第七十話 戦場の酒宴
晋州城の落城から幾日か。
戦塵の中に漂う血の匂いを忘れようと
伊東祐兵の陣ではささやかな酒宴が催された。
急ごしらえの陣幕に篝火が揺れ
兵たちは土器を手にして酒を酌み交わす。
島津豊久の兵も加わり
戦場にありながら笑い声が響いた。
祐兵は杯を掲げ、静かに言う。
「皆よう働いた。血を流した仲こそ、今宵は酒で魂を慰めようぞ」
甥の義賢、祐勝も座を共にしたが
義賢の顔はまだ暗く沈んでいた。
心は河崎権助の死に囚われていたのである。
「義賢……今宵はせめて、杯を受けよ」
祐兵の促しに、義賢は無言で頷き、酒を口に含んだ。
火の粉が宙を舞い、戦場に束の間の安らぎが訪れようとしていた。
その義賢の背を、豊久が軽く叩いた。
「よしかた殿、気を落とすな。父・家久もまた、病に倒れ儂を残して逝った。その時は胸が裂ける思いであった。されど、人の死は止められぬ。残された者が強くあらねばならぬのだ」
義賢は驚きの眼差しで豊久を見た。
「豊久殿……」
豊久は杯を煽り、笑みを見せた。
「共に日向の名を背負う若武者ではないか。亡き者のためにも、胸を張れ!」
そのやり取りに、座の空気はやわらいだ。
小姓の稲津重政は杯を掲げる。
「拙者も殿のため、命を懸けて戦います」
豊久は少年のような瞳で重政を見やり、大きく頷いた。
「おお、良き働きであったぞ! 若いが戦の勘が良い。必ず大器となろう」
重政は顔を赤らめ、義賢や祐勝の笑いを誘った。
戦場に垂れ込めた影が、少しずつ晴れていくようであった。
やがて陣幕に豪胆な笑い声が響いた。
島津義弘が息子・久保を伴って現れたのである。
「おお、伊東殿の陣は賑やかよのう。われらも混ぜてもらおうか」
「もちろんにございます、義弘殿」
大将の登場に兵たちは沸き立ち、酒がさらに注がれた。
やがて誰からともなく声があがる。
「相撲で力比べと参ろう!」
瞬く間に土俵代わりの円が描かれ、兵たちが取り囲んだ。
最初に飛び出したのは若き祐勝、相手は島津久保であった。
「よし、受けて立つ!」
「祐勝殿、参りますぞ!」
両者がぶつかり合うと、陣幕がどよめいた。
力と力の真っ向勝負に、火の粉が舞い、笑い声が夜空に弾けた。
戦の疲れも悲しみも、このひとときばかりは忘れられるのであった。
相撲大会は次第に熱を帯び、義賢も豊久に誘われ土俵に立った。
「義賢殿、父を失った者同士、ここで鬱憤を晴らそうぞ!」
「よかろう、豊久殿!」
二人が四つに組み、観衆は歓声を上げた。
最後には豊久が押し出して勝ち、義賢も悔しげに笑った。
「ふはは! やはり強い!」
「負けぬぞ、次こそは!」
そのやり取りに祐兵は深く頷いた。
若者たちが悲嘆を越え、未来へ歩む姿を見届けたからである。
夜は更け、篝火が燃え尽きようとしていた。
祐兵は杯を置き、静かに呟く。
「戦に明日ありや否やは分からぬ。されど、この絆こそが我らを生かす」
笑いと歌声が響く陣幕の奥、熟練の眼差しは遠き未来を見据えていた。
戦は続く。
だが、心を一つにした兵たちの力は
確かにそこに宿っていた。




