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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
4.後半戦

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第86話 「勝ってから言えって話なんだよな」

明けましておめでとうございます。

新年最初の更新です。ニャンキースの戦いもいよいよ佳境。ブックマークに入れていただき、一緒に見届けてください。

本年もおねえちゃんを、よろしくお願い致します。

 まずは、1番・日暮有人。

 頼れるリードオフマンの先頭の打席だ。


「この試合で姉さんに土を付けさせるわけにいかねェよなぁ。かかってこいよ、セ」

「今セクハラ魔人って言おうとしたよね?」

「反応はやッ!もう自分で言ってるじゃねーか!」

 自分で自分を追い抜き去って行く植引の自滅気味の舌戦だったが、投球はそうもいかない。


「ストラーイクッ!バッターアウト!」

 プライドを傷つけた事が災いしたか、この日の植引は絶好調。

 バットに当てることには生半可な一軍選手よりも上手い、出塁特化型の有人が、まさかの三振を喫した。


 前回も悪者に仕立て上げられてコントロールが崩れ、すっぽ抜けやボール球の多かった植引だが、今日はほぼミスがない。

 まるで全盛期の様に狙った位置にズバズバとボールが納まっていた。

 2番・楠見玲児も得意の粘りでコントロールを乱すのを期待したが、


「バッターアウト!」

 3-2からの7球目、アウトハイにズバッと飛び込んだ146kmのストレートに見逃し三振。

 四球でも塁に出られれば、と当て込んだ楠見の思惑を見事に利用されてしまう。


 3番の風間も二死からなので長打狙いであることを見透かされた様に、フォークフォークの連投で打ち気を外されて、最後は当てただけのセカンドゴロに仕留められた。


 そして、1回裏。野々香がマウンドに上がる。

 野々香は"今"を噛みしめるように、少しだけ、目をつぶって俯いた。

 助守がミットを構える。


 ……ここに投げ込むのも、最後かもしれない。

 そう思うと、少しだけ感慨にふける時間が欲しかったのだ。


 タッツの1番も、一軍で有人なみの出塁率を残している左打者のケント・スレッド。

 野々香の160km超えの直球に、とにかく付いて来る。


 一軍にはそれくらいの投手ならゴロゴロ……はいないが、少しはいる。野々香の球が速いというだけでは簡単には打ち取られてくれない。特にこの選手は、助っ人と呼ぶには期待ハズレでも優秀な巧打者だ。


