第9話 「初打席」
紅白戦は紅が先攻。樹は紅組の4番ファースト、野々香は白組の9番ピッチャーとなった。
初戦、初回、初マウンドが野々香に任される形である。
必然的に大きな注目を集める事となり、選手やマスコミだけでなく、ファンの数も多い。
今日の合同練習は公開で行われているため一般人の見学も可能なのだが、設定した上限人数1000人は、余裕で満たしていそうである。
そんな中、野々香の投球練習が行われ、いよいよ試合開始だ。
「本当にそれでいいんですか?」
捕手の助守白世と、配球に関する相談中、彼は野々香の作戦を聞いて不安そうである。
「いいっす。なんか、助守さんにはちょっと申し訳ないかもだけど……」
「いやぁ、僕はまだまだなんで。まずは投げたい球投げてみてくれたらいいですよ」
と、柔らかい雰囲気で見るからに人格者っぽい助守捕手は、野々香の作戦(?)を快諾してくれた。
紅の1番打者、日暮有人が打席に入る。
高校、大学では強打ながらにミート力もある三塁手として活躍した24歳の左打者だ。
「さぁて、噂に聞く160kmはどんなもんかねェ」
まずは振って行こう。そう思いながら構える打者に、野々香は振りかぶって、1球目。
ズバン!
と気持ちのいい音を立ててど真ん中へ吸い込まれる直球に、日暮はまさかの見送りだ。
……手が出ない!
2球目、これもど真ん中。さすがに振って合わせようとするが、空振り。かなり振り遅れた。
そして3球目。これまたど真ん中だ。
ゴッ、と鈍い音を立ててかろうじてバットに当たった打球は真上へ。助守が捕球した。
キャッチャーフライ、1アウト。
歓声が巻き起こる。球速は158kmを記録していた。
「ワンナウトー!」
野々香が振り返り叫ぶと、守備陣だけでなく観客席にいるファンからも大きな声が上がる。
「こっからも打たせていくんでよろしくお願いしゃーす!」
この回、野々香はたった8球、ド真ん中ストレート一本で三振、ピッチャーゴロに切って取り簡単にスリーアウトとなった。
周囲から驚嘆と歓声が入り交じり、既に類を見ないほどの盛り上がりようである。
初回は両軍共に三者凡退となった。
助守は感心していた。なるほど、これだけの球威があれば並大抵の打者なら速球の力だけで押し切れる。
不用意なボール球でカウントを悪くしたり、不安定にする必要がないのだ。非常に理に適っている。
ひとまず真ん中だけしか投げない、と言われた時は驚いたが、素直に脱帽である。
そして、当の野々香もなんか感心していた。(他人事)
学駆の言う通り作戦は成功だ。その名も「ど真ん中お祈り作戦」!(テテーン)
野々香向けにだいぶ嚙み砕いて説明したが、理屈は助守が思っている内容まさしくその通りであった。
「そもそも最初にこの発想やったの、お前だしな」
と学駆は言う。以前ファントムと言う分身体を発生させて攻撃が当たらなくなる敵に遭遇した際、「悩んで手を止める暇があるなら目の前の奴をぶち抜けばいい!」とか言って見事に本体を撃ち抜いた野々香は、あれこれ考えてしまう学駆には驚異であった。
迷ったら真ん中、これを遂行するために、主に真ん中付近に投げる事を徹底して練習した。
行ける。そう思った直後だ。
カーン、と乾いた音を立てた打球がレフトへ、伸びて伸びて、大きく弧を描いたボールはレフトスタンドに吸い込まれていった。
「ハッハァー!これでリベンジだな!」
2回表、先頭の4番大諭樹である。してやったりの表情で、珍しくテンションが高い彼はゆっくりとベースを一周していく。
今回真ん中へきちんと投げるにあたり、わずかばかり球威を犠牲にしてしまっている。
それでも並の打者であれば何とかなっていたのだが…やられた。1度見た上で真ん中とわかっていれば捉えられるということか、これはさすがの大砲候補だ。
「テストの時からずっと、お前の事ばっか考えてたからなぁ!」
ホームベースを踏んだ瞬間、野々香を指さして叫んだ。
