第八話 父の野望
伊東義祐は、かねてより胸に秘めていた野望を口にした。
「真幸院を我らが手にし、日向を京のごとく飾りたく思う」
飫肥城の上段の間。
焚かれた香の薫り漂う中、伊東祐兵は父の言葉にまばたきを忘れた。
「京のごとく……と申されますか」
「応仁の乱以降、洛中は荒れ果てた。だがな、我が日向は違う。地の利あり、才ある家臣あり、信望ある若き城主もおる。ならば、この義祐がひとつの華をここに咲かせようぞ」
伊東祐安が進み出た。
「それは……あまりに、急ではござりませぬか」
続いて伊東祐信も頭を下げた。
「民は、いまや戦の疲弊から立ち直りつつあります。町に雅を求めるには、まだ土台が脆うございます」
だが義祐は、座を立ち上がり、障子越しに射す冬陽を背に、振り返った。
「この国を、日の本の中央に据える。そのためには、威信が要る。絢爛をもって幕府にも、島津にも備えるのだ」
落合兼置が唇を噛んだまま黙する。
祐兵は、父の横顔を見つめた。
それは、かつて城下の火祭りの夜に語っていた静かな父とは違っていた。
翌日。
城下では大規模な花会や能楽の催しが準備され、金銀の衣をまとった使者が各地へと派遣された。
飫肥の街並みは日々、華美に彩られていった。
しかし。
「米が……米が不足しております……」
「馬の飼葉すらままなりませぬ」
城下の民、そして兵たちから嘆きの声が上がり始めた。
祐兵は夜、密かに祐信・祐安・兼置らと対話した。
「父上の御意志は尊い。だが、今は……時ではない」
「されど、諌めれば……」
兼置が口を噤む。
「ならば、わたしが申します」
祐兵は静かに立ち上がった。
翌朝。
義祐の前にひざまずいた祐兵は、静かに口を開いた。
「父上。いま、民の声は、祭よりも穀にあります。武士の威信もまた、飢えた腹では立てませぬ」
義祐の眉が僅かに動いた。
「……わしを、諌めるのか」
「恐れながら。わたしは、父上の背中を見てまいりました。ならばこそ申し上げます。華美よりも、堅実こそが、日向を守る道と存じます」
義祐は、しばし目を閉じた。
やがて立ち上がり、背を向けたまま告げた。
「祐兵、お前にもいずれわかる。信なくして、国は保てぬと」
その声は、どこか空を切っていた。
年が改まり、元亀二年。
島津義久は密かに、伊東氏の動揺を察し、動き始めていた。