第85話 「決戦」
さて、再び決心したりへたれたりもう一回決心したりする樹たちだったが、そうする間に時は過ぎ、9月後半。
3日の休養期間の間にさらにモチベーションを高めたニャンキースにとって、下位に沈むトリトンズはもはや盛り立て役にしかならない。
樹が28号、野々香が26号を放つなど一気呵成の勢いで投打に圧倒。
引き分けを挟み、合計なんと7連勝。この時点でついに首位に浮上した。
ここまでで、残り試合と現状をまとめておく。
これでニャンキースは66勝48敗、貯金が18。
タッツも、67勝49敗、貯金が18。
サルガッソーズは64勝52敗、貯金12。首位とのゲーム差は、3。
残り試合数は全チーム6。カードはニャンキースがタッツ、ミラクルズ。
そしてタッツは、ニャンキースとサルガッソーズとの6連戦となる。
3ゲーム差のサルガッソーズにも優勝の目は残されているが、2位と3位の直接対決があるためニャンキースの方が優勢と言える。
さらに、二軍ならではの妙がある。
二軍は中止の場合、再試合は行われない。そのため消化試合数は各チームで差が出る。
貯金は同数だが、ニャンキースは消化試合数が2少ない。
勝率を計算すると、ニャンキースは.579。タッツは.578。現状で、貯金の数は同数ながら、勝率がわずかに上回り、単独首位になっているのだ。
よって、このタッツ戦3試合を仮に3連勝すれば……
サルガッソーズ、タッツ共にニャンキースと3ゲーム差以上離れている状態になり、もしもその3差が詰まってしまっても、勝率はわずかにニャンキースが上回る。
つまり、この名古屋でのビジター三連戦。ここでタッツに3連勝すれば優勝なのだ。
監督ら首脳陣も細かに計算を重ね、間違いはないと確認した。
「いやね、ぶっちゃけこんな優勝するかしないかの勝率の計算とか、同率の場合どっち首位とか、そんなもんずっと関係なかったから忘れとったよ。わはは!」
と、小林監督は笑っていた。
そして、タッツとの最終カードが、始まる。
第1戦目の先発は……
「先発、姫宮野々香!」
「はい、元気です!」
サルガッソーズ戦から、中7日。少し長めの休養を置いて満を持してのご指名に、野々香は全力で応えた。
タッツ戦からは6連戦。この日に投げたら、最後のミラクルズ戦での登板はない。
敢えてその前の試合とミラクルズ戦に野々香を2登板させるプランもあるにはあったのだが……
「首位決戦にエースを出す方が粋ってもんだろぉよ、なぁ姫宮!ガハハ!」
音堂コーチの一声から、首脳陣の満場一致にてタッツ戦の登板が決定した。
老害を極めていたコーチも、今や大事な場面で野々香の勇姿を見せる事にすっかりハマってしまった。
よって、この日、これが先発姫宮野々香の最終登板だ。打順はこれまで通り5番・投手兼DH。
当然、捕手も助守白世が指名された。
1番サード日暮有人・2番レフト楠見玲児・3番ライト風間良・4番ファースト大諭樹・5番ピッチャー姫宮野々香・6番セカンド羽緒烈久・7番ショート来須塁守・8番センター鈴村歩・9番キャッチャー助守白世。
ニャンキースの布陣はこの形となる。
そして相手チームのタッツだが……。
「なんか……おかしくありませんかな?オーダーが……」
尾間コーチが眼鏡をクイクイやりながらオーダーを見直している。あまりにクイクイし過ぎて眼鏡がずれてもう裸眼で見てるやろそれってくらい、クイクイしていた。
相手軍ベンチをふと見ると。
「あれは……ケント・スレッドさん!?」
左打者としてシュアなバッティングの謳い文句で日本野球に殴り込み!一軍で打率.270、出塁率.350を超える成績を残すも本塁打2本、決して酷い成績じゃないが、これ助っ人か?と疑問の声が多く、守備でも課題を残した"コレジャナイ感助っ人"。サード、ケント・スレッド選手!
「シューゴー・マックさんもいるぞ!?」
メジャーで何発やら打った右の大砲の実績を引っ提げて獲得されたが、ファストフード店を気に入り過ぎて通い詰めた結果日本で激太りしてしまい、18本塁打を放つも打率2割未満、150三振の"特大幅広扇風機"。セカンド、シューゴー・マック選手!
