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外伝 ――飫肥泰平踊り――

時は元禄の初め――


飫肥の町には、ようやく「戦の世の影」が消えかけていた。


二代藩主・伊東祐慶いとう すけのりの治世のもと


民の顔にも笑みが戻りつつあり


秋の夜には笛や太鼓の音が


どこからともなく響いてくるようになった。


祐慶(すけのり)は縁側に腰を下ろし


町の子らが手拍子を打ちながら踊る姿を見つめていた。


「父上……ようやく、この飫肥にも泰平の兆しが見えます」


亡き祐兵すけたかの遺影にそう呟くと


風に乗って笛の音がふと止み、代わりに笑い声が響いた。


祐慶(すけのり)は町役人を呼び、こう命じた。


「町方の若者どもが踊るのを、禁じることなきように。

 泰平を謳う声こそ、武よりも民の心を鎮める」


こうして飫肥の町では、初めて『町衆の踊り』が公に許された。


その夜、灯籠の明かりの下で始まった盆踊りこそ


後に「泰平踊」と呼ばれるものの萌芽であった。




それから幾年、時は流れ――


五代藩主・伊東祐実いとう すけざね(洞林公)の治世に


飫肥はまさに「泰平の国」となった。


薩摩との境、牛の峠をめぐる争いも


宝永四年にようやく和解に至り


長く続いた緊張の歳月が終わりを告げた。


その報せを聞いた祐実(すけざね)


城中の広間に家臣・町役人を呼び集め、穏やかに言った。


「これよりは武も民も、互いに刀を置き、踊りて祝え。

 この泰平を、末永く伝えるためにな」


こうして、武家には十五歳から三十歳の若侍たちに


「三郷踊り(大手・十文字組、永吉・西山寺組、前鶴・楠原組)」が許され


町方では子供たちによる華やかな舞が始まった。


武士と民が一つの輪となって踊る――


それは、他藩には見られぬ飫肥独自の『融和の舞』であった。




宝永四年、薩摩藩との和解を祝う夜。


報恩寺の境内には、篝火が燃え、太鼓の音が響いていた。


折編み笠に朱の紐


羽二重熨斗目の着流しに朱鞘の太刀を差した若武者たち。


一方、町の者は頬かむりに手拭い姿。


両者が輪を作り、太鼓と笛に合わせて舞い始めた。


その舞は、武芸を模しており


しなやかに、しかし力強く舞う姿に


観衆は息を呑んだ。


笛の調べが変わり、歌い手が静かに唄い出す。


報恩寺の灯籠の下


武士も民も一つの輪となって踊るその光景に


誰もが胸の奥で感じた。


「ああ、これぞ本当の泰平――」と。




それから三百余年。


飫肥の秋の祭りには、今も笛と太鼓の音が響く。


町を歩けば、子供たちが笠を揺らし


「ヨーオ、ヤッハッ」と声を合わせて踊っている。


かつて戦火に焼かれた飫肥の地で


武士と町人が共に舞ったあの夜の記憶は


今も人々の血の中に息づいている。


泰平踊――


それはただの舞ではなく


戦乱の世を越えて築かれた『和』の証。


伊東祐兵(いとう すけたか)が願い、祐慶(すけのり)が育み


祐実(すけざね)が完成させた「心の泰平」が


この舞の中に生き続けている。


笛の音が遠ざかるたび


誰もが思う――


「義の武士が築いた泰平は、

 いまもこの地に、確かに在る」と。


あぁ飫肥浪漫――

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