「えっ、ちょっ、いきなり告白みたいなのやめてもらえますか!?」
「へっ?あ、いや違っ……!お前のボールの事!な!お前の、ボールの、打ち方!」
珍しいハイテンションのせいか物凄い誤解を生む簡略化をされてしまったセリフに野々香も若干こっぱずかしい。
言った本人も羞恥心に耐えかねて、バットを拾って急いではけて行った。
プレーに対する歓声が一部、若干違う色に変わっていた。
「さすがですなぁ、大諭は!」
投手コーチなのに投手が打たれて喜んでいる。ベンチの妙な光景はもちろん音堂瀬流久だった。
「フフ…このままチヤホヤされるなどと、簡単にプロの道を歩ませてたまるか。ワシの若い頃は……」
ブツブツ呟きながらほくそ笑む音堂だが、小林と尾間は一緒にせんといてくれる?と密かに思っていた。
「ひとまず、ソロで良かったと思いましょう。初回三者凡退にしててよかった」
一発を浴びてはさすがに戦略を見直さねばならない。助守がマウンドに駆け寄って野々香に声をかける。
「どうします?コース、狙いますか?」
「いや、このまま行きましょ。……っていうか、白状していいですか?あたしこれしかできない」
「えぇ……」
これを続ければ四球ゼロは維持できるかもしれないが、2点目を失えばそれでアウトである。
周囲からはどうってことのない状況だが、野々香個人としては少々苦しくなった。
そこで助守は少し考えると、一つ提案があります、と切り出した。
「真ん中投げる事は意識して出来るんですよね?では、ミットの位置を真ん中だと思って投げられますか?」
高いっ!
わかっていてもバットは止まらず、空を切る。
低い!?
わかっていても引っかけて、内野へゴロを転がしてしまう。
そして、わかっていてもバットに当てられず三振してしまうバッターもいる。
コースを狙うのでなく、彼が上下左右に動かすミットの位置を狙って投げる。
助守の提案通りの意識づけを試した野々香は、見事に2回表残り3人を三振、二ゴロ、三振に抑えた。
真ん中ばかりを投げるよりはコントロールはバラついていたが、目がけるものがあれば、曲がりなりにも魔法を敵にブチ当てて来た1年の経験がある。とりあえず体(捕手)に当たればいいんでしょ?と言う感覚で投げる絶妙なアバウトさが打者を困惑させていた。
バレたら打たれるが、この試合だけなら問題はない。
そして、2回裏。
白組打線が二死満塁のチャンスを作った。今度は9番打者・姫宮野々香の出番である。
さすがに初打席は少し緊張がある。
少し固い動きでゆっくり右打席に向かうと、野々香はふーっと一息ついた。
打撃もテストではコンタクト率に難があった分、まずはバットに当てて前へ飛ばせ。を学駆からは意識づけられた。
なんだかんだ初打席で結果を残せば、打者としての才能も認められる可能性がある、重要な場面だ。
そこで、ここでも学駆の悪知恵タイムである。
「それとな、お前そんなに読みとか出来ないかもだけど、初打席のアピールは大事だからな。ちょっとズルい提案を1個しておくぞ。多分初対戦の投手の時とかはー」
ピンチの場面でこちらも少し緊張気味な投手がサインに頷くと、第1球を投じる。
じっくり溜めを作って、野々香は初球、1、2、とタイミングを取ると軽く合わせるようにバットをかぶせた。
カァン!
「女に体の近く投げるのためらうだろうし、体格差で押せると思いそうだから、外角高め1点狙いで合わせてけ」
学駆の悪知恵、またも狙い通り。
アウトハイの高目を叩くお手本の様なセンター返しは、しかし軽打とは思えない勢いでグングン伸びると、右中間フェンスに直撃した。
転々とするボールを処理する間に3塁・2塁、そして1塁走者助守も一気にサードベースを蹴ってホームイン!
足に自信のない野々香も悠々2塁へ到達する、スタンディングダブル。
走者一掃逆転タイムリーツーベースとなった。これで紅1-3白だ。
セカンドベース上でガッツポーズする野々香に、にゃんキースタジアムのファンは歓声を送った。




