表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/95

第七十一話 虎狩り

文禄三年。


飫肥に戻った伊東祐兵いとう すけたか


稲津重政いなづ しげまさ河崎祐長かわさき すけながら家臣と力を合わせ


新田の開墾に励んだ。


「この荒地も、やがて黄金の稲穂を抱くことになろう」


祐兵(すけたか)の言葉に農民たちは顔を輝かせた。


やがてその労苦は実り、二万八千石余の新地を切り開き


石高は三万六千石に達した。


文禄検地により確定されたこの所領は、伊東再興の礎となった。


だが平穏は長くは続かない。


秀吉の命により、再び祐兵(すけたか)は軍勢を率いて海を渡り


朝鮮の地へ戻ることとなったのである。


その道すがら、祐兵(すけたか)はかつての盟友――島津豊久しまづ とよひさの陣営を訪ねた。


「再び共に戦えるな、豊久殿」


「うむ。今度は剣のみならず、獣までも相手にせねばならぬやもしれぬぞ」


豊久の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。




同年十二月、諸将の陣に秀吉の側近から書状が届いた。


「太閤様の御養生のため、虎の頭と肉を塩漬けにして献上せよ」


この命令に将兵はざわめいた。


「虎など……本当に仕留められるものか」

「だが、命とあらばやらぬわけにはいかぬ」


祐兵(すけたか)は豊久、さらに若き重政らを伴い、虎狩りに挑むこととなった。


雪のちらつく山野に足を踏み入れ


銃士たちは銃を構え、槍兵は息を潜める。


「殿、足跡がございます!」


祐長の声に従い、一行は谷間へと進む。


やがて轟音のごとき唸り声が響き


黄金の眼を持つ巨虎が飛び出した。


「退けえっ!」


豊久が槍を繰り出し、祐兵が指示を飛ばす。


重政は震えながらも火縄に火を入れた。




銃声が轟き、虎の毛並みに火花が散る。


だが獣は怯まず跳びかかり、槍を薙ぎ払った。


「豊久殿、下がれ!」


祐長が豊久をかばい、槍の穂先で牽制する。


その刹那、重政の火縄銃が再び火を噴いた。


「うおおおっ!」


弾丸は虎の胸を貫き、巨躯が雪上に崩れ落ちる。


静寂が戻ると、兵らは一斉に歓声をあげた。


「見事だ、重政!」


豊久が笑みを浮かべ、若き小姓の肩を叩いた。


重政は顔を紅潮させ、言葉を失う。


祐兵(すけたか)は息を整えつつも、ふと呟いた。


「人も獣も、この乱世に翻弄されることは変わらぬな……」


その声に豊久が応えた。


「されど我らが命じられた道を進むのみ。日向の名を、虎すら震えるほどに轟かせようぞ」




翌春、祐兵らが仕留めた虎は


塩漬けとされて名護屋城へと送られた。


さらに鷹狩りの折には雉を献じ、また漁で得た(にしん)(たら)を添えた。


秀吉は大いに喜び、祐兵(すけたか)へ直筆の書で感謝を伝えたという。


「殿、これも伊東再興の証しにござるな」


祐長がそう言えば、祐兵(すけたか)は深く頷いた。


「皆の力があってこそだ。重政も、よく励んだ」


異国の戦場における虎狩りは


ただの命令遂行に留まらず、伊東の名を天下に示す好機となった。


だが同時に、祐兵(すけたか)は思う。


「戦も狩りも、血を流して成り立つ。いつか、この血を要せぬ世が訪れるのだろうか……」


吹きすさぶ海風の中、祐兵(すけたか)と豊久は並び立ち、遠く日本の空を見つめた。


その眼差しには、乱世を越えて未来へ続く強き誓いが宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