第八十三話 宮崎城攻防(前編)
慶長五年、秋。
飫肥の城下には緊張の空気が漂っていた。
伊東祐慶はまだ若く
しかし父・祐兵の病床で受けた遺命を胸に
軍議の席に座していた。
家老・稲津重政が静かに言う。
「殿。東軍の忠節を示すには、宮崎城を攻めるより他にございませぬ。」
祐慶は眉を寄せ、目を閉じた。
父の言葉が脳裏に甦る。
『――正しき義のために刃を抜け。それが伊東の道ぞ』
黒田如水の密使・宮川伴左衛門が続けた。
「東軍は殿の働きを待っておりますぞ。」
祐慶は深く頷き、決然と言い放つ。
「飫肥の名を掲げ、父の義を果たす! 宮崎へ発て!」
その声に、三千の兵が鬨の声を上げた。
そして伊東家の赤き旗が、日向の風に再び翻った。
九月二十九日、明け方。
霧の宮崎平野を進む伊東勢三千。
総大将・稲津重政が指揮を執り
側には山田宗昌
そして先鋒には黒木多兵衛、日高伊左衛門の姿があった。
「この戦、飫肥の義を示す戦ぞ。命惜しむな!」
重政の声が響く。
黒木多兵衛は口を歪めて笑い、隣の日高伊左衛門に言った。
「おい、日高。生きて戻れぬなら、せめて派手に散ろうじゃねえか。」
「おうよ。俺たちの矢で、飫肥の名を轟かせてやる!」
太鼓が鳴り、火矢が放たれた。
炎が夜明けの空を赤く染め、宮崎城の櫓が燃え上がる。
山田宗昌が軍配を掲げ、突撃の合図を送る。
「敵は怯んでおる! このまま攻め込め!」
伊東軍は波のように押し寄せ、矢と叫びが交錯した。
激戦は三刻に及んだ。
城壁からの銃撃と石礫が、次々と伊東兵をなぎ倒す。
黒木多兵衛は矢を掠めながら叫んだ。
「城門を破れぇっ!」
その瞬間、胸を貫く銃弾――
「ぐっ……! 殿に、伝え……飫肥は……義を、捨てぬ……」
地に伏した多兵衛の手が、血に染まった土を掴んだ。
日高伊左衛門も負傷した足を引きずりながら、最後の突撃を試みた。
「退くなぁっ! 俺が道を拓く!」
しかし城上から投げられた火玉が爆ぜ、彼の姿は炎に包まれた。
山田宗昌がそれを見て歯を噛み締めた。
「……無駄死にはさせぬ。必ず、宮崎を落とす!」
稲津重政は静かに頷く。
「この犠牲、必ず勝利で報いるのだ。」
伊東の軍勢は再び隊列を整え、決死の突撃を準備していた。
夕陽が戦場を朱に染めた。
煙が立ち込め、炎が城壁を舐める。
祐慶は馬上から戦況を見つめ、静かに呟いた。
「多兵衛、伊左衛門……その命、決して無駄にはせぬ。」
稲津重政が馬を寄せる。
「殿、夜襲の備えをいたしましょう。奴らに息をつかせてはなりませぬ。」
「うむ。夜陰に紛れて一気に攻める。飫肥の名を刻むのだ。」
山田宗昌は刀を拭い、炎を見つめながら言った。
「この地に立つ者すべて、己の義を信じている。だが、我らが義こそ真に正しきものだ。」
その夜、伊東の陣では
多兵衛と伊左衛門の遺骸が篝火の下に安置された。
祐慶はその前に膝をつき、深く頭を下げた。
「明日こそ、城を討ち果たし、おぬしらの魂を慰めよう。」
風が炎を揺らし、二人の名を囁くように消えていった。
宮崎城攻め――その決着は、まだ夜の向こうにあった。




