第83話 「男女が二人でお出かけするあれ」
9月も半ば。
季節はそろそろ秋めいて、残暑と消えゆく夏の風物詩に思いを馳せながら、夏休みを終えた直後の多忙さに目を回していく……。
そんな頃。
なわけがなかった。
暑い。消えゆく夏、全然消えねーじゃねえか消えろ、思いを馳せさせろ。
温暖化が進みすぎて残暑なんてもんはなくなった。これは残り物じゃない。メインディッシュだ。激重肉料理だ。
とっくに食べ終わって満腹に腹をさすっているところに肉料理が追加でドシドシ送られてくる。
食べ放題の元を取りたがる謎のフードファイターのようだ。胃がもたれてゆく。
熱いのはペナントレース終盤戦だけで充分だ。
ちょっと待ち合わせているだけでうだうだと暑苦しいこの環境に、樹はだらだらと脳内で恨み言を垂れ流す。
暑いのも当然だ、気候に加え今日の樹は普段のTシャツ一枚!みたいな姿でなく、上に長袖のレザージャケットを羽織って、ほんの少しばかりピシッとした格好だ。見た目は普段よりしっかりしているが、いかんせん余計に暑い。
そしてやがてもう一人、女子がやって来た。向こうはTシャツとデニムパンツの簡易的な格好だ。
そこに僕がいて、あなたがいる。
姫宮野々香と大諭樹が、二人だけで駅前で待ち合わせ。
それはすなわち要するにあれだ。
男女が二人でお出かけするあれなのかもしれなかった。
「樹くん、ナ・ウェカッピッポー・ヨォ」
「DJいじり引っ張ってんじゃねえよ」
「あらら。ごめんかみました、アラララァ・アァ」
「わざとすぎる」
いつも通りすっとぼけた調子の野々香だが、樹は平静を装っているだけで全然平静ではいられない。
心臓はバクバクいってるし、脳内では百万のドキドキモンスターが攻撃してきている。
「せっかく出かけるってーのに、何か二人だけになっちゃったね」
野々香は残念そうに呟く。
「お、おう。あいつらそろって来やがらねぇとはな」
残念そうなのが樹にとってはまたダメージがあるのだが、結局二人になったらなったでヘタレているので既に負けフラグだ。
気をしっかり持たなければ、お膳立てをしてくれた有人、助守、そして須手場雀に申し訳が立たない。
誘うことだけは勇気を出した樹だが、それではデートに行きませうマドモアゼェゥ?なんて言う勇気はひとかけらもない。
存在しないかけらを紡ぎ合わせるくらいなら周りがお膳立てしてやろう、ということになり、まずは4人でお出かけの誘いの体。2人が当日ドタキャンをかますと言うベッタベタでガッバガバなお膳が立てられた。
助守は「急用」、有人は「上半身のコンディション不良」を理由にキャンセル。
助守のやっつけ感に対して有人の方がいかにも野球選手っぽいが、冷静に考えてちょっと出かけるのすらしんどい上半身ってもう野球出来ないんじゃないかという問題点があった。
さすがの野々香も他人の体の不調にはアホを発揮しないのでこれにあっさり気付く。
試合への影響を心配していたが、「ゴメン姉さん、実は上半身ってのは嘘だ。コンディション不良は下半身なんだ!」という威力は高いがミスると捨て身になる切り替えで事なきを得た。
「その、なんかごめん変な事言って……」と野々香が確実に誤解をしたので、事なきを……事なきを得た。得たの。
「んじゃ、とりあえず服だっけ?見に行こうか。正直、あたしは自信ないからよろしくね」
「え?あ、あぁ」
「あー。椎菜ちゃんの服選びだったら1日潰せるんだけどなぁ」
「お前、あの子のこと好きすぎだろ」
「褒めんなよぉ、照れちゃうじゃん」
「あ痛ッ!褒めてねぇ!あとお前は照れ隠しの背中ドンやめろ、強すぎる」
最初の予定は服の購入に決まっていた。
何故かと言うと、これが「須手場雀式お膳立て」だ。
よろしくされて思わず頷いてしまったものの、樹にもそんな自信はあるはずもない。
女子の服選びなんておおよそ生涯で無関係のイベントだったし、今後も無関係だと思っていた。
それではセニョールにフィットするおべべをおドレスアップ致しませう?なんて言う勇気は樹にひとかけらもない。
そこで雀が、「出かけるなら次の広報、グッズに使う服を皆から選んで貰って来て下さい」と言う名目にて、強引に彼女の服を選ぶ彼氏の図を演出した。
現時点での野々香の服装は普通にシャツとデニムの普段着モード。
当然野々香にとってデートのつもりもないし、そもそもデートでも着飾って出てくる事がほとんどないので、当然そうなる。
敢えて着飾ったりしたのは学駆と付き合い始めてすぐか、OPSの高そうな格好(前述)の時くらいだ。
それはお膳立て陣営も予想出来た事なので、この手段を使って好みのデート服に着替えさせるという戦略だった。
「ま、まぁ、お前ならそこそこのもんならそこそこ、似合うんじゃねえの。そこそこ、だいたい、まぁまぁ」
何とか気の利いたセリフを言おうとしたが、歯が浮く寸前で踏みとどまってしまって結果何も利いていない。
「喜んでいいのか複雑な表現をする樹くんだねぇ」
「わ、悪い」
「あはは、いいよ。そういうタイプじゃないもんね樹くん」
野々香は元々そんな形で褒められたり気を遣われる事を望まない。
妙な言い回しでも、精一杯の気遣いで、褒め言葉なのだろう。そう思い、軽い足取りでショッピングモールへ向かって行った。