「いい加減……ミス、ってっ!」

 しぶとく食いつくケントのバットを、最後はインハイの絶妙な所に投じたカットボールで、詰まらせた。

 音堂直伝、いわゆる「元・真っスラ」。


 速球の軌道からさらに左打者の手元へ切れ込むボールは、手を出せばクリーンヒットにしようがない。

 8球を要したものの、ファーストゴロで1アウトを取った。


「ワンナウトー!」

 こうしてナインに、観客に向けて声を上げるのは1年間何度もやってきた事だが、さすがに少し今日は声が大きくなった。

 周りもどこか察するものがあったか、反応する声も大きい。


 その大きな声にさらに反響するように、野々香はペースを上げて行く。

 2番の恵比寿、3番の干良といった一軍戦力のメンバーも、力で押し込んだ。

 1回はそれぞれ、三者凡退で終了した。


「タオス……セクハラマジン……タオス……」

 2回表。

 既に何かが壊れかかっている、普段は頼れるはずの4番がバッターボックスへ向かっていた。


「いや待て待て、待って大諭くん」

「何ですか監督。止めないでください。止めても行きますよ、俺は」

「うん、何かかっこいいセリフ言ってる様に聞こえるけど、打順だから行くに決まってるよね?冷静さを欠いている様だからちょっと声かけたんだけど」


 植引との因縁……なんてものは実際ありもしないのだが、野々香に触れたせいで樹の中に勝手に生まれた。

 完全にこちらから因縁を付けている状態だが、樹にその自覚はない。


「何に腹を立てているかなんとなくはわかるけど、相手は一軍でやってるベテランだ。そんな直情的な顔をしていたら足元をすくわれるよ」

 そう言って冷静な対応を促す小林監督だったが、今の樹にそれは難しかった。


「ストラーイク!バッターアウト!」

 一般的に利き腕が同じであれば不利とされる右対右の対戦で、かつ相手はベテラン。

 躍起になって大振りする樹は、軟投派へと転身した植引にとって完全にいいカモだった。


 外のストライクゾーンをかすめるくらいの位置からさらに外へ逃げて行くスライダー。

 右投手の投げるこのスライダーを右打者はそう簡単には打てない。


 おっつけて流し打ちをすればヒットには出来るかもしれないが、気持ちがはやってホームランを狙う樹にとっては絶対に打てない球となった。


 いわゆる「外スラクルクル」状態だ。

 これで気を良くしたか、続く野々香にもキレキレのスライダーを武器に丁寧にコースを突いて来て、三振。

 続く来須も三振に仕留められ、三者三振を喫してしまった。


「ここまで来て、何をやっとるのかね」

「うぐ……すんません」

「ちゃんと野球をしなさい、今までの集大成なんだよ」


 小林監督が攻守交代の前、守備に向かおうとする樹に呟いた。

 この監督、基本的には優しいし、恫喝など感情的になるタイプではないが、酷いミスや怠慢にはこうして静かな圧をかけて来る。

 それを明らかに感じ取り、ナインは背筋を張った。


「相手は一軍、実力差は明白。胸を借りる?それもいいでしょう、普通なら。ですが」

 尾間コーチも普段は論理面の説明や考察が多く、さほど感情を表には出さないが、今日は少し彼も様子が違う。


「この三連戦は、胸を借りている場合じゃありませんぞ。今ここで、彼らを超えるのです。それがそのまま、優勝ひいては指名に繋がるものと、心するのですぞ」

 正論だった。

 浮ついた余計な感情を抱えたままでは、勝てない。

 改めてナインは気を引き締め、グラウンドへ向かった。


 2回、そして3回も両チーム三者凡退。

 両軍ともにパーフェクト、植引は7奪三振の快投ぶりで、一軍の貫禄を見せつけて来た。


 先日決勝ホームランの助守は打撃の方でも調子がいいのか、唯一粘りながら打球を外野に運べたものの、正面のライナーとなってしまい、悔しそうに肩を落とした。

 一方の野々香は抑えてはいるものの、相手打線の粘り腰に48球と投球数がやや嵩み、奪三振も2つのみ。

 このまま両者が意地の張り合いを続けたとして、野々香の方がジリ貧となって力尽きる可能性が高い。


 4回表、再び1番・有人からの攻撃となる。

 状況を開くためにはこの男の力が不可欠となるが。


 ……とにかく当てろ、当てれば何かが起こる。

 日暮有人も受けたことがある、少年野球からの教えだ。


 けれど、その"何か"とは当然打ち崩したとかではない、フェアゾーンに転がせば相手がミスするかもしれない、当たりが悪くても内野安打やポテンヒットになるかもしれない、運が良ければ。


 そんな弱気な考え方で、勝負事が出来るかよ。俺たちはピッチャーとバッター、やるかやられるかの勝負をしてんだぜ。

 当てて転がして内野安打なんかじゃ、かっこわりぃだろ。

 ……と、有人は思っていた。


「外角を、追ッつける。転がしてもいい、三塁方向に」


 現実は非常だ。

 有人には残念ながら、やるかやられるかの勝負をしきるだけのパワーヒッターには育たなかった。


 打てないわけではない。ただ、ドンピシャで芯を食えばスタンドイン出来る、くらいだ。

 今目の前を切り開くためにアテに出来る能力ではない。


「かっこいいとか悪ィなんてことは、勝ってから言えって話なんだよな」


 絶好調の植引であるが、右投手。左の有人にとっては、球の軌道だけなら見えやすい。

 そして、左打者の有利な所は、シンプルに一塁ベースへの距離が短いことだ。


 カンッ


 外角ストレート。

 ではない、落ちた。スライダーだ。


 完全に読み違い、有人の打球は引っかけただけの、平凡なサードゴロ。

 だが、有人は走った。全力で、一塁へ。


「あっ!」


『あーーっ!!』


 一塁へ無我夢中で駆ける有人の耳に、悲鳴が届いた。

 一塁コーチから声がかかる。

「回れっ!」


 有人が横目にサード方向を見ると、ボールはサードベースの上を通過してレフト線へ転がっていた。

 サードは見えない。ホームベース近くで振り返り、呆然と打球を見送っている。

 トンネルだ。


「へへっ……俺だって、一軍目指してんだ。知らないわけじゃないんだぜェ」


 一塁を蹴り、二塁へ到達した有人は、投手との勝負は完全に負けておきながら、してやったりの表情で笑みを浮かべた。


「ケントさん、あんた守備ヘタクソだもんな」


 そうだった、チームは真剣に強敵と戦う心持ちゆえに、一つ忘れている事があった。

 タッツ戦は、何かが起こる。


 植引のパーフェクトは途切れ、無死二塁のチャンスが訪れた。



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