と、期待外れさをディスってはみたが、それは一軍での話だ。
残念な要素はあるし、来期の契約に関しては二の足を踏む可能性のある外国人選手たちだが、二軍落ちをする程悪い水準というわけではない。出塁率.350も、本塁打18も、他に少し欠点があっても一軍戦力だ。
まして、二軍となればレベルが違う。とんでもない難敵の登場である。
見れば、今年一軍戦力として定着していたファーストの干良、レフトの恵比寿などの主力たちもベンチにいるのが見えた。
「そして先発は……メジャー経験のあるベテラン、植引橙次投手」
小林監督からさらに、相手先発の名前があがった。
「あー!セクハラ魔人!セクハラ魔人だ!」
「うぉぉい!対面ベンチでもちょっと聞こえたぞ誰がセクハラ魔人だ!」
あまりに大声で有人が騒いだせいで向こうのベンチにも聞こえたらしい。
セクハ……植引投手がベンチを飛び出してきて、抗議の声があがった。
少し前、調整期間中に二軍戦に登板。
野々香とホームで交錯し、ちょっとだけラッキースケベが発動したことによりチームメイト(主に大諭樹)とファンを怒らせ、即席のブーイングコールを浴びてしまった男、セクハ……植引が再び二軍先発として登板する。
「あれからよ……ネットで俺のあだ名マジで"セクハラ魔人"とか"セク引ハラ次"とかにされてんだぞ!全くわざとやったわけじゃないのに……もはや俺の方が被害者だよ……」
プロ野球は、ネットでも強い盛り上がりを見せるし、何かネタになる事が起きた際に、流れで選手へのキャラ付けがなされてしまう事が多々ある。
植引は、意図せずに野々香の体に接触した事で一部男子(主に大諭樹)の怒りを買ってしまった。
「なんかすいません……」
お互いベンチのぼやきなので会話が聞こえる訳ではないが、叫んだ後不貞腐れた表情の植引が見えて、思わず野々香は前に出て相手ベンチに頭を下げた。
野々香もこれには不本意だ。何なら副次的に自分の方が恥ずかしい思いをさせられている気分になるので盛り上がらないで欲しい。
「ニャンキースはぜってー抑える……!」
「植引はぜってー打つ……!」
がしかし。
動機はどうあれ、野々香を挟んで植引と樹の謎のガチバトルが開催されようとしていた。
といったタッツのメンバー構成であるが。
「大半一軍メンバーじゃねえか!なんで今になって」
これまでほぼ一軍に定着していたレギュラーメンバーが、こぞって本日の対戦相手として立ちはだかる事になっていた。
これにはニャンキース選手たちも戸惑いが大きい。
「知りたいかね?ふふふ……」
意味深な表情で含み笑いをする小林監督。
二軍の試合に一軍の選手たちがこぞって出場。それは……
「それは……タッツの一軍が先週Bクラス確定しちゃって、もう一軍消化試合だから大量入れ替えして若手に一軍経験を積ませているのだ!結果、もう試す必要もない外国人やベテランがこぞって二軍に現れたと言うわけだね!」
「だいぶ悲しすぎる理由!」
消化試合、と言う概念がある。後ろ向きな言葉だが、すなわち「義務的に消化するだけの試合」だ。
とても当たり前のことだが、一軍相当の選手を一軍で使うのは一軍が成績を残すためだ。
だが、ペナントレースは終盤ともなれば優勝、あるいはクライマックスシリーズ出場権のある3位以内のチームが試合を残したまま、もう確定してしまう事もある。
そうなれば残った試合は試合数と機会の平等化のために行われているだけで、勝利を目指す理由がない。
Bクラスが常態化している過渡期のチームであれば、一軍の残った試合は若い選手の経験の場所として、来期に繋げて行くのが得策だ。
結果、二軍の方には「勝つために使う必要がなくなった」一軍の選手が雁首揃えてやって来た、と言う形である。
優勝に向けて盛り上がりに盛り上がって、実際勝負にふさわしい難敵が出現したと、言葉の上では盛り上がりは充分な場面と言えるのだが、背景事情には相手球団の悲しい台所事情があった。
「はっ、かまわねぇかまわねぇ」
しかし、困惑するベンチをよそに、音堂が胸を張って笑い飛ばす。
「むしろ姫宮にとっちゃ、来年に向けたいい練習相手じゃねえか。わざわざ一軍戦力がお出ましになってくれたんだぞ」
あれだけ感情的な否定の多かった音堂だが、感情がわかりやすい故に、心境も非常にわかりやすい。
この発言はすなわち、来年は一軍にいると言う事だ。
もう野々香がドラフト指名される事をまるで疑っていないと言う事だ。もうすっかりツンデレジジイなのだ。
ニヤッと笑う音堂を横目に野々香は何とも言えない嬉しさがこみ上げた。
「勝ってきな」
「はいっ!」
妙な師弟関係となった二人は、お互いを横目に見ながら、顔が全然違うのに同じように見える笑みを浮かべた。
姫宮野々香、きっとニャンキースで最後の先発登板。
試合、開始。
本年の更新はこれにて最後となります。
更新ペースは変わりませんので、新年最初は1月2日更新の予定です。
ブックマークしてお待ちいただけると幸いです。
皆様、挑戦だらけの初稿にここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます。
来年もおねえちゃんをよろしくお願いいたします。