そして雀、有人、助守の3人は、当たり前のように後をつけていた。
「全くもってなってないわ、樹くん。そこは気の利いたセリフを言って喜ばせるものよ!君の瞳に太陽拳、とか」
「ハゲとるやないかい」
「え、そのセリフのためのサングラス?これ」
「絶対違う」
待ち合わせの場所から少し離れた建物の壁際に雁首揃えて突っ立っている。
ギリギリ二人から見えはしないものの、他の通行人からは露骨に怪しい。
有人は何かの追っかけ役するハンターみたいなスーツにグラサン、助守は付け髭に黒いニットキャップ、そんでグラサン。明らかに尾行以前に浮いて目立ちまくる男二人に対し、雀は逆にシンプルなTシャツにジーンズだ。普段のスーツ姿とは印象は違うが、ジーンズは結構盛大に足の部分が破けている。
「いやぁほら、スパイはこういう格好でやるって昔の人が」
「そんな空気感のためだけにジーンズにダメージ与えた奴はじめて見たよ」
「僕の記憶だとそのスパイの話バッドエンドなんだけど」
樹支援部隊と言う点で三人の見解は一致しているが、このメンバーで揃って行動すると言うのも珍しい。
そもそも尾行なんぞしたこともない三人は、たどたどしい足取りで二人の尾行を開始した。
……誰か付いて来てる。
そして元勇者・野々香にとって、素人の尾行なんてものに気付かないはずがない。
いや、学駆や椎菜ならともかく、野々香に気付かせないことは無理ではないが、こいつらには出来ていなかった。
……ま、いっか。何かされてからでも何とでもなるし。
でも野々香にとって、取るに足らないものっぽいのでそこはスルーされた。
「と言う訳で選んでくれ樹くん、今日のあたしは君のビスクドールだ」
手近なモールのアパレルショップで雑な物色を始めるが、野々香の最初の発言がそれだった。
そりゃあ、野々香自身が選べばいつもの格好になるし、雀からは「選んでもらってくる」との指示なので、そうなるのだが。
「ハードル高すぎんだろ……」
樹は既に頭がパンクしそうだった。
あれこれ選ぼうとするも、そもそも「変なのを選べば絶対キモがられる」と言う発想から抜け出せず、ほぼ全選択肢キモがられそうなどん詰まりになっている。
「バッカ野郎、樹、そこでささっと選んでやらねぇと来た意味ねェだろがよ!」
「僕は樹くんの気持ちわかるよ。あれはハードル高すぎる」
「いやいや結局へたれるんなら何のための私たちなんですか!せっかく味方がこんなに付いて来てるのに!」
「……付いて来る必要は多分ないんだよなァ」
「見れば見るほど居たたまれないだけなんだけど」
「そんなことないわ、彼は私たちの背中を蹴って空へ舞い上がったの」
「そうだぜ、後は俺たちの届かねェ場所でよろしくやるのが使命」
「そんなラスボス戦の勇者みたいな……」
アパレルショップのある階層はオサレカフェ的なものが近くにあったりする。
尾行組は気付かれた上でスルーされているのに、呑気にワイワイ茶をしばいていた。
そんな無責任な茶飲みトークが届いたわけでもないだろうが、樹はそこで決心を固めた。
「うおおおおおおっ!」
決意の叫びをあげると(迷惑)、ズンズンと店内を進み、
「すいません!こんな感じの奴見繕ってもらえますか!」
店員にスマホを見せて丸投げした。
すまねぇ、みんな……
俺は、弱い……
ラスボス戦で死んだ勇者・樹の心の断末魔が空に響いていた(響いてない)。
「ど、どうだよ、姫宮」
「ん-どうでしょう」
女性用で少し遠めの場所にある試着室に声をかけると、妙な返事と共にカーテンが開いた。
「あたしね、真面目に自分の良い悪いとか良くわからんのだけど……」
そう言いながら出て来た姫宮野々香(大諭樹プロデュース)(と言えなくもない店員プロデュース)。
頭には小さめの茶色のキャップ、白いブラウスに茶のジャケットを羽織り、さらに茶系のチェックスカート。靴はヒール付きの革靴だ。
全体に茶色でまとめていて、ひらたく言うと探偵風、という印象の衣装であった。
一応、樹なりにキモく思われ過ぎず可愛く見える妥当なラインを探った結果だ。
色味自体は地味ではあるが、落ち着いたオシャレを感じる風合いだし、写真映えもしつつその辺を歩いていても違和感がない。
「あれ?意外といいんじゃない?」
「ちょい地味ッちゃ地味だけど、雰囲気変わって有能美人感が出てんな」
「樹よくやった!あと一歩だ!褒めろ!そっから褒めろ!あくしろ!」
『雀さん、うるさい』
どこが尾行やねんになっているが、カフェの外野組はおおむね肯定的であった。
「あー、そうだな。わ、悪くないんじゃねえか」
「悪くないって結局どっち……?」
「あー、そこそこ、似合うよ、うん」
「歯切れ悪いなぁ」
しかし、野々香は不満げに一言だけ呟くと、すぐさま笑顔に切り替わった。
「まっ、とりあえず着心地は悪くないし、このまま着てこうかな。苦手なことを頑張ってくれてありがとね、樹くん」
野々香とて、樹が苦手を苦手なりに頑張ったと言う事は伝わっている。
そう言う部分のアンテナは強い女なのだ。
なのでここは、そのまま樹の行動を尊重することにした。
きっ、キモがられなかった……!
そして、たったそれだけのハードルを超えた事で安堵と満足でいっぱいになり、樹は密かにガッツポーズをした。




