著しく欠いていたり、守秘義務を守れずにSNSで余計な事を漏らしたりが有り得る。
この状況での「見た通り」は、しかしポジティブな意味と受け取って良い。
試合内外で見えている範囲での野々香の素行は非常に良好だ。
先日少しばかりエキサイトした件も、相手が相手だけに印象を落としたことはなかった。
むしろ野球に、チームに真摯に取り組む姿勢はさらに評価されたくらいだ。
雀の言う通り、変なとこで口を滑らすこと以外に不安要素はないと思える。
そうなれば、話はとてもスムーズだ。
裏表のない野々香の性格は、民地スカウトにも好印象だったようで、その後も和やかに面談は進んだ。
「素晴らしい。一軍で活躍すれば、新時代を築く第一人者となるでしょうな」
「いやぁそんな褒めないでくださいよタミッチ~」
「砕けすぎィ!」
進んだけど、「須手場さんは苦労してそうですな」と民地が労っていたのがちょっとだけ気にはなった。
「ともあれ、前向きに検討するように私から球団に言っておきます。夢、叶うといいですね」
「はい、ありがとうございます!」
そうして再び握手をかわすと、民地はわざわざ球場出口まで見送りに来てくれた。
大事な試合の最中の面談だ、これほどストレスなく終わるとはありがたい。
それも日ごろの行いが……などと、少しばかり上機嫌になった野々香だが。
「あ、来た来た野々香!もう、連絡しても繋がらないから迎えに来ちゃったわよ~」
外に出た瞬間駆け寄って来る予定外の女の姿に、口をぽかんと開けて動きが固まる。
よりによってスカウトの方と別れる寸前、出口で待ち構えていたのは、野々香の黒歴史スピーカーこと母・姫宮陽代その人であった。




