第七十一話 虎狩り
文禄三年。
飫肥に戻った伊東祐兵は
稲津重政や河崎祐長ら家臣と力を合わせ
新田の開墾に励んだ。
「この荒地も、やがて黄金の稲穂を抱くことになろう」
祐兵の言葉に農民たちは顔を輝かせた。
やがてその労苦は実り、二万八千石余の新地を切り開き
石高は三万六千石に達した。
文禄検地により確定されたこの所領は、伊東再興の礎となった。
だが平穏は長くは続かない。
秀吉の命により、再び祐兵は軍勢を率いて海を渡り
朝鮮の地へ戻ることとなったのである。
その道すがら、祐兵はかつての盟友――島津豊久の陣営を訪ねた。
「再び共に戦えるな、豊久殿」
「うむ。今度は剣のみならず、獣までも相手にせねばならぬやもしれぬぞ」
豊久の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
同年十二月、諸将の陣に秀吉の側近から書状が届いた。
「太閤様の御養生のため、虎の頭と肉を塩漬けにして献上せよ」
この命令に将兵はざわめいた。
「虎など……本当に仕留められるものか」
「だが、命とあらばやらぬわけにはいかぬ」
祐兵は豊久、さらに若き重政らを伴い、虎狩りに挑むこととなった。
雪のちらつく山野に足を踏み入れ
銃士たちは銃を構え、槍兵は息を潜める。
「殿、足跡がございます!」
祐長の声に従い、一行は谷間へと進む。
やがて轟音のごとき唸り声が響き
黄金の眼を持つ巨虎が飛び出した。
「退けえっ!」
豊久が槍を繰り出し、祐兵が指示を飛ばす。
重政は震えながらも火縄に火を入れた。
銃声が轟き、虎の毛並みに火花が散る。
だが獣は怯まず跳びかかり、槍を薙ぎ払った。
「豊久殿、下がれ!」
祐長が豊久をかばい、槍の穂先で牽制する。
その刹那、重政の火縄銃が再び火を噴いた。
「うおおおっ!」
弾丸は虎の胸を貫き、巨躯が雪上に崩れ落ちる。
静寂が戻ると、兵らは一斉に歓声をあげた。
「見事だ、重政!」
豊久が笑みを浮かべ、若き小姓の肩を叩いた。
重政は顔を紅潮させ、言葉を失う。
祐兵は息を整えつつも、ふと呟いた。
「人も獣も、この乱世に翻弄されることは変わらぬな……」
その声に豊久が応えた。
「されど我らが命じられた道を進むのみ。日向の名を、虎すら震えるほどに轟かせようぞ」
翌春、祐兵らが仕留めた虎は
塩漬けとされて名護屋城へと送られた。
さらに鷹狩りの折には雉を献じ、また漁で得た鰊や鱈を添えた。
秀吉は大いに喜び、祐兵へ直筆の書で感謝を伝えたという。
「殿、これも伊東再興の証しにござるな」
祐長がそう言えば、祐兵は深く頷いた。
「皆の力があってこそだ。重政も、よく励んだ」
異国の戦場における虎狩りは
ただの命令遂行に留まらず、伊東の名を天下に示す好機となった。
だが同時に、祐兵は思う。
「戦も狩りも、血を流して成り立つ。いつか、この血を要せぬ世が訪れるのだろうか……」
吹きすさぶ海風の中、祐兵と豊久は並び立ち、遠く日本の空を見つめた。
その眼差しには、乱世を越えて未来へ続く強き誓いが宿っていた。